38.獅子の王女

 僕が目を覚ましたのは、お師匠様の小屋の中だった。


「パド、パドっ、良かった。目が覚めたのねっ!!」


 半身を上げた僕に、リラが抱きつく。

 その横には、相変わらず心のない微笑みを続けるお母さん。


「……リラ、お母さん、僕、一体……?」


 頭を抱えて自分の記憶を探る。

 そうだ、僕達は謎の魔法使いに襲われて……

 神父を名乗る男の炎で、僕は気を失った。


「アイツは? リラ、無事だった!?」

「見ての通り、私は無事よ。お師匠様達が助けてくれたから」


 そっか。

 お師匠様達が助けてくれ……うん、ちょっと待て?


「お師匠様っていった?」


 複数形と言うことは、他にも人がいたということ。

 もちろん、心を失ったお母さんのことではないだろう。


「ええ。それが、ちょっと、とんでもない人達らしくて……」

「とんでもない?」

「1人は騎士なんだけど、もう1人は……本人の言葉を信じるなららしいわ」

「は?」


 なんだそりゃ?


「王女様って……えっと、王様の奥さん?」

「いや、王様の娘でしょ」


 僕の言葉にツッコむリラ。

 ごめん、日本語ならまだしも、この世界の王族の呼び名なんてかなり曖昧なんで。


「それ以外に、魔法使いっぽい学者みたいな人もいて、今はお師匠様が相手をしているんだけど。

 とにかく、パドが目を覚ましたら来るようにってお師匠様が」


 うーん、わけがわからない。

 そもそも、神父に襲われた時点で意味不明なのだが、さらに王女様?

 いくら、この世界が前世で言うところのファンタジーゲーム的だとはいっても、王女様がこんなところにいるわけがないだろう。

 キ○ーピ○ス振り回して会○の一撃連発する王女様なんて、実際にいるわけがない。


 ……と、この時は思ったんだけどなぁ。


 ---------------


 隣の部屋に行くと、確かにお師匠様が3人の客人と向かい合わせに座っていた。


 1人は金髪の女性騎士。この人だけは座らずに立っている。

 髪は短髪で、背は標準的か。年齢は……20歳前後?

 腰には細身の剣。簡易的な鎧を身につけ、背筋がピンと伸びてカッコイイ。


 もう1人は赤毛の筋肉もりもりな女性。

 お師匠様の正面に偉そうにふんぞり返っている。

 胸と腰回りには布を巻いているが、それ以外はやたら露出度が高い服装。まるで、自身の筋肉をアピールしているかのようだ。

 背中には僕のチートをもってしても使いこなせなさそうな大剣。

 いや、僕なら振り回すことはできるだろうけど、僕の背丈の1.5倍の長さがありそうだからさ。

 年齢は10代にも30代にも見える。

 その眼光は鋭く、赤毛の獅子を思わせる。


 最後に、こちらは貧相な男性。

 服装は立派なのでそこまで見栄えは悪くないが。

 眼鏡をかけている。この世界にも眼鏡ってあるんだね。


「目が覚めたようだね、パド」

「はい。あの、助けていたいたそうで……」


 ……ありがとうございます、と僕が言い切る前に。


 赤毛の女性が立ち上がり、大剣を抜く。

 そのまま、机を飛び越し、僕に隣接。

 大剣を振りかぶり、僕の脳天めがけて振り下ろす!!


 一瞬の出来事に、何もできず僕は脳天から叩き斬られた。


 ……わけではなく、大剣は僕のひたいの手前で止まっていた。


「ひっ」


 僕は腰が抜けて、その場に尻餅。

 恥ずかしながら、少しチビってしまった。


「おい、レイク。先ほどの戦闘を見ていても感じたが、こんなガキが役に立つとは到底思えんぞ」


 赤毛の女性は眼鏡の男性――レイクさんに叫ぶ。


「ですが、異端審問官を相手に戦えていたのも事実でしょう。200倍の力と魔力、十分戦力になると私は考えます」


 異端審問官――あの魔法使い達のことだろうか?


「いいや、ならんな。本当に200倍の力を持っているならば、あんな連中一瞬で倒せる。そして、事実としてそういう能力を持っているとも感じた。

 ――が」


 赤毛の女性は腰が抜けたままの僕の首根っこを掴む。

 そのまま自分の顔の高さまで、僕を持ち上げ問う。


「ならば、何故あの3人を殺さなかった?」


 ――は?

 ――何を?


「何故って、そんなの……」

「お前の力なら、簡単に相手を殺せたはずだ」


 そうだろうか。

 最初の2人はまだしも、最後の1人の魔法は強力だった。

 事実、負けたわけだし。


 いや、確かに膝ではなく頭を殴りつければ相手を殺して勝ちではあったのかもしれない。


 ――だけど。


「だって、殺すなんて……」


 首を半ば絞められたまま、そう声を絞り出す。


「理不尽に自分を殺しにきた相手だぞ。何を遠慮する必要がある?」


 彼女の言っていることは間違ってはいないかもしれない。

 僕らは理不尽に襲われた。

 あの場で相手を殺したとしても正当防衛だ。

 いや、そもそも前世と法律が違う。正当防衛なんて言わなくても、襲いかかってきた相手を殺したって誰も文句は言えない世界だ。


 でも。

 それでも。

 桜勇太として、11年間病気と闘った僕は。

 パドとして、7年間ラクルス村で亡くなる人達を見てきた僕は。


「命は大切だと思うから」


 僕のその言葉に、赤毛の女性は心底軽蔑した顔を浮かべ、そして、僕を床にたたきつけた。


「パドっ!!」


 リラが僕に駆け寄り、赤毛の女性を憎々しげに睨む。

 だが、彼女はそんなリラの視線など気にもせず、僕に言う。


「優先順位も理解しないガキが、命のことなど語るなっ!!」

「優先……順位?」


 命に優先順位なんて……


「もし、私たちが異端審問官を殺していなければお前もそこの娘も死んでいた。それを理解しているのか?」

「それは……というか、殺したんですか、あの人達を?」


 僕の問いに、彼女はいよいよ怒り心頭。


「レイク、キラーリア、帰るぞ。時間を無駄にした」


 キラーリアというのは、金髪の騎士のことだろうか。

 いずれにせよ、赤毛の女性はそう言うと、後は僕に一瞥もくれずに後ろを向いた。


「いや、アル殿下、少しは冷静に……」


 レイクさんがおずおずと言うが、赤毛の女性――アル殿下と呼ばれた彼女は無視。

 小屋の入り口へと向かう。


 そんなアルさんに声をかけたのはお師匠様だった。


「ちょっと待ってくれないかね」

「なんだ、老婆よ?」

「今のは確かに私の弟子が悪いさ。助けられておいて、相手を非難するなど礼儀に反する」


 非難したつもりはないけど。

 でも、確かにそう聞こえる言い方だったかもしれない。


「弟子の不始末は詫びる。必要があるなら罰も与えよう。なにしろ見ての通りの甘ちゃんなガキだからね。

 だが、アル殿下、あんたも少し短気がすぎるよ。それじゃあ敵を作るだけね」

「もとより、私の味方などほとんどいない」

「だからこそ、味方を探してこんな山奥までやってきたんだろう。

 パドはともかく、このアラブシ・カ・ミランテを敵に回して、得はないと思うけどねぇ」


 アラブシ・カ・ミランテ?

 誰、それ?

 いや、話の流れからはお師匠様のことっぽいけど。

 え、お師匠様の本名ってブシカじゃないの?


「ふん、老婆。お前になにができる?」

「そうさねぇ。例えば」


 お師匠様がちらっと僕に一瞥をくれる。

 すると、僕の頭上から大量の水が落ちてきた。


「魔法か。ふん、水を出す魔法など珍しくもない」


 いや、僕びしょ濡れなんですけど。あと床も。


「アル殿下。魔法石も詠唱もなく彼女は魔法を使ったのですよ」


 レイクさんが言う。


「彼女はアラブシ・カ・ミランテ。かつての王宮の最高位魔道士であり、私の恩師でもあるこの大陸最強の魔法使いの1人です」


 アルさんが目を細める。


「ほう」

「ま、その気になれば水の代わりに溶岩をパドの頭上に出すこともできるよ。試してみるかい?」


 いや、勘弁してください。


「それは遠慮する。火災に巻き込まれたくはないからな。が、老婆。お前の力は欲しいな」

「ならば事情を詳しく話すんだね。私としてもなどと聞かされても、困惑するしかないよ」


 ちょっとまて、王女様って。

 そういえばリラも似たようなことを言っていたけど。

 この場で1番偉そうなのはアルさんだけど、え、王女様?

 そういえば、レイクさんがアル殿って言っていたような……


 お師匠様の言葉に、レイクさんが乗る。


「分かりました。それでは改めて事情をお話しします。

 アル殿下もよろしいですね?」

「ふん、勝手にしろ」


 アルさんが吐き捨てるようにそう言って、レイクさんによる事情説明が始まったのだった。

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