【番外編9】 俺の大事な友達
ラクルス村村長バルの孫、ジラ。
ガキ大将タイプの彼は、しかしいじめっ子ではない。
幼児期に両親を亡くし、村を率いる祖父に育てられた結果、いつか自分が村長になると考えて、皆を引っ張っていこうと心のどこかで思っていた。
まだまだ幼いが故に、それが我儘と空回りという形ででてしまうことも多かったが。
ジラにとって、パドという少年は『よく分からないガキ』だった。
2歳年下の彼を気遣ったジラが遊びに誘っても、パドは全くのってこない。
1人でぼーっと座っていることが多く、たまに話をすると妙に大人っぽい理屈を言う。
しかも、子ども同士ではではまず使わない敬語を好む。
要するに、ジラから見ればパドは周囲に壁を作っているようにしか見えなかった。
それでも、ジラは未来の村長としてパドを仲間に入れようとした。
勇者キダンごっこにも何度も誘った。
だが、パドは全くのってこない。
人付き合いが悪いのか、それとも体が疲れやすいのか。
いずれにしても、扱いにくいヤツだなぁと思っていた。
そんなパドの印象が一気に変わったのがアベックニクス騒動の時だった。
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テルとキドが必死に時間稼ぎをしているのを見て、ジラは女の子達や年下のパド、サンを逃がしたら自分も参戦するつもりだった。
パドはそれを押しとどめ、恐るべき力を発揮した。
ありえないようなジャンプをみせ、一撃でアベックニクスを粉砕して見せたのだ。
(すっげー)
ジラは素直に感嘆した。
(まるで勇者キダンみたいだ)
見たこともない500年前の勇者と、自分の幼なじみを重ねもした。
だが、素直に賞賛したジラに、テルやキド、それにパドまでもが、そのことを秘密にしてほしいと言ってきた。
「なんだよそれ、パドの手柄横取りするつもりかよ?」
反射的にジラはそう叫んでいた。
だが、冷静になれば分かる。
ジラも、村長である祖父を見てきたのだ。
この村はここまで異質な者を受け入れる土壌はないのかもしれない。
それでも、ジラの中でパドは自分たちを助けてくれた勇者になった。
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だから、リラの件もまずパドに相談した。
大人に相談するよりも、ずっと気軽に相談できたし、パドならなんとかしてくれるという思いもあった。
その考えが間違っていたと気づいたのは、翌日になってからだ。
獣人達が村長の家にやってきて、パドとリラが崖の下に身投げしたと報告したのだ。
村は騒然となり、ジラは獣人達に殴りかかる寸前だった。
それを押しとどめたのは姉のナーシャ。
獣人たちとの争いを必死で避けようとしている祖父の事を考えろと言い含められた。
そう言われれば、ジラとしてもそれ以上は何も言えず、1人逃げるように村はずれに駆け出した。
冷静になってみて、自分はとんでもないことをしてしまったと思えた。
(パドやリラが死んだのは俺せいだ)
確かにパドは凄い力を持っていた。
あるいは勇者キダンに匹敵するようなパワーだったかもしれない。
それでも。
パドはまだ7歳だったのだ。
7歳の幼児にリラのことを託すなんてどうかしていた。
力がどんなにあっても、幼児とは思えないくらい冷静そうに見えても、やっぱり自分よりも年下の幼子なのだ。
追い詰められて、どうにもならなくなって、崖から飛び降りるなんていう馬鹿なことをしたのだろう。
リラのことを相談するなら大人にするべきだった。
最悪でも自分もついて行くべきだったのだ。
(パド、ごめんよ……)
ジラは村はずれの森の中で1人涙した。
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だから、数日後、パドが無事戻ってきたときは本当に嬉しかった。
「だって、獣人達が、お前ら崖から落っこたって。だから、俺、2人とも死んじゃったって思って、俺のせいで、パドやリラが、死んじゃったって……」
自分でも何を言っているのかわからないくらい泣きじゃくった。
泣いて泣いて、今思えば恥ずかしいくらい泣いて、パドとハグした。
パドは自分よりも1回り小さく、こんな子どもにリラを託してしまった自分を恥じた。
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パドはいつの間にか敬語を使うのをやめていた。
リラの件の罰として、テルも含めた3人でとことんこき使われて。
クタクタになりながらも、パドと仲良くなれてジラも嬉しかった。
パドの力は圧倒的で、きっと将来の村のために役に立つと思えた。
だが。
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「ふざけんなよっ!!」
ジラは生まれて初めて、尊敬する祖父に向かって心の底から怒りを覚えた。
『闇』との戦いで崩壊した村。
次期村長としてジラが心を痛める中、祖父はパドとその母親の追放処分を決めたのだ。
「村の未来のためにはパドを追い出すっていうのかよ!?」
「そうだ。必要とあればそういう決定をするのが村長であるワシの役目だ。そして、次期村長にお前がなるというならば、いずれお前の役目になる」
「パドは村を護ったんだ。片手を失って、お母さんを殺されかけて、それでも村を護ってくれたんだ。それなのに、何が村のためだよ!?」
「だが、パドの力は危険だ」
祖父が何を言っているのか分からなかった。
村が崩壊したのはパドのせいじゃない。
パドがいなかったら、もっと犠牲は大きかったかもしれない。
祖父だけじゃない。
村の他の大人たちも、パドのことを畏れ、避け、中には嫌悪すらしている者もいた。村民ではないブシカもパドを責め立てていた。
自分の友達が、自分の勇者が、村の大人たちから虐められているようにしか見えなかった。
悔しかった。
何も出来ない自分が悔しかった。
(パドが危険? そんなこと……)
ジラは拳を握りしめた。
祖父を殴ろうと初めて思った。
だが、それでも思いとどまったのは、産まれて9年間、村のために必死に働く祖父を見てきたからだ。祖父が大好きだからだ。
だから、ジラはパドをぶん殴った。
「ほら見ろ、俺が殴ったってパドは何もしないじゃないか。もしもパドが危険なヤツだったら、俺はパドの力で殺されてる」
ジラにできる、パドが危険ではないと示す唯一の方法だったから。
「ずっと思ってたんだ。なんでパドは俺達と遊ばないのかって。
でも、1ヶ月前にようやく分かった。パドは俺達を傷付けたくなかったんだ。俺達と勇者ごっこしたら、俺達を傷付けてしまうって思ったから、ずっと1人でいたんだ。
俺はそんなことにも気がつかないで、パドのことを弱虫だ、自分勝手だって思っていて、でも、パドは俺なんかよりずっと、ずっと……」
パドはずっと苦しんでいた。
自分の持つ巨大な力に恐怖し、だからこそいつもジラ達と交わろうとしなかった。
皆が遊ぶのを遠くで孤独に見ていたのは、ジラ達を傷つけないためだ。
たった7歳の子どもが。
いや、もっと幼い頃から。
自分の異常性を理解してずっとずっと我慢してきたのだ。
そのパドに対して、この村はこんな仕打ちをするのか。
「ジラ、ありがとう。だけど、もういいから」
「何がいいんだよ!?」
「村長の言っていることは間違ってないよ。僕はこの村を出ていく」
「……それがどういう意味か分かっているのかよ!?」
幼いパドと、心を失った彼の母親だけで生きていけるほど、この世界は甘くない。
「俺達、友達じゃないのかよ!?」
「友達だよ!! ずっと、ずっと友達だよっ!!」
「だったら……」
「だから、ジラには立派な村長になってほしい。僕が壊してしまったこの村を、ジラに託したい。ジラなら信頼できるから」
パドは自分のことを友達だと言ってくれた。
信頼して村を任せると言ってくれた。
だけど。
「村長なんて、こんな、こんな風に、友達を追い出さなくちゃいけないなら、俺はそんなんになりたくねーよ!!」
ジラは叫んでその場から逃げるように立ち去るしかできなかった。
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逃げ出したジラを、姉のナーシャが追いかけてきた。
「ジラ……」
「姉ちゃんは賛成なのかよ!?」
「…………」
「パドを村から追い出して、そんなこと許されると思っているのかよ!?」
「最初の質問に答えるなら賛成よ。次の質問に答えるなら許されないと思うわ」
意味が分からなかった。
「なんだよそれ!? 意味が分かんねーよ!!!」
「お祖父ちゃんは村長として全ての罪と憎しみを背負うつもりなのよ。次の村長のためにも」
「…………」
「意味は分かるわね?」
分かる。分かってしまう。
「分かってたまるかっ!!」
分かるからこそ、ジラは否定の言葉を叫んだ。
「ジラ、今のこの村はこういう決断をするしかない。あなたは次の村長としてどうする?」
「村長になんかならねーって言っているだろ。姉ちゃんでも、他の誰かでも適当にやれよっ!!」
叫ぶジラに、ナーシャは厳しく言う。
「
私に村長をやれというなら、やるわ。でも、あなたは本当にそれでいいの? パドは明日の昼には出て行く。信頼し、村を任せると言ってくれたあなたの友達に、ジラは責任を放棄すると伝えるの?」
姉の言葉が次々にジラの心に突き刺さる。
10歳に満たない少年にとってはとても処理しきれないような難題だった。
「俺にどうしろって言うんだよ!?」
「考えなさい。考えて考えて、考え抜きなさい」
姉はそう言って、その場から立ち去った。
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ジラはその夜、ずっと考えた。
考えて考えて考えた。
今の自分にパドを助ける力は無い。
村がパドやその母親を助ける余力が無いのも確かだ。
(だったら、どうしたらいい?)
考えて考えて考えて。
――そして。
「待てよ!!」
ジラはハァハァ息を切らせながらパドを追った。
「ジラ?」
パドが振り返る。
「俺、考えた。
考えて、考えて、考えて、それで決めた。
俺は村長になる。村長になって、村を発展させる。そうしたら、お前とリラを迎え入れる。もちろん、サーラさんも。
誰にも文句なんて言わせない。じいちゃんにも、獣人達にも。
『闇』なんてぶったおせるようになるくらい、この村を立派にしてみせる」
それが考えた結論だった。
今の自分がいくら騒いでも、パド達の追放は覆らない。
だけど、5年後は? 10年後は?
自分が村長になって、村を復興させて、もっともっと立派な村にして。
「今の俺にはお前達を助けられない。でも、いつかお前達を助けられるくらい立派な村長になってみせる。
……だから。その時は絶対に帰ってこい。分かったな?」
ジラはそう言って、パドとリラの手をぎゅっと握った。
「うん。ジラ、村のことは任せたよっ!!」
「おうっ。俺に任せとけ!! お前達が戻ってくるときにはびっくりするくらい立派な村にしてみせるぜ」
「はは、期待しておくよ。勇者様」
「おうよっ!!」
ジラは力強く頷いた。
頷きながら思う。
(勇者様はお前だよ、パド)
ジラに明確な予感があったわけじゃない。
だが、アベックニクスを倒し、リラを助け、『闇』を切り裂いたパドは、500年ぶりに現れた勇者なのではないかと、ジラはそんな気がしていた。
(だったら、俺がやるべき事は……)
パドが勇者としての冒険から帰ってくる場所を作ることだ。
パドの故郷は
チビで勇者様で弱虫で、だけどちょっとだけカッコイイこいつが戻ってくる場所を俺は作ろう。
だって、パドは俺の大事な友達なんだから。
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この日、ラクルス村のジラ少年は、子どもの時代を終え、次期村長としての
祖父を補佐し、復旧計画を練り、年上の大人にも指示を出し、隣村まで赴いて助けを請うた。
この冬、村の誰一人として凍死も餓死もしなかった要因の1つは、間違いなく彼の活躍によるものだった。
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