9-20

 ロルフはしばらくクロウを見つめた後、微笑んで肩をすくめた。

「……もしかして、最初から分かってたのかい?」


「いや、と思ったのはつい最近だ。何より、私はお前さんの事をどう処理すればいいか分からなかった。死んでるにしても生きてるにしても、ね」


「……確かに、君を振り回してしまったかもしれない。けれど喜んでよ、ぼくはしっかり生きてたんだ。この顔にもだんだん慣れてきたしね」

 と“ロラン”は顎を撫でた。


?」


「あ、ごめん……。でも分かって欲しいんだ。ぼくだって、君を傷つけないように、あれこれ気を回したんだよ。君が出ていくよう周りに頼んだし、役人にだって不審に思われない限り手を回してたんだ。……なのに、君ときたら」


「出ていくどころかここに戻って、いろいろ嗅ぎ回ったりね」


「君がほんの少しの間ここを出ていってくれてれば、ここまで難しくはならなかったのに」


「……私がどういう思いでここに残ってたと?」


「それは……。ごめん」


 クロウは答えづらそうにしているロランを無視して身支度を始めた。ジーンズをはいてベルトを締め、革のジャケットを羽織った。中身がロランならば、裸を恥じらう必要がない。


「やっぱり怒っているよね」


 クロウは微笑んで肩をすくめた。


 ロランはやきもきしながらため息をついた。

「他にやりようがなかったんだよっ。君だって見ただろう? 父上のあの傲慢さをっ。ああでもしなければ父を権力の座から引きずり落とすことはできなかったし、ぼくも男の体を手に入れなければ後継者には結局なれなかったんだっ」


「……お前さんがそんなにも父親に成り代わりたかったとはね。思った以上に野心家だったんだな」


「個人的な野心じゃない。ぼくがヘルメスを統べなければならなかったんだ。この社会を変えるためには父が権力の座にいては駄目だったんだ。君が見せてくれたんじゃないか、こんなにも理不尽に満ちた社会を。ぼくは救いたかったんだよ。あのラクタリスの子供たちを、路上で寒空の下死んでいく孤児みなしごたちをっ」


「立派なもんだな」


「じゃあ、だったら……どうしてそんな目で君はぼくを見るんだい? まるで、君はぼくを軽蔑してるみたいだ」


「ロラン……。お前さんが自分の理想のために生きることを私は否定しないよ。だがね、あまりにも犠牲になった者が多すぎるんじゃないか?」


「それは……。」


「それに、あのゴブリン達だってそうなんじゃないのか? あいつらだって、お前さんの手の内にあったんだろう?」


「……ああ」

 ロランは目をそらした。

「試練の後に、ラクタリスを彼らに明け渡して自治区にする約束を持ちかけたんだ。彼らにとっては夢にも思えなかった故郷への帰還に喜んでたよ。どっちみち、ラクタリスの人々は新しく開発した居住区に移住してもらうつもりだったし……。」


「大した役者だな、あのゴブリンは。ハッタリにまんまと乗せられた」


「面白いゴブリンだったよ。をまるで自分の体験談のように話すんだ。自分でもホントか嘘か分かってないんじゃないかってくらい。多分、優れた役者ってのはああいうところがあるんだろうね。……どうしたの?」


「お前さん、本当にゴブリンたちにあそこを明け渡すつもりだったのか」


「もちろん……だよ?」


事が分かってたんじゃないのか? それにお前さん、狼の口に私を放り込んだな? んだろ?」


「……彼らはゴブリンだ。いずれは問題を起こしてた」


「それが奴らの悲願や信念を利用して良い理由か?」


「彼らは君のことも狙ってたんだよ? いや、途中から完全に彼らの目的は勇者の子供の君になってた。君を守るためでもあったんだよ」


「ああ、それには感謝をしているよ。おかげでこれからは枕を高くして眠れる」


「じゃあだったらどうして……。」


「例え命を狙われた相手でも、そこまで良いように利用されてるとあっちゃあ気の毒で仕方ないよ」

 クロウは煙草をシガレットホルダーに挟んで火をつけた。そして一吸いしてから言う。

「タバサ、ロルフ、賢者の爺さん、それにゴブリン……お前さんは自分の理想のため、他人ひとの命をモノみたいに扱ったんだ。死を積み重ねて踏み場にして、そうやって自分の栄光に手を伸ばしたんだ。なのに、お前さんからは少しも悔恨が感じられないんだがね。それも他にやりようがなかったせいか?」


「……出来るだけ救おうとした。出来るだけ傷つく人がいないように頑張ったよ。特に君はぼくにとって大切な人だったんだ。誰にも指一本触れてほしくなかった。ぼくだって辛かったんだ。分かってよ、クロウ」


「大丈夫、分かってるさロラン」


「なら、どうして君はそんな目でぼくを見るんだい?」


「別に、何も思うことはないさ」


「嘘だ」


「本当さ。まったくもってお前さんに対しては何の感情もないんだ」


「……どういう意味だい」


「結局ロラン、お前さんはそういう奴だったってことだよ。確かにお前さんのその宿命に屈することを拒んだ目には惹かれるものがあった。そしてお前さんは自分の宿命に屈することなく、それどころか支配できるようになったのかもしれない。だがお前さんは自分の宿命を支配した途端、人の宿命も支配できると思い上がったんだ。あらゆるものを利用して踏みにじって自分の我を通したのさ。世の中にはそういう奴だっているだろうし、だからこそ成功した奴もいるだろう。だがね、私はには興味がないんだ。情愛も友情もまきのように火にくべる奴にはね」


「そんな言い方……。」


「自覚がないのがよりたちが悪い」


 ロランは暫く黙っていた。しかしそれは、自責の念が芽生えたからということでもなかったようだった。


「……何て言ったらいいのかな。説明しづらいんだけど……確かに彼らは“今回は”こうなってしまったけれど、別の回では上手くやってるんだ」


「……何の話をしてるんだ?」


「君も、ぼくの周りを調べてた時に気になってたんじゃないかい? ぼくが君に語ったぼくの過去と、君自身が調べるぼくの過去に違いがあるって。けれどぼくは嘘をついてるわけじゃなかったんだ。実際、君に話したのはぼくが体験したものなんだからね」 


 クロウはロランの話を黙って聞いていた。


「ソニアさんの所に行った時のこと覚えてるかな? 特に君が気にしていた“リセット”という転生者の祝福のことなんだけど、あれは正確に言うと、一旦死んでしまった後に、また一からやり直せる力のことなんだ。ぼくは最初この世界に来た時に失敗してしまって、今は二度目をやり直してる最中なんだ」


 クロウは黙ってこそはいたが、これまでのことに考えをめぐらせていた。

 兄と入れ替わったロラン、タバサの語る過去、前世から出会っていたかのような二人、外法を使用できる才能、覚えの早い子供、強運、魅了……クロウの思い出の断片に現れ始めたエルフ。

 その可能性は否定していた。否定したかった。


「すごいね君は……。」

 ロランは感心するように言った。

「その顔だとこれもどうやら察してたのかい」


「ああ、そうだね……。」


 すべてが彼の手の内だった。始まりから終わりまでどころか、始まるずっと前から。


「……お前さん、転生者だな」

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