9-19
ベンズの村は発展が遅れていたところもあったが、一方で
原っぱでは村の子供たちが球蹴りをして遊んでいて、少女は彼らの輪に入れずに輪の外から彼らを眺めていた。
風が吹いて少女の髪が凪いだ。母譲りで赤みがかっているものの、基本は父の血のせいで真っ黒な髪だった。
子供の一人が蹴り損ねて、球蹴りの球が少女のところまで転がってきた。
少女が球を拾おうとすると、「さわんなよ雑種!」と球を追いかけてきた子供が叫んだ。
少女は何も言えずに、球の横で立ちすくんだ。
子供はボールを拾うと、少女を敢えて見ないようにして子供たちの輪の中に戻っていった。
少女は他の子と違う耳を引っ張って上に持ち上げようとした。そうすれば、耳が少しでも皆に近づけると思った。
「……クロウっ」
後ろから心を溶かすような聴き心地のいい声がした。
「……あ、×××」
振り返ると、そこには銀髪をなびかせた美しいエルフがいた。
「どうしたの? みんなと遊ばないのかい?」
エルフは不思議そうに少女を見ていたが、すぐに少女が子供たちの輪に入れないことを察して、何も言わずに少女の隣に座った。
「……ねぇ、×××」
「なぁに、クロウ?」
「……私の耳って、変かな」
「そんなことないよ。君にはその耳が似合ってるさ」
「……ありがとう」
ふたりはしばらく遊んでいる子供たちを眺めていた。たったひとりが隣に座っているだけだったものの、隣の少年の存在は少女に孤独を忘れさせていた。
「……クロウ」
「なぁに? ×××」
「君の……その体を恥ずかしく思うことなんてないよ」
「でも……みんなより歳をとるのは遅いし、×××より歳をとるのは早いから。きっとずっとひとりぼっちだよ」
「そんなことないっ」
「え?」
「それは……ぼくがずっとクロウのそばにいるからさっ」
そうエルフの少年は言うものの、少女には慰めにはならなかった。ただでさえ半分は近いフェルプールと相容れないのに、さらに遠いエルフに受け入れられるとは思えなかった。
少女の様子を察したエルフが、思い切ったように言う。
「ねぇ、クロウ。君、ぼくのお嫁さんになりなよっ」
少年は、褐色の肌を耳まで真っ赤になっていた。
「え? でも……わたし貴方より早く死んじゃうよ?」
「そりゃあ、ぼくはエルフだからね。人間だってフェルプールだってぼくらより寿命は短いよ」
「だったら……。」
「かまわないさ。ぼくはいつまでも君だけを想って生きるから」
「私がおばあちゃんになっても、×××は若いままなのに?」
「それでもさっ」
自信に満ち溢れた笑顔だった。根拠もないのに、その笑顔は少女を安心させた。
「クロウ、目を閉じててっ」
少女は彼に言われるままに目を閉じる。しばらくすると、少年が指に触れたのが分かった。
「なにしてるの?」
「まだ開けちゃダメだよっ」
左手の薬指に何かが巻かれていると思っていると、少年が「いいよっ」と言った。
目を開けると、薬指には野花で作られた指輪がはめてあった。白く小さな花が、宝石のように指輪の上に乗っていた。
「約束だよ、クロウ。君が大きくなるころには、世界で一番綺麗な宝石で作った指輪をはめてあげる」
少女は薬指を撫でながら目頭を熱くした。
「うん、分かった」
少年の力強い言葉は、少女にとって信じるに値するものだった。
目を覚ますとクロウは実家のベッドにいた。
体はしっかりと手当をしてあり、服は着替えさせられていた。
クロウはベッドから起き上がった。窓の外は朝の太陽が登っていた。どうやら、襲撃から一夜過ぎているようだ。
そして、また妙な夢を見ていたことを思い出す。
寝室のドアが開いた。
クロウは思わず部屋の隅にあった刀を手にとった。
「……目を覚ましましたか」
入ってきたのはロルフだった。
「どこか……痛むところはありませんか?」
「……お前さんが看病を?」
「ええ、そうですけど……剣を置いてくれませんか?」
クロウはシャツを引っ張って言う。
「眠ってる女の服を脱がせるような奴を警戒するなと?」
ロルフは苦笑して首を振った。
「申し訳ありませんでした。ただ、信じて欲しいのは、やましい気持ちは決してなかったという事です。貴女を助けたい一心でした」
「……かもしれないね」
クロウはベッドの横の椅子に座った。建付の悪い椅子がギシリと音を立てた。
「それで……。お前さん、どういうつもりで私を助けたんだい?」
ロランは水の張った洗面器を扉の横の棚に置き、扉にもたれ掛かった。クロウにはロルフが入口を塞いでいるように見えた。
「ゴブリン達は、ぼくの屋敷で暴れ大きな被害を出しました。なので、彼らをこの領内から一掃するのは民心の安定のため、早急のぼくの仕事だったんです。たまたまあそこにいた貴女を助けたのは、我がヘルメス領の者ならば、種族階級問わず、誰でも分け隔てなく接するのがぼくのモットーだからです。父の時代とは違います」
「父君とは違うと?」
「そうです。父はエルフと貴族の繁栄しか考えていませんでした。それ以外は、自分たちを支えるための道具でしかなかったんです。そのくせ古い慣習には捕らわれ、自分たちが理解できない者は尽く排除していきました。異文化への嫌悪、異教徒への攻撃、異なる階級間での結婚や異種族間を否定していました、そして同性の恋愛も……。どうしたんですか?」
どうやらクロウは自分でも知らない間にニヤケ顔になっていた。
「いや、失礼。どうしてもおかしくなってしまってな」
「そうですか? ぼくは自分自身に恥じることなどどこにもありませんが」
「……そういえば、お前さんは以前、ヘルメス侯の前でも同じことを言っていたな」
「……何を仰ってるんです?」
「しばらく見ないあいだに、随分と男らしくなったじゃないか。いや、男そのものになったらしいな」
クロウはほんの少し、息を止めるようにロルフを見つめてから言った。
「生きてたんだな、ロラン」
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