6-17
馬車で街へ帰る途中、クロウは意を決して引っかかっていた事を問うことにした。
「……なぁシスター、差支えがなければ妹さんとイヴとの関係を聞かせてもらえないかな?」
だがサマンサは窓から景色を眺めているだけだった。
「決して興味本位じゃないことは理解してもらえると思うんだ。これからの捜査をする上で知っておかなければならないと思ってね」
サマンサは窓から車内へ顔を戻したが、クロウの顔は見なかった。
「本人の口からはもちろんのこと、私からも
「もし、そういうことに関する嫌悪感のことを心配しているなら問題はないよ」
「……どういうことですの?」
「私もその……彼とはそういう関係をもったからさ。一度だけね」
サマンサが目を見開いた。眉間にしわを寄せ、大きなため息をつき首を小さく振る。
「軽蔑したかい? ただ私は彼を男だと思ってたからね。それとも、婚前交渉に対する拒否感かな?」
「そうではありません……何故、あの方は妹がいながら……。」
「シスター、そこなんだ。私はロランから妹さんのことは聞かされていたんだよ。だからお前さんに会った時には彼女の姉だと紹介された。だが、私が教えられたのは、あくまで仲のいい幼なじみだということだけだった。だがどうやら、今日来てみて思ったのは、イヴとタバサはそれ以上の関係だったんじゃないかということなんだ」
「幼なじみ……。」
サマンサは窓の外を見て回想する。
「確かに、元々はそういう関係だったのかもしれません。そして二人には愛がありました。けれど、その愛は二人が成長するにつれ別の形に変わっていったのです……。」
サマンサは眩しさなのせいか、それとも思い出し難いことを思い出そうとしているのか、目を細めて物思いに沈んだ。
「そしてそれは周囲には理解されるものではありませんでした。ただでさえ、貴族の令嬢と侍女の娘ということに加え女同士という関係は、必然的に本人たちだけではなく家族も巻き込んだのです。ワタクシは姉としてあの子の味方にはなりたいと思っていても、既にその頃には修道女としての道を歩んでおりましたから。けれど、ワタクシはどちらかを選ぶべきでした。あの子を守るべきか、別の道を歩ませるべきか……。早々に決断していればあのようなことには」
「聞いた話では兄のロルフとひと悶着あったようだが……。」
「……ワタクシは聖職者ですが、家族はヘルメス家に使える身です。代々そうでした。ですからあの方……ロルフ様のなさったことに関しては悪い夢、ちょっとした出来心が、ほんの少し度を過ぎたものだと思うことにしたのです。そうしなければ生きていけませんでしたから……。」
クロウはそれ以上は聞くべきではないと思った。
ロランからも既に過去の話は聞いていたので、それだけ聞けば十分だった。
「けれど、あれから妹は心を壊してしまったのです。イヴ様も、妹のためにいろいろと細心をなさっておられたようですが……。」
「……そんなにもショックだったのか。てっきり、ロランだけかと思っていたよ。兄にとんでもない仕打ちを受けたのは……。」
そう言いかけたところ、サマンサは厳しい瞳でクロウを睨んだ。いつもの冷たい瞳ではなく、燃えるような怒りを込めて。
「当たり前ではありませんか。一体、誰が愛する人の前で辱めを受け平気でいられるというのですっ」
「……何だって?」
ふたりの間に沈黙が流れた。
二人とも、お互いが何を言っているのかわからないようだった。
石造りの橋を渡ったせいで、馬車が音を立てて揺れふたりは小刻みに座席の上で跳ねた。
「イヴ様から……聞いていたのではないのですか?」
「いや、聞いていたのだけれど……。その、ロルフとその仲間に妹さんが――」
しかしサマンサが遮った。
「やめましょう。ワタクシ以上にイヴ様も妹も、あまり思い出したくないことです。言葉を濁すこともあったのでしょう」
「ああ。それは、そうだ……。ただ確認させて欲しい。彼らに、愛はあったのか?」
「ええもちろんです。許されるなら、妹の言うように崇高な愛になるはずでした。まるで……。」
「まるで?」
「……前世から約束されていたように運命的な」
思い出したくない過去だったからなのか、旅路での告白だったからなのか、それともロランとタバサがすれ違っていたのか。何かが根本的に違っていた。
間違っているのではない。いくつもの事実があるという矛盾。まるでだまし絵の迷路に迷い込んだような不可思議な感覚だった。
クロウはふと、一ヶ月前に生家で見た夢を思い出していた。
「だからこそ、信じられないのです。そのタバサがゴブリンを雇ったということが」
「違うよ、シスター。愛があるからこそさ。愛があるせいで、傷つけあう関係だってあるんだ」
クロウは自分と母のことを思った。
日が完全に落ち月が空の真上に昇る頃、馬車は街へ着いた。
先に馬車から降りたクロウにサマンサが言う。
「これからどうなさるのです?」
「情報収集といったところだね」
「あてがあるのですか?」
「蛇の道は蛇さ」
サマンサと別れたあと、クロウはある場所を探しながら夜の街を歩いた。
「よぉ、ねえちゃん。また会ったな、エルフのにいちゃんは今日はいないのか?」
瓶詰めや缶詰が並ぶ雑貨屋の前で見覚えのある男が声をかけてきた。
ロランと最後に飲んだ酒場でポーカーをけしかけた男だった。
エプロン姿からどうやらこの店の店主らしい。
「ああ、今日はね。ところで、この辺りにマルコムって男の店はないかい?」
男は目を大きく見開いてから笑った。
「どうした?」
「ねえちゃんそりゃあ可笑しいさ。だってよぉ、この間アンタ方が行ってた店、あれがマルコムの店だぜ?」
「……ああ、そうだったのか。ありがとう」
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