6-7
「何か御用でしょうか?」
建物内を見渡していると、修道士が後ろから声をかけてきた。あの晩にクロウたちの対応をした若者だった。
初めて会ったときは暗くて気づかなかったが、一際白い肌のせいでソバカスが目立って見える赤毛の青年だった。
「……おや、お久しぶり」
「ああ、イヴ様のお連れの方ですね」
と、青年が微笑んで応える。
「あの件では世話になったね……。ところで、ヘルメスで迎えていた老賢者の葬儀をここでやったようだが……。」
「そうです。老賢者様は大きな葬儀を好まれないだろうという配慮で、領民に告知はなされず、屋敷の方、特にヘルメス侯の縁者のみで執り行われました」
「そうか……。時に私たちと違って、エルフは寿命では死なないということだが……。」
「そうですね。と言っても、彼らも不死なわけではありません。ひどい怪我や疫病、それに自らの役目を終えたと悟った時、彼らは天に召されるといいます」
「では、老賢者殿は?」
「私たち一介の修道士は、そこまでのことは……。」
気まずいのではなく、どうやら知らないという様子だった。
クロウは質問を変えることにした。
「葬儀に参列していた者たちは? 要するに、どんな雰囲気だったのだろう?」
「それはそれはしめやかなものでした」
「そうかね。何というか、泣き叫んでいるものや妙な雰囲気の者はいなかっただろうか?」
「いえ……あの、失礼ですがどういったご用件で?」
「ああすまない。実は私も生前老賢者様に大変お世話になったんだ。だが旅に出ていたために葬儀に参列することができなかった。祈りを捧げに来たのはもちろんだが、せめて彼が最後どうだったのか知りたいんだ。安らかならそれに越したことはないんだが、ほら、私はこういった身なりだ。ヘルメスの者に聞いたところで門前払いされてしまうんだよ」
安心したように青年は言う。
「ああ、なるほど。いえ、特に変わったことはございませんでした」
「ヘルメスの縁者といったが、病床から回復したというロルフ殿もいたのだろうか」
「ええ、回復したばかりというのにとても気丈に振舞っておりました」
「そうか……。」
「そういえば……。」
「何だ?」
「いえ、以前にヘルメス家のご長男、ヴィクター様のご葬儀もこの教会で執り行われたのですが、その時に比べて非常に落ち着いたと申しますか……。やはり後継者としての自覚がその時に比べて出てきたということでしょうかねぇ」
「なるほど……。因みにヴィクター殿の葬儀の時、ヘルメスのご令嬢はどんな様子だったのだろう」
「どうと言われましても……。そうそう、他の侍女や使用人の女性が泣き崩れている一方で、とても毅然とした態度で葬儀の進行に関わられておりました。何と申しますか、やはり噂に聞きし男勝りな方であるなと」
「そうか……。分かったよ、ありがとう」
クロウは修道士の青年に礼を述べてから、祭壇に飾られている聖杯の前で老賢者に祈りを捧げた。
もし心残りがあるならば、自分に何か機知を与えてくれるようにわずかな期待を込めて。
教会から出ると、すぐに二人の男につけられた。
カフェからクロウを着けていた二人だった。どうやら行動を読まれているようだ。
クロウは15分ほど歩き回ったが、間違いなくクロウに用事がある彼らは尾行していることを隠そうともしなかった。
クロウは彼らを誘い出すために建物と建物の間に入り込んだ。
そこは光が当たらずいつ降ったかもわからない、雨の名残で地面が湿っている狭い路地になっていた。
光が射さない路地、急にこの空間に入ったならば夜目の利く自分に理がある。クロウは待ち構えていたが、男たちは一向に路地に入ってくる気配がない。
風通しの悪い路地裏で、クロウは籠った空気と一体になるくらいに息を潜めた。
後ろで気配がした。振り向くと、顔をフードで隠した二人の男が現れた。
――回り込まれたか。
その二人を振り返ると、クロウをつけていた二人の男も路地に入ってきた。
追っ手は二人ではなかった。
「……女ひとりナンパするのに随分と用心深いな。一人じゃあ心細くてお仲間を引き連れたか?」
しかし男たちは無言で近づいて来た。
無言で女に迫る男ってのは大概がろくなもんじゃあないな。クロウは牙を剥いた。
「言っとくが、お前さん方が抜く前だろうが遠慮なく斬らせてもらうぞ」
クロウは刀に手をかけた。
それでも男たちは近づいてきた。
……恨むなよっ。
クロウが踏み込んで抜刀する。
だが、元々逃げる気だった男たちは大げさに身を翻した。
通り側の男たちが近づいてきたので、クロウはそちらに向かって構えなおす。
やはり男たちは振り返って逃げるようにクロウの攻撃範囲から避けようとする。
追っては引いて追っては引いて、まるで目隠し鬼のような意味を持たない立ち回りだった。
――妙だな、この距離の取り方は……。
クロウは嫌な予感がしたが、既に遅かった。
バサッ!
クロウの頭上に網が降ってきた。
しまった、と思う前に体に網が絡まった。
刀を振ったが、何重にも重ねられた網はあえなくクロウの体の動きを封じた。
建物の上の窓で待機していた仲間がいたのだ。誘い出したはずが、まんまとハメられていた。
この街の構造に、クロウよりも長けていた賊だった。
男たちは一斉にクロウに襲い掛かった。
一人に刀を突き刺そうとするものの、足元の網を引っ張られクロウは無様に転んでしまった。
男の一人がクロウの刀を握る手首を足で踏んづけると、別の男がクロウの足を棍棒で打ち付けてきた。
「グッ!」
クロウが呻き声を上げると、男たちが覆いかぶさるようにクロウの体に体当たりをして動きを封じた。
――万事休すか……。
クロウがそう思っていると、クロウの目の前に鈍い音を立てて男が倒れてきた。
その男には既に意識はなく、ぐったりとただ倒れていた。
クロウと男たちが、一様に通りの方を振り返る。
逆光でシルエットになってはいるが、装いから修道女と分かる女の影が仁王立ちしていた。
「まぁ、昼間から何とふしだらな。神の住まいの近くでそのようなことが許されるとお思いですか?」
その声は清らかに澄んでいて、そして冷たく刺々しかった。それはまるで、鋭く尖った透明の
男たちは何事か分からずに修道女を見ていたが、ひとりの男が彼女に迫った。
「尼さんよぉ、余計なことに首を突っ込むんじゃねぇぜ」
「無関係ではございません。この近辺はサン・モルガンの教区。神に仕える者として見過ごすわけにはいきません」
「んだとぉ?」
男が修道女の襟首を掴む。
修道女は怯みもせずに、掴んだ手を指差して言う。
「何ですの、これは?」
「“なんですの”じゃねぇよ。失せないんだったら身ぐるみ剥いじまうぞ? おお?」
「我ら会派は寺院を持ちません。ゆえに個々の胸中に信念を抱き聖衣でそれを包むことで信仰を表します。すなわち教皇より賜りしこの修道服はアグリコルの誇りそのもの、貴方がた下賎の輩が手にして良いものではありません」
「埃がどうしたこのクソアマ!」
男がさらに襟首をねじ上げようとしたその時だった。
修道女は体を外側に傾けた。すると、襟首を掴んでいる男の手首の関節が逆に
関節を極められた男の体のバランスが崩れ前のめりになる。
さらに修道女は手首を取って腕を捻った。手が後ろに回され肩の関節も極められた。
男はわけが分からず、声すら上げられずに顔面を建物の壁に押し付けられていた。
立ち位置が変わり、逆光だった修道女の姿が露わになった。
それは、霊廟の修道女サマンサ・カイルだった。
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