5-6

 部屋の中央で睨み合う二人。

 二手の攻防だったが、剣士たちはお互いの手の特徴が分かってきていた。

 クロウは立ち位置をこまめに変化させて躱しつつ速さと手数の斬撃。

 ウォレスの方は剣撃はあくまできっかけで、受けられた後に鍔迫り合いから本命の攻撃。

 攻撃を読まれ始めたことを悟ったウォレスが構えを変えた。

 顔の横で柄を握り、切っ先を地面と水平にする構え。


 クロウが反応する。 

 ――雄牛の構え(オクス)か……。

 それは、手早い斬撃と素早い防御を兼ね備えた構えだった。

 ――こまめに動く戦術に変えるつもりか


 相対するクロウはウォレスと同じく、柄を弓を引くように顔の横まで持って行き刀を地面と水平に構えた。刃は上に向けられている。

 ただし柄を握るのは右手だけで、左の手のひらは峰に添えられていた。

 ウォレスよりも、さらに最小の斬撃で臨む構えだった。

 クロウはつま先立ちのすり足で、滑るように止めどなく間合いを詰める。

 さらにフェイントを交え、速さのみ重視した振りを連続で繰り出した。

 だが狙いは刀を叩き込むことではなかった。

 それは刀を適切な位置にに行く動きだった。

 刀がその場所に来たら右手でのと刀に添えた左手の圧力で切り込む。

 最速の振りからの最小の斬撃、加えて短いすり足を連続し最短の動きでクロウはひたすら間合いを詰めていく。

 不必要に重いウォレスの剣では、この攻撃には対処しづらかった。

 ウォレスは急変したクロウの動きに呻きながら後退する。

 上段の攻撃はウォレスの構えの性質上、容易に受けら止められた。

 だが、クロウはそのまま狙いを下へ下へと移動させる。

 片膝を付く寸前まで体を低くしてから、太ももを狙うような左右の薙ぎ。

 そして注意を足元に向けてから鳩尾みぞおちを狙う刺突。

 ウォレスが仰け反り、その勢い余って後ろに倒れ込んだ。

 この機を逃すまいと追い討ちをかけようとするクロウ。

 だが歴戦の機転か、ウォレスは大げさに転び、床の上を独楽こまのように回転しながら脛を狙ってきた。

 刃がないものの剣の重さと勢いで足を払われ、クロウも転んでしまった。

 すぐに跳ね起きたが脛へのダメージは誤魔化しようがなく、クロウは足を庇うように構えることになった。

 クロウの剣術は足さばきがかなめだった。だが、この立ち合い中に回復を望むのが難しいダメージを負っていた。

 攻防一転。ウォレスから繰り出されるのは、クロスした両手を返しながらの斬撃と戻しの速い連続の突き。

 クロウは伸びた腕を攻撃したかったが距離があった。

 仮に攻撃を仕掛けたとしても、体格と武器の重さの差に加え、刃を落としたことで耐久力の上がっているあの剣に打ち込めば、刀が痛むどころか下手をしたら折られる可能性があった。

 何より、それに気づかないウォレスではない。

 本命の一撃を待つ必要があった。

 ウォレスの剣撃はあくまで次の攻撃へのきっかけ。だが本命の一太刀だってあるはずだ。そんなワンパターンで戦場を生き延びられるはずがない。そこを利用して後の先を取る。

 クロウは防戦しながら機を見計らっていた。


 上段――刀を急角度で構え

 突き――立ち位置を素早く変えかわす。

 右薙ぎ――後ろに下がる。

 不意の蹴り――下腹部に当たった。

 柄でのかち上げ――顎が跳ね上げられた。

 袈裟切り――体を密着させて回ってウォレスの背後を取ろうとする。

 しかし、見計らった中段の横蹴りがクロウの上腹部に突き刺さる。

 そして蹴りでふっとばされてから、クロウはウォレスが計算づくで攻めていたことに気づいた。

 いつの間にか、クロウは壁際にまで追いつめられていた。


 足をやられ攻防一体が難しくなっていることを悟ってか、曲芸師のようにウォレスが剣を振り回した。

 

 ――一気呵成に攻めるつもりか。


 今のクロウの足だと、ウォレスは一気に間合いにはいられる心配はない。

 さらにどこか体に当たれば儲けもので、受けられても得物の性質の差で刀を押し込むことができる。

 つまり結論としては、クロウは避け続けるしかなかった。


 避け    いなし……当たる

    防ぎ       仰け反り……掠る   転がり 

  逃げ     躱し   屈み   痛っ

      跳び……こける   近づき……押しやられる


 紙一重、というよりも、布一重でクロウは躱し続けた。

 着ているドレスはみるみるうちにボロボロになっていった。

 数度のフェイントの剣撃の後、ようやく待っていた本命の一撃。

 だがその一撃を上手くさばけず、何とか受け止め鍔迫り合いに持っていくのがやっとだった。


 刀を通してウォレスの背中の筋肉が自分を押しつぶそうと張り詰めているのが分かった。

 敏感なクロウの耳には、歪んだ背骨の軋む音さえも入ってきていた。

 クロウは下腹部、丹田たんでんに意識を集中させる。

 剣を押し返すのではなく、地面に根を下ろした樹のようにその場に踏ん張り、ウォレスの力を下へと逃がしていった。


 ロランたちからは、二人はまるで止まっているように見えていた。

 しかし、剣士たちは剣を交えながら絶えず力の方向とその加減を変え、相手に付け込む隙を伺い続けていた。

 呼吸は長くも短くもなり、止まる瞬間さえあった。


 そんな極度の緊張の中で、クロウの体を見てウォレスが言う。

「お召し物を……変えられてはいかがか? それでは十分に力が出せんでしょう」


 クロウのドレスはもうドレスだった頃を忘れ、今はただ体にだらしなく絡む布切れになっていた。もう少しはだければ、胸は露出しスリットからは下着が見えそうだった。


「戦場において……。」

 クロウも呼吸を乱さないよう用心しながら応える。

「都合良き服が、都合良き時に、都合良き場所にあり、あまつさえ衣装替えの時間を……都合良く与えられるとでも?」


 ウォレスは目を見開き、そして穏やかに言った。

「失礼をした」

 その時、ようやくウォレスは本当の笑顔を見せた。


 その会話が終わると同時に、ふたりは得物を押し出し距離を取った。


 離れるや否やウォレスの剣撃。

 剣撃というよりもフルスウィングのぶん回しだった。

 クロウは屈んで避けたが、後ろの装飾用の重鎧がその一撃でひしゃげて吹っ飛んだ。

 刃のついている剣ならば、オークの胴でさえ真っ二つにできるほどの膂力だった。

 ウォレスの攻撃を距離をとって逃げ続けるクロウ。足がほんの少し回復したのが分かると斬撃を放ち攻勢に出た。

 いくつものフェイントに隠された本命を打つように見せかけて――。

 後ろに跳躍しながらの引き面。

 着地すると次は大上段での飛び込み。胴ががら空きだった。

 絶好の機会に、歴戦のウォレスは厭が応にも反応する。

 ウォレスが右薙ぎを放つ。

 緑色に輝く女の体が、真っ二つに両断される。

 ――勝負あり

 剣士を取り巻く男たちは思った。

 だが、ウォレスには一切の手応えがなかった。

 ウォレスが斬ったと思ったのは、エメラルドグリーンの残像だった。

 クロウは斬られてはいなかった。

 ウォレスの横薙ぎがくる寸前、クロウは刀を空中で手放し体を絞るように細めその場で素早くしゃがみこんだのだ。

 クロウの動きについてこれなかったドレスは、残像のごとく空中にとどまった。

 剣を振り切った残身の状態でウォレスは目た。

 ワインレッドの絨毯の上に、ショーツ姿で今まさに自分に襲いかからんとする雌の獣が突っ伏していた。

 ウォレスが仰天し振り切った剣を戻そうとする。

 だが、ただでさえ上等な柔らかい布は、装飾用の剣では切断されずにそのまま絡み付き、さらに空気を巻き込んで剣速を鈍らせた。

 クロウは獣のようにおどりかかった。

 伏した状態から飛びかかっての顎への頭突き。

 そしてウォレスの右腕を左脇で押さえ込み、布の巻かれている剣の中腹を握り締め、切っ先をウォレスの喉元に突きつけた。


「ぬぅ!」

 ウォレスが低い声で呻くように叫んだ。

 体を仰け反らし剣を喉からどけようとする。


「せいやぁあっ!!」

 クロウはさらにウォレスに突っかかり、内掛けで浴びせ倒した。

 

 絨毯の上に背中から倒れるウォレス。

 クロウは剣を突きつけながらウォレスの上に倒れた。


 倒れた拍子により、一層剣はウォレスの喉に深々と入っていた。刃があったら血が吹き出ていただろう。


 ウォレスが天井を仰ぎ、放心したように言う。

「……参った」


 そう言われた途端、クロウの体から力が抜けウォレスの上に倒れこんだ。

 赤い絨毯の真ん中で、上半身裸の老人と下着姿の女が体を寄せ合い寝そべっていた。


「やれやれ、とんだの終わりだな」

 クロウは情事の後のように、ウォレスの胸の上に頭を落とした。


「……完敗ですな」

 止めにジョークまで言われてしまい、老人は苦笑せざるを得なかった。

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