境界線を染める藍色。
色彩フラグメント『藍染』
──異形の存在は、光と共には生きられぬ。
祖母の厳格な教えを胸に秘める烏兎には、人里への好奇心よりも長年染み込んだ習性が未だ
彼らの居場所は、そんなふうに闇の中にだけ在った。天狗の
しかし烏兎は、ただほんの少しだけ──東雲が朝月を呑み込む不動の摂理に、小さな胸の奥がちくりと痛むような感傷を覚えていた。月痕を慈しむようでありながらも、一切の懇願を認めない青空の無慈悲に、光に疎まれながら生きている自分たちの姿を、無意識の内に重ね合わせていたのだろう。
異形とは、
それでも強く生きて欲しいと与えられた名の意味を、烏兎は知る由もない。
『烏兎』とは、歳月を示す名でありながら、それと同時に月と太陽を示す名だ。
天狗の仔として生まれ落ちた稚児には、切実なる願いを宿したあたたかな名が与えられた。確かな祝福の中で、烏兎は穏やかな心のままに育った。
しかし異形の存在が真に恐れるべきは、陽の光などではない。
その光の下を好んで生活する、人間と云う名の大猿だ。
烏兎の父と母は、その身を
人里遠く離れた
「憎いか」と問う祖母に、烏兎は何も答えられなかった。その一因として、烏兎がまだ憎しみの感情を理解出来ないほどに幼かったことも挙げられる。呆気なく失われた両親の存在──その事実が残された仔の将来において、どれだけの損失を
「ねぇ、その羽根、ほんもの?」
空に放たれた丸っこい声に驚きながら地上へ目を向けると、
「ほんものに決まってる。林檎飴みたいなお前の目こそ、ほんものか?」
烏兎はもちろん食したことなど無かったが、祭り囃子の聞こえる夜に、不思議な光沢を放つその物体を人間の子供が持ち歩いているのを目にしたことがあった。祖母に林檎飴を
「ほんものに決まってるでしょ。この目の色のせいで、
緋奈は二つの林檎飴を輝かせながら、少しだけ膨れた様子で烏兎に返した。烏兎はその詳細を尋ねてみたいという衝動に駆られたが、祖母が眉を
「何だか知らないけど、またな。その目ん玉、今度よく見せてくれよ。あいにく、会えるとしたら藍色の空の下だけどな」
金烏玉兎──太陽の中の烏と、月の中の兎のように。
一羽と一羽が、相容れずとも互いを巡り合うように想い合うのは、これよりもう少し遠い日の話である。
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