九十八 亀裂の夜

 シニャの指先に灯した小さな火が、朽ちかけた石室の中を照らしている。

 石室は狭い。エルムント・ボルタレルと、シニャの二人がいるだけで精一杯だ。

 中には台座が一個だけ設置されていて、そこには一本の巻物が置かれていた。それらは長い時間を感じさせるほど色があせている。

 ここは聖カルムル教会の地下室。

「ついに……ついにこの時が来たのですね」

 シニャは体が震えるほど感極まっていた。

「ええ」

 言葉少なく頷いたエルムントも、目の前の巻物から目が離せない。

 題名を確認する。間違いなく、教典の原典だ。

 可能な限り情報を収集し、策謀を尽くし、慎重に慎重を重ねてついに潜入することに成功したのである。他の五人は、それぞれの役目を果たすためにここにはいない。エルムントとシニャは、最も重要な役割を任されたというわけだ。

 エルムントは、修道服の袖口に忍ばせておいた巻物を取り出した。それは原典と同じく、色あせていて、年代物を思わせる。

 しかしそれは、彼ら原典派の一人のつてを使い、精巧な贋作を作ること事で有名な男に作らせたものであった。あせた色も、紙質も、とても現代の代物とは思えないほどの年月を感じさせる。

 そうしてエルムントは、原典と贋作の巻物を入れ替えたのである。

 薄暗いせいもあって、一見しただけでは贋作か本物か分からないほど、エルムントが置いた巻物はその場に馴染んでいた。

「中身を改めるのはあとでじっくりと行います。今はここから抜け出すのが先です」

 と、エルムントは言った。

「はい」

 緊張を感じながら、シニャは頷く。

 徹底した事前調査のおかげで、エルムントとシニャは無事に教会から出れた。

 向かった先には馬車がある。二人が乗り込むと、御者を務める原典派の一人が獣を走らせた。

 巧みに木々を避けながらも、その速度は驚くほど早い。獣の速さだけでなく、御者自身の卓越した技量によるものであろう。

「首尾は?」

 獣に鞭を振るいながら御者が聞いた。

「無事に入手いたしましたよ」と、エルムントは答える。「予定通りこのまま私の家に向かって下さい」

「了解」

 そうして夜が明ける頃に、エルムントの家に到着した。

 早速いつもの地下室に入る。御者は疲れたと言って、原典を一目見るなり自分の家に帰って行った。今いるのはシニャとエルムントだけである。

「シニャ様もお疲れでしょう。今日はもう帰って休んでください。明日のことは気にしなくても大丈夫です。私の急な仕事を手伝ってくれたことにして、休みにしておきますから」

「お気遣いありがとうございます。ですが、エルムント様はこれから原典をお読みになられるのですよね?」

「……シニャ様にはお見通しですか。さすがですね。けれど心配はご無用です。どうにも目が冴えてしまってですね、眠れそうにないのですよ」

「目が冴えているのは私も同じです。それに教会が禁じている原典を一人で読むことで、その罪を一人で被るつもりなのでしょう?」

「さて、何のことでしょうか。原典の内容についてでしたら、明日またお教えしますよ」

「それでは駄目なんです。私にも、読ませて欲しいんです」

「教会にばれれば極刑は免れまんよ」

「元よりその覚悟です。私は、何も知らないうちに全てが終わってしまうことがもう嫌なんです。それに私自身が向き合わなければ、彼女達に顔向けが出来ません」

「言っても聞きませんか」

「でなければここにはいませんよ、エルムント様」

「それもそうですね」

 エルムントは巻物を机上に広げた。

 早まる動悸を押さえつけながら、シニャは読み始めたのであった。


 夕刻。

 太陽の光で帝都が赤く染まる中、シニャは大聖堂にある自分の部屋の中に入った。

 白いベッドの上に、細く小さな体を力なく横たわらせる。

 今は何も考えたくなかった。

 そうして、ぼうとしていると強烈な眠気が襲いかかってきた。疲れも酷い。

 思えば、昨日から寝ていないのだ。疲労が溜まっていて当然である。むしろ今の今までよく体がもったもの。

 やらなくてはならないことや、考えなければならないことは、一つの山ができるほど膨大にある。

 けれど今は、深い眠気の中にその身を埋没させる。

 まぶたはとろりと重くなり、意識は深いところに落ちていく。そうしてシニャは、眠りについた。




 闇を切り裂くような細い弓の形をした月が、一つだけ浮かんでいる。

 グリアノスたちは未だ帝都にいた。

 ミータ亭の一席にて、酒を酌み交わしている。

「……なあ、戦争は終わったんだよな?」

 赤らめた顔で、カースがぼやく。彼はすでに度の強い酒を何杯も飲んでいる。こんなに酔っている彼を見るのは、村を出発する前日に開催された宴以来だった。

「ああ」

 グリアノスが答えると、カースは不機嫌な口調で言う。

「だったらなぜ、俺たちはまだ帝都にいるんだ」

「仕方ないだろう。契約した期間はここにいなければならないんだからな」

 ルグストは面倒そうに言った。

「分かっているんだよ、そんなことはよお。けどさあ、俺たちはあいつを、一刻でも早くグリ村で弔ってやらなければならないんじゃないか。そうだろ?」

「そうだな。だがどうしようもない。契約を破れば、俺たちだけの責任で終わらない。グリ村にも迷惑をかけることになる」

「けどよお」

「ここで待機していれば、それだけでも給金が入る。その分、村も潤う」

 ルグストは一見平静に見える。けれど先ほどから貧乏ゆすりを繰り返していることにグリアノスは気づいていた。

 そんな折、扉が開いて誰かが宿に入ってきた。グラマラスな女性である。

 彼らと店主はあからさまに驚く。それは寂れた宿に女性が入ってきたことに対する驚きではなかった。彼女が、今は亡きオルメル・ノスト・アスセラス三世や、グルンガル・ドルガと共に、かつて帝国を襲った魔人を倒した英雄、カナルヤ・レイであったからだ。

 カナルヤは一同の注目を浴びながらかつかつと歩き、グリアノスたちのテーブルの前で立ち止まった。

「あなたたちね、グリ村から来たって言う狩人たちは」

「そう、ですが」酔っ払っていて役に立ちそうにないカースに代わって、ルグルトが答える。「カナルヤ様ですよね? どうしてここに」

「あなた達に用事があるのよ」

「それは……?」

「村に一時的に帰りたいと頼んだけれど、突っぱねられたと聞いたわ。それは本当?」

「はい」

「任期が切れれば帰れると思っているかもしれないけれど、残念ながらそれは無理よ」

「……それは……どうしてですか?」

「あなたたちは功績を上げすぎた。帝国はあなたたちを手放す気はないのよ。まあ、もっとも一時的には帰れるかもしれないけど、元の生活には絶対に戻れないでしょうね」

「それが本当なら、厄介ですね。……せめて彼だけでも、兵士を辞めさせられないでしょうか。彼には妻子がいるんです」

 と、ルグストはグリアノスを指し示した。しかしカナルヤは首を横に振る。

「それも無理ね。帝都に住まわせて、安易に逃げ出されないようになるのがオチよ」

 確かに、とルグストは内心で納得している。帝国の力ならそれぐらい簡単だろう。なんなら貴族の位を強制的に授けて、がんじがらめにすることも可能である。

 どうやら逃げ場はないようだ。しかしそれならカナルヤはなぜここに来たのか。

「なるほど。それはあり得る話です。……しかし分かりません。そんな話をするために、カナルヤ様は俺たちに会いに来たわけではないのでしょう? 本題はなんなのですか?」

 にぃ、とカナルヤは笑い、それから店主を一瞥する。

「詳しいことはあなたたちが泊まっている部屋で話しましょう。店主さん、この店で一番高いお酒と、何か摘まめるものをいくつか彼の部屋に運んでくださらない?」

「は、はい! 分かりました!

「私の奢りよ」

 と、カナルヤは言った。


 ルグストが宿泊している部屋に入る。

 店から借りてきた丸く小さなテーブルをグリアノスが設置すると、階下から持ち寄った椅子にそれぞれが腰掛けた。ちなみにカースは隣の部屋で寝ている。

「それにしても驚いたわ。あなたたちには給金に加えて、結構な報奨金も貰えたはずよ。それが帝都でも指折りの安宿とは思わなかった」

「当然です。俺たちは村の支援でここまで来ることができました。俺たちが儲けられた分は、村に還元するのが当たり前です」

「そんなの黙っていれば分からないわよ」

「そういうわけにはいきません」

「……真面目ねえ」

「村が、潤えば、俺たち、の、生活も、潤う。俺たち、は、そう、やって、支え、合って、生きて、きた」

 今まで何も言わなかったグリアノスが発言して、カナルヤはじっと彼を見る。

 帝都に来てからグリアノスの独特なぶつ切りの口調に驚く者は多い。中には馬鹿にする者もまた多くいる。それに怒ったカースたちが喧嘩を始めることもよくあることだった。だからグリアノスは人前ではあまり喋らない。

 ルグストは身構えた。カナルヤがどういう反応を起こすのか、それを見極めようとしていた。グリアノスの真意は分からないが、恐らく彼女の人間性を試しているのかもしれない。

「……なるほどねえ。村ではそうやって共存共栄しているのね」

 カナルヤはごく普通に言った。何も気にする素振りを見せない。

「そう、だ。俺は、狩り、しか、できない。肉を、村に、提供する、代わり、に、作物や、他の物を、融通して、もらって、いる。人は、一人では、生きられない」

 グリアノスも何食わぬ顔で会話する。馬鹿にされるかもしれないなどとは、微塵にも思っていなかったようである。ルグストは拍子抜けした。身構えた俺が馬鹿みたいじゃないかと思った。

「村では物々交換で成り立っているとはよく聞くけれど、つまり自分たちの物は村全体の物で、村人たちはお互いに足りないものを協力し合っているのね。私にもまだまだ知らないことが多いのね、勉強になったわ」

「俺、も、帝都に、来てから、勉強に、なる、ことが、多い」

 コンコン、と扉がノックされた。カナルヤが促すと、扉が開いて店主が入ってきた。店主が持っている盆には、未開封の酒瓶と木製のコップが人数分、それとおつまみが入っている小皿が数種類乗っている。

 店主は丸いテーブルの上にそれらを並べると、一礼して部屋から出た。

 早速カナルヤは瓶を開けると、コップに酒を注いでいく。透明感のある青緑色の液体が並々と入る。

 三人は何も言わずにコップを手に取った。

「まずは、この出会いを祝って」

 カナルヤの音頭に合わせて乾杯する。かつん、と澄んだ高音が鳴り響き、三人は酒を飲んだ。

「……それで、一体どういう用件なのですか?」

 ルグストが口火を切った。口の中の酒をこくりと飲み干したカナルヤは、悪戯が成功した子供みたいに笑う。

「あら、せっかちな殿方ねえ。もてないわよ? このお酒なかなか美味しいんだから、もっと楽しみましょう?」と言って、つまみの一つである白い豆を口に放り込んで咀嚼した。「ん。味がよく染み込んでいて、なかなか美味しいわね、これ」

「茶化さないでください」

「……仕方ないわねえ」

 嘆息したカナルヤは、次の瞬間真剣な表情に変わった。

 それはまるで研ぎ澄まされた刃に似ていて、ルグストは思わずぞっとなった。

「ずばり言えば、私は戦争をなくしたいと思っているの」

「戦争を? しかしそれは」

「もちろん、完全になくすことは不可能よ。それは私でも分かっている。前の戦争の時に結んだ条約で押さえつけているけれど、当時苦汁を飲まされた周辺諸国は隙あらば帝国の領地を奪い返したいと思っている。けれどオルメルが死んだ今、条約の実行力は疑わしい。所詮は紙切れ一枚で交わした約束事よね。その気になればいつでも破れるのよ。それに今の帝国は舐められていると思うの」

「……女帝ですか」

「そう。女が頂点になっている国など、怖くない。そう思われているでしょうね。そのおかげで彼らがこれからどう動くか分からなくなっているわ。もちろん反乱軍をあっさりと討伐したことで、多少の脅威は伝わっていると思うけれど。でも、北を守っていたギョールガが死んだことで、カルメル共和国の動きが活発になっているという噂もある。守りが手薄になっている今がチャンスだ、とね」

 喉を潤すために、カナルヤは再び酒に口をつける。コップの中は空になった。グリアノスが酌をする。

「ありがとう」と礼を言ったカナルヤは、続きを話し始めた。「懸念はまだある。マ国よ。あの国がこれからどうなるか、情報が足りなさすぎてまるで予測がつかない。大方の見方はまたすぐに攻めてくるだろうというものだけれど、さすがにそれは魔人に対する元々の印象のせいだわ。信憑性にかける」

「しかし、あの魔人ですよ。そう考えるのが普通ではないでしょうか」

「普通はね。でも実際に戦ってみて、あなたはどう感じた? 正直に話して欲しい」

「魔人は、魔人です。凶悪で、邪悪で、ゲスです。それ以上に一体何を感じればよいのですか?」

 ルグストは憎悪を露わにした。

「あなたも、いえ、あなたたちもあの魔人の被害を受けたのね」

 カナルヤは二人を見た。グリアノスとルグストは肯く。

「……私は、普通だと感じたわ。確かに姿形、能力は人間とは違う。けれど仲間同士で庇い合い、連携を取り、仲間の死に涙する。魔人は人間と似ているのよ」

「カナルヤ様、あなたは数年前の魔人と戦ったのですよね。だったら分かるはずです。俺たちの村もあの魔人に多く殺されました。俺の家族も、グリアノスの家族も。グリアノスの喋り方がああなのも、全て魔人によるものです。残虐で非道。あれが人間にできる所業には思えません」

「……あの魔人も最期に吐露してくれたわ。あの魔人はドグラガ大陸に侵入した人間に仲間や家族を殺されているのよ。その復讐のために、魔人はヒカ大陸を襲った。……あの時は、たまたまその場に私しかいなかったから、オルメルもグルンガルも聞いていなかったの。おかげで、オルメルは魔人に復讐心を燃やすしかなかった。私が止めても止まらないぐらいに。……そうね、ちょうどあなたのような怒りに燃えた目をしてたわ」

 オルメルの妻と息子が魔人に殺された話はあまりにも有名で、グリ村にも伝わっていた。オルメルが民に支持された理由の一つも正にここにあった。邪悪な魔人を許すな。オルメルが民に向かって放ったその言葉は、胸に響いた。あの残酷な非道を行った魔人に対して、オルメルなら戦える。民は高揚した。ルグストも例外ではなかった。

「だからあの魔人がしたことを許してやれと? そう言いたいのですか、カナルヤ様。あなたが何を言おうとも、あの魔人が酷い目にあってきたといっても、俺の家族は絶対に戻らないんです」

「……そうね。確かにあの魔人が行った行為は、決して許されるべきじゃない。だから私たちは、あの魔人を殺した。そのことに後悔はない。だけど、あなたの家族を奪ったのは、あの魔人よ。戦争に参加した魔人たちではないのよ」

「……分かっていますよ、そんなことは。でも、この怒りは、この憎しみは、一体どうしろと言うのですか?」

 ルグストは怒りに任せて酒を一気に飲み干し、が、と音を立ててコップを机に置いた。その反面、カナルヤはあくまで涼やかだ。

「受け入れるしかないわね」

「……受け入れろ、だって。……これを、こんな、苦しい思いを、どうしようもないこの気持ちを、受け入れろ、と……。無理ですよ……そんなの」

 愕然としたルグストのことを、カナルヤは悲しげに眼を細めて見つめた。それからグリアノスの方へと向き直った。

「あなたは、どう感じたの?」

「……俺、は」グリアノスは一瞬ルグストを見て、答える。「俺、も、人間と、あまり、変わらない、と感じた」

「なぜだ、グリアノス!」淀んだ目をしたルグストは、目線を下に向けたまま声を荒げる。「なぜだ? お前も、両親を亡くしたじゃないか!? その上、思うように喋れなくなった! なのになぜ?」

「カナルヤ、様が、言った、通り、グリ村を、襲った、魔人は、一人、だけ」

「……お前」

「志願兵に、なった、のは、ツーメルと、ツーグ、それから、村を、守る、ためだ」

 言い切ってから、グリアノスは少量の酒を口に含んだ。味合うように、ゆっくりと飲み込む。

 言葉なくうなだれるルグスト。何も言えない。何も言葉が浮かばない。それがなぜなのか分からない。ニーゼ教の教えでは、魔人が邪悪だと教えられたのに。正しいのは自分のはずなのに。

「カナルヤ、様」グリアノスはカナルヤに向かう。「それで、本題は、何なの、ですか?」

「私の最終目的は、マ国と帝国の間で同盟を結び、少なくとも、この二カ国間での戦争を行わないようにすることよ」

 グリアノスも、ルグストも、驚きで目を見開いた。

 カナルヤは間を置いてから続ける。

「あなたたちには、私に協力をして欲しいの」

「……可能、だと、思うの、ですか?」

「分からないわ」とカナルヤは正直に言う。「無理かもしれない。だけど、やる価値はあるの。それに、メメルカに上申するための目処もある」

「目、処?」

「まだ詳しくは言えないけれど、さる筋の情報によれば、人々のこれまでの価値観を根底から覆すような調査がなされているのよ」

「……それは、先ほど、の、魔人の、話と、関係が、ありま、すか?」

「ある。と、言っておくわ」

「馬鹿げている!!」

 バン! とルグストが唐突に机を叩いて立ち上がった。

「どうかしている! 魔人と同盟? これまでの価値観? マ国との戦争をなくす? そんなことができるわけがない! そうだろうグリアノス! お前もそう思うだろう!?」

「すま、ない。俺は、この話に、乗り、たい」

「……なっ!? わ、分かっているのか? 相手は邪悪な魔人だぞ。奴らが、帝国と同盟を結べるわけがない!」

「すま、ない」

 ルグストは、怒りで震えた。グリアノスのことは、小さな頃から知っている仲だ。性格も、趣向も、何もかも知っているつもりだった。しかし今は、得体の知れない誰かに見えた。

 扉が開く音がした。カースだった。酒はまだ抜け切っていないらしく、赤らめた顔のままだだ。けれど、その目はとても真剣な色が差している。

「……隣にも声が聞こえてきたよ。カナルヤ様、俺にもその話、乗らせてください」

 と、カースは言った。

 ルグストは驚きを隠せない。

「お前もか!」

「すまないな。だが、聞いてくれ。俺はもう、戦争はこりごりなんだ。仲間が、家族が、死ぬのはもう見たくない。少しでも可能性があるのなら、俺はその可能性に賭ける」

「そんな話、聞きたくない! どけ! カース!」

 凄まじい剣幕でルグストは叫んだ。カースが身を横にずらすのを見るや否や、姉の形見でもある弓を引っ掴んで部屋から飛び出した。

 勢いよく階段を降りていく音が聞こえる。ルグストは宿からも出て行ったようだった。

「……ごめんなさい、二人とも。こんな結果になるなんて、思わなかった」

 カナルヤは落ち込んだ顔で謝罪した。

「仕方、が、あり、ません」

「あれが普通の反応ですよ。俺たちは、まあ、少し変わっているんですよ。だから気にしないでください」

「本当に、ごめんなさい。それから、話を受けてくれてありがとう」

「なあに、あいつも冷静になればきっと分かってくれますよ、それよりも、俺たちはどう協力すればいいんですか?」

 深夜に及ぶほど彼らは話し込んだ。


 ルグストは結局、翌日になっても、翌々日になっても戻ってこなかった。

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