七十六 今度こそ

 マ王ツァルケェルの元に、カラスのように黒い翼とクチバシがある魔人が空から降り立った。

「報告します!」カラスの魔人は、焦った様子で言う。「ツムラミカを発見しました! 只今、ケープたちと交戦しています!」

 その報告に、その場にいた配下たちはどよめいた。

 ズンガの仇だ。ようやく現れた。これで仇が討てる。ケープなら確実に討てる。できれば俺が討ちたかった。

 だがツァルケェルだけは、黙している。

「……マ王様?」

 セールナは心配そうに声をかけると、ツァルケェルは頭を振った。

「……何でもない。帝王の所在は掴めたか?」

「はっ」鴉の魔人はすぐさま答える。「中央にて陣を構えております」

「そうか、報告ご苦労。引き続き監視を頼む」

「了解しました」

 鴉の魔人は、そう言うと黒い翼をはためかせて飛び立った。


 


 ウルガの猛攻は止まらない。速度も威力も衰えを知らない。

 反面、カースはさすがに疲労していた。呼吸は荒くなっていて、槍の一撃は明らかに弱くなっている。俊敏さも落ちていた。

 それでも彼はかわし続けている。ウルガの攻撃が技も何もない本能任せで、単純だった事が幸いしていた。それに長時間相手していただけあって、ウルガの動きに対する読みが、より正確性を増していた。それはカースの尋常ならざる集中力と執念が為せる技でもあった。

 前陣を帝王から預かっているケイザル・トラガは、カースたちグリ村の兵たちが予想よりも善戦している様子を遠くから見聞している。まさかここまで粘れるとは思っても見なかったが、しかしウルガもまた予想に反して少しも疲弊していない。このまま彼らが破れては、最小限の犠牲で狼の魔人を討ち取れなくなる。だからケイザルとしては、カースたちが早々に破れる事を願ってはいない。

 ここは何か手を打つ必要があるだろうか。顎に手を当てて思案しながら観察をする。いたずらに兵を繰り出しても死者を増やすだけで効果は薄い。こちらが不利になるだけだ。大量の兵を繰り出せばあるいは可能性があるかもしれないが、そうなれば他が薄くなるというリスクを背負う。やはり理想はグリ村の連中のみで奴を仕留める事。少なくとも彼らは諦めていない。何しろここからは姿が見えないグリアノスがまだ行動を起こしていないのだ。

 ケイザルは決断する。少なくとも今はまだこちらが動く時ではない。その時が来るならば、それはグリアノスが仕掛けた時に判断するべきことだろう。無論、その時にはすでに遅い可能性が高いものの、それでも今一番確率が高いのはグリ村の連中に違いない。ここは賭けるべき時だ。

 ルグストは矢を放ち続けている。すでに彼は射殺すを事を主眼に置いていない。少しでも隙を作れるように、カースの攻撃に合わせて相手が嫌がりそうな箇所を狙う。大半は避けられるが、数割は当たる。どれも急所ではないため大した痛手にならないが、それでも積み重ねれば相手の動きを阻害できる。

 普通は、だが。

「……化け物め」

 ルグストは憎々しく独り言を吐き捨てた。獣の魔人は確実に血を流している。なのにウルガの動きは鋭いままだ。このままではカースがもたない。グリアノスはまだか。

 ケルトもまた疲弊の色が濃い。走り続けているのだから当然だ。しかしここまで走れる持久力は尋常ではない。それでもウルガに敵わない事実には、魔人がいかに規格外か見せつけられる思いだった。

 今はどうにか均衡を保ってはいる。だが綱渡りのように危ういバランスの上で成り立っているに過ぎない。このまま行けば、グリ村の彼らが崩落の一途を辿るのは明白だった。

 そんな時である。カースの動きに変化が現れた。時折牽制のために槍で攻撃を行っていたのが、今はしなくなったのである。

 その事には無論ウルガも気付いている。いよいよ疲労が限界に達したか。こうなれば後は崩れるだけだ。けれど疑問点がある。カースの目はまるで諦めていない。

 なるほど、とウルガは思う。こいつは紛れもなく強者だ。恐らく最期の一瞬間まで彼は勝機を探すだろう。魔人でもここまでの者はそうはいない。

 しかしながらこの考察は、半分は当たりでもう半分は外れだった。カースは確かに最期まで諦めないに違いない。疲れが溜まっているのも事実だ。しかし決して限界に達したわけではなかった。

 ウルガの爪をカースは後退してかわす。そうして彼は、ある仕掛けを発動させた。

 十数個もの炎の球体が、唐突に辺り一帯に出現したのである。それは完全にウルガの周囲を取り囲んでいた。

 カースはウルガの攻撃を回避しながら、魔力を操作してこの魔法を仕込んでいたのだ。牽制できなかったのは、ひとえにこの仕掛けに集中していたからに他ならない。

 思わずぎょっとしたウルガは、追撃しようとしたその足を止める。

「くらえ」

 カースは笑んだ。同時に炎の球体が一斉にウルガに襲いかかる。ごう、と魔人の体が一挙に燃え盛った。

「ぐおおおおお!」

 雄叫びが上がった。

 獣は一般的に炎が苦手だ。ウルガは狼の魔人。だからと言って同じように炎が苦手とは思えないが、それでもこの魔人の全身は体毛で覆われている。それなら人間よりも火に弱いのではないか、という単純な思考でカースは魔法攻撃を行ったのだ。

 しかし次の瞬間、ウルガは驚くべき行動に出た。凄まじき速度で、自ら回転し始めたのである。それによって生じた風圧によって、炎は呆気なく消し飛んでしまう。

 まさかこのような方法で火を防ぐとは。カースは驚きながらも、あまり効かなかったことには落胆しなかった。どうせ効果は薄いだろうと、あらかじめ予測していたからである。むしろ思ったよりも成果を上げているようだった。なにしろああやって防ぐということは、火に強いわけではないという紛れもない証拠だからだ。事実、ウルガの体は所々焼け焦げている。

 見ていたか、グリアノス。と、カースは内心で呟いた。あいつは確かに強い。だが、俺たちでも勝てる可能性はある。それはほんの少しだが、決して不可能ではない。

 ウルガは咆哮を上げながらカースに襲いかかった。さっきよりも速度が上がっている。

 それでも、カースは魔人の攻撃を捌き続ける。

 一番の問題はいかに隙を作るかだ。先ほどのように炎の玉で奇襲してももはや通じないだろう。

 さあ、どうする。カースは再び頭を悩ませた。




 左翼にて、シーカ・エトレセとゾルバは激しく剣を打ち合い続けている。

 ゾルバの速度に慣れてきた、とシーカは感じた。このまま堪えれば、きっと反撃の糸口が掴めるはずだ。そう考えた矢先だ。

 ゾルバの剣速が上がる。目で捉えきれない程の速さ。ほとんど勘だけでシーカは受け止める。

 まだこんな速さを持っていたとは。シーカは驚愕する。二、三、と剣で弾くと次に突きが頸動脈を狙ってきた。剣では追いつけない。シーカは上半身を逸らす。ゾルバの剣の切っ先は、シーカの首の皮に一筋の傷を残した。

 シーカは後ろに飛んで距離を開ける。

 つう、と赤い血が首筋から垂れた。危ないところだった、とシーカは掌で首の血を拭う。

 ゾルバは両腕の剣をだらりと下げて、ゆっくりと近寄って来ている。

 果たしてこの速度を捌き切れるだろうか。シーカは息を切らしながら喉を鳴らす。

 敬愛するグルンガル・ドルガの姿が脳裏に浮かんだ。彼の期待に応えるためにも、ここは勝つしかない。

 ゾルバが間合いに入るにははまだ少し時間がかかる。

 シーカは深く深呼吸をして、集中する。魔力を全身に行き渡らせ、さらに強化した。筋力を魔力で無理やり強くするこのやり方は、体への負担がかかる。使い過ぎれば筋肉が断裂してしまう恐れがあった。個人差はあるものの、普通はほどほどの所で止める。だがこの敵はそうも言っていられない。それに筋力だけでは物足りない。シーカはさらに、動体視力と反射神経を強化。その上、ゾルバの剣に対抗するため、シーカの剣には常時魔力を流し続けている。当然、体への負担は尋常ではない。魔力器官が作り出せる魔力量も限界であろう。

 魔力の操作を違えれば、あっという間に体が壊れてしまうのは間違いない。それでも、剣の魔人に勝つためには手段を選んではいられなかった。

 そして、ゾルバが互いの間合いに入る。

 瞬間、嵐の如き剣の応酬が起きた。

 目撃した魔人や人間たちは、一切の例外なく、まるで一度に幾十もの斬撃が放たれたように見えた。

 もちろん錯覚。すべては連続した一撃。だがその剣速はもはや、人間の限界を優に超えている。

 シーカは、そのような速度で剣を繰り出せている事に気付いていない。ただ必死にゾルバの剣に喰らいつく。

 極限の集中力、長年培って来た技術、限界まで振り絞り続ける魔力器官、微細な魔力操作、そして執念。それらが一つに結実する事で、ようやく手に入れた速度域だった。

 だが恐るべきはやはり魔人ゾルバ。彼の魔人としての魔法は剣と化した両腕のみ。決して身体を魔力で強化したわけではない。己の筋力と技術と集中力だけで、魔力で強化しているシーカと互角以上の速度なのである。

 その事実に気付いていないシーカではない。自分の技量よりも相手の方が遥かに上であることは百も承知。この技術、この速さを身に付けるために一体どれほどの修練を積んできたのだろうか。誰よりも努力し続けてきたと自負しているシーカであったが、認めるしかなかった。目の前の魔人は、自分の努力など霞むほど研鑽してきたのだと。

 気づけば、シーカは、憎むべき魔人に対して尊敬の念を抱いていた。魔人は皆が言うように邪悪なのだろう。彼女自身も、一人の魔人がこの国に対して行った虐殺に怒りや憎しみを感じている。魔人は存在してはいけないとも思う。けれどこの剣の魔人の努力だけは、認めざる得ない。

 シーカの骨が軋んでいる。筋肉が悲鳴を上げている。肺が苦しんでいる。魔力器官が絞られている。シーカの全身は苦痛に喘いでいた。

 それでもシーカは手を抜けない。一瞬でも気を抜けば瞬く間もなく両断される。帝国のために、グンガルのために、民のために、シーカは勝たなければならない。それらは本当のことだろう。けれど今や別の気持ちを持っている。今、この時間を、自分の間違いで終わらせたくなかった。いつまでも剣を交えたかった。

「ははははは!!!」

 笑い声が聞こえてきた。一合、一合の僅かな合間から聞こえるその声は、実に楽しそうだった。

 声の持ち主はゾルバだ。剣を打ち合うたびに相手の気持ちが伝わってくる。それは不思議な感覚だった。

 ああ、この魔人は、私の肉を斬りたいのだな。その異様な欲求が、混じり気なしに伝達されて、シーカはなぜか愉快な気持ちになった。

「あははははは!!!」

 ゾルバの笑い声にもう一つ声が重なった。それはシーカの笑い声だった。




 炎がウルガを覆った。カースの魔法である。これで視界を遮ることが出来たはずだ。

 カースはすかさず槍を突き出す。ルグストも合わせて矢を放つ。

 だが攻撃した先にウルガの姿はなかった。

 ウルガはカースの背後に回り込んでいた。そうして襲いかかる。そこにケルトが声を上げながら走り込んで剣を振るった。

 ウルガは簡単に避ける。しかしそれで十分だった。カースは距離をとって槍を構え直すことができたからである。

 槍と共に火の玉を放っても、火柱を上げて進路を限定しても、ウルガには尽く通用しない。

 カースは自分の魔法の腕が酷く凡庸なことを、この時初めて呪った。もしもっと魔力があれば、決定的な一撃を与えることができたろうに。

 打つ手が見当たらない。これでは奥の手を使うしかない。しかしこの手が通じなかったら、もはやどうしようもないだろう。それに出来れば使いたくなかった。

 ウルガが吠えながら爪で切り裂いてきた。かろうじて避けるも頬を掠める。熱い痛みが走った。

 ウルガの攻撃は止まらない。槍で逸らすも今度は額が裂けた。赤い血がでろりと流れ、鼻筋から口に伝わる。

 疲労の蓄積は、ついにカースの動きに決定的な影響を与えていた。その証拠に、一呼吸ごとに傷を負っていく。全身が自分の血で赤く染まる。致命的な傷を負うのも時間の問題だった。

 決断するなら、早い方が良い。

 ぼっ、と等身大の炎を沸き起こす。威力はない。すぐに炎は消える。だが一瞬ウルガは怯んだ。その隙にカースは距離を取る。

 対峙する二人。カースは口を開く。

「よお、犬っころ。お前ら魔人は案外大したことないよなあ」

「……その大したことのない魔人に、貴様は傷だらけだろうが」

「ああ、そうだとも。お前は強い。それは認める。だが、俺如きにここまで手間取っては先が思いやられるな。大体、俺よりも強い奴は大勢いる。お前は先の戦いでグルンガルに負けたんだろう? 俺にここで勝てたとしても、次にもう一度グルンガルと戦えば、お前は死ぬ。確実にな」

「……俺が死んでも、マ国が勝てればそれでいい」

「はっ」カースは嘲笑する。「まだ気付いていないのか、犬っころ。よおく、周りを見てみろよ。俺たちに手間取っているおかげで、魔人は劣勢じゃないか」

 ウルガは周囲を見回した。確かに、状況としては魔人側が押され気味である。

 カースは口元を歪ませて続ける。

「断言しても良い。お前たちは負ける。お前がどれだけ強かろうと、どれだけ活躍しようとも、魔人は負けるんだよ。お前たちの死は、無駄なんだよ。仲間の死は、無意味なんだよ。いたずらに死ににきたようなものだ。お前がこのザマなせいでな。全く、浮かばれないよな。無様だよな」

「……仲間の死が、ズンガの死が……意味がないだと。無意味だと」

 ウルガが震えている。爆発しそうな何かを堪えている様子だった。

 あと一押しだ、とカースは感じた。

「そのズンガとか言う敗者も浮かばれんだろうな。自分の死が、戦いが、全く価値のないものなんだからな。そうそう、お似合いの言葉があった。こういうのをな、犬死っていうんだよ。面白いだろ? 犬っころ」

「がああああああっ!」

 ウルガは吠えた。体毛が逆立っている。眼が血走っている。

「お前が、ズンガたちの死を愚弄するな!」

 凄まじい怒りが爆発した。ウルガは一直線に駆け出す。

 カースは身構えた。だが、焦っている様子は少しもない。

 大きく腕を振りかぶるウルガ。

 仲間の死を貶されて怒る。魔人も案外と人間と同じなのかもしれないと、ふとカースは思った。


 カースは死ぬ気だ!

 周囲を駆けながらカースとウルガの会話を聞いていたケルトは、そう直感する。カースは通常、戦う相手をああまで挑発することはない。それが今回相手を怒らせたのは、自分の命と引き換えに決定的な隙を強引に作らせるためなのは間違いない。

 ケルトは魔力で脚力を限界まで強化して、全力で走り出した。

 見ればウルガは怒りだし、カースに向かう所である。時間はない。

 さらなる魔力を足に注ぎ込む。過剰な魔力を注ぎ込まれた筋肉が悲鳴を上げている。今にも千切れそうなほど痛む。だがほんの少し持てば良い。

 しかしそれでも間に合うか分からない。ウルガはあっという間にカースとの距離を詰めてしまっている。

 また大切な人を助けることができないのか。自分の足はあの時よりもはるかに速くなっているのに間に合わないのか。

「カアアアアアス!」

 叫んだ。

 腕を振りかぶるウルガ。

 歯を食いしばる。

 後ろから、あの時の少女が背中を押してくれた気がした。それだけで力を貰えた。

 限界以上の力で地面を蹴飛ばす。筋肉が千切れる感触がした。

 今度こそ! 間に合え!

 伸ばした手は、カースを捕らえた。勢いのまま押してやる。

 呆気に捕らえた表情で、カースはケルトを見た。

 そして、衝撃が来た。不思議と痛みはない。

「ケルトオオオオ!」

 カースの叫び声が轟く。

 間に合ったと知り安堵したケルトは、ごぼ、と多量の血を吐き出した。彼の胴体には、ウルガの太い腕が突き刺さり、反対側から鋭い爪が突き出している。

「……お前は、生きろ」

 ケルトは力なく呟いた。


 なぜ、こんな事に。本当なら、俺が串刺しになっていなければならなかったのに。

 そう思いながら、カースはウルガに向けて槍を突き出す。

 分かっているのは、ウルガを討つのは今この時しかないと言うことだった。


 ルグストもまた、力一杯弓を引き絞った。

 姉さん、とルグストは心の中で願う。力を貸してくれ、と必死の形相で乞うた。

 矢を放った。


「このっ、離せ」

 ウルガは血相を変えて腕を引き抜こうとしている。

 だがケルトは、両手でウルガの腕をがっしりと握って抵抗していた。足に流していた魔力は、両手に注いで強化している。

 足の筋肉はすでにずたずたで、所々皮膚ごと裂けて血が吹き出していた。

「……お前には、俺と一緒に逝ってもらうぜ。何、心配するな。カースに対する文句なら、向こうでしっかりと聞いてやるからよ」

 へへ、と満足げにケルトは笑う。

 ウルガは死にかけの人間から腕を引き抜けない。なぜ、この男にここまでの力が残しているのか理解に苦しむ。

 だがここで止まるわけはいかない。槍と矢が、迫っている事に気付いていたからだ。

 こうなっては、この男ごと動くしかない。ウルガは地面を蹴って後ろへと飛んだ。それと同時に矢が通過し、突き出された槍が空を切った。

 間一髪だ。そう胸を撫で下ろす。

「……最後に……一つだけ……教えてやる」

 だが、今にも事切れそうな声が聞こえてくきた。

「何?」

「……俺たちは……三人だけじゃない。……もう、一人、いる」

 どう言う意味だ。言葉の意味を考える時にはすでに遅かった。

 どつ、と矢がウルガのこめかみを穿った。

 混乱しながら横を見る。

 ちょうどそいつは、ぬ、と出てきた。そいつは両目からとめどなく涙を流している。村一番の狩人、グリアノスである。手には短弓を持っている。

 奴が、やったのか。ようやくウルガは理解したのだった。


「……こ、この卑怯者共め」

 ぜえぜえ荒く息を吐きながら、ウルガは憎しみがこもった声を発した。

「……これは、戦争だ」

 呟いたのはカースだった。目から途切れることのない涙が落ちていた。

 槍を握り直してウルガに迫る。

 グリアノスも、剣を鞘から引き抜いて近づく。

 遠くの方ではルグストが弓矢で狙っている。

 周囲にいる魔人たちは、帝国兵が引き止めてくれていた。

「とど、め、だ」

 グリアノスは、涙を散らして剣を振った。同時にカースも槍を突き出し、ルグストは矢を射る。

 剣は首を切断し、槍は心臓を貫き、矢は脇腹に突き立った。

 ウルガはぴくぴくと痙攣しながら腕を上げた。だがこの恐るべき魔人は、これ以上動くことはなかった。

 ついに仕留めたのである。

 だが全員の注目は、すでにウルガになかった。物言わぬケルトを見つめていた。

 ふらふらとした足取りでカースが近寄った。

 グリアノスは、泣きながら周囲を警戒している。

「……俺のせいで……ケルトが……」

 カースは、酷く青ざめた表情で呟いた。足から力が抜けて、膝から崩れ落ちた。大声で、泣いた。

 ケルトは、後悔など何一つないかのような笑みを浮かべて、絶命していた。

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