七十 どちらが正義かなんて、どうでも良い

グラウ城内にある練兵場で、勇ましいかけ声が響いている。

 グルンガル・ドルガの騎士隊と、津村実花達の遊撃部隊による合同修練だ。

 実花、キルベル、ゴーガが突撃隊と魔法防御部隊の面々に混じって木剣を打ち合い、またカナルヤ・レイが、レゾッテと魔法砲撃部隊に魔法を教えていた。

「そこまで!」

 と、グルンガルは号令を出した。

 息を荒く吐きながら、全員がグルンガルの元へ集まる。

 グルンガルは皆が集合しているのを見回して確認した。

「これより西と東に分かれて集団戦を行なう!」

 以前ならば、実花は集団戦の訓練を行なう事は無かった。けれど今は、大きな戦闘に参戦する事が決定しているため、実花も参加する事になったのである。

 実花、ゴーガが西軍、キルベル、レゾッテが東軍に分かれた。この組み合わせは毎日変わるものの、遊撃部隊は必ず二手に分かれるようになっている。

 また、西軍は魔法防御部隊隊長のベーガ・アージスが、東軍は突撃隊のシーカ・エトレセがそれぞれ指揮を執る。ベーガは守りが得意であり、シーカは攻めるのが得意だ。だからいつもシーカ側が攻め手で、ベーガが守る立場になっていた。

 とは言え、自分の得意分野だけ伸ばすのはよろしくない。戦場では、いつでも自分たちの得意な事で勝負できるとは限らないからだ。

 最も、今は遊撃部隊、特に実花の習熟が優先されている。そのため暫くはいつも通りの役割分担になるが、グルンガルはいずれ攻守を逆転させることを考えていた。

「ねえ、どうして私は参加させてくれないの?」

 グルンガルの傍らに立ったカナルヤは、ふてくされた顔で尋ねた。

「お前が参加したら訓練にならないからだ」

 にべもなくグルンガルは答える。

 そうして、模擬戦は始まった。




 グリアノス達は昨日と同じ練兵場にいる。

 そこにはすでに多くの志願兵達が集まっていた。誰もが今日行われる試験に対して意欲を燃やしている。特に前日に行なわれた個人戦で大した結果を残せなかった者達は、今度こそという強い想いがあった。

「傾注せよ!」

 ケイザル・トラガが大声を出して、自身に注目させる。

 二日目の試験が始まるのだ。

「四組に別れ集団戦闘をしてもらう。これは実際の戦争を模したものである。それぞれ赤軍、青軍、白軍、黒軍として、トーナメント方式でそれぞれ二回戦ってもらう。

 なお、チーム分けはこちらで決めさせて貰った。これより一人一人名前と所属を呼ぶ。呼ばれた者は所定の場所で待機していろ」

 ケイザルの助手を務める兵士が、一人一人名前を読み上げる。

 幸いな事に、グリアノス達は全員赤軍に決まった。お互いに顔を見合わせて、にやりと笑う。

 赤軍が集まっている場所に行くと、落胆する声と喜ぶ声が同時に上がった。何しろ前日の個人戦で呆気なく負けた二人と、圧倒的な勝利を収めた二人が現れたのだから無理も無い。

 やがて全ての志願兵が名前を呼ばれると、次に作戦会議の時間が設けられた。ただ時間があまりないため、誰を大将とするか、配置をどうするかで手一杯だ。

 グリアノス達赤軍は、話し合いの結果カースに任命された。ルグストが最後まで反対していたが、昨日の戦いぶりが決め手となったのである。だがグリアノス達に取っては都合のいい隊長だ。何しろグリアノスとルグストの能力は、個人戦では真価を発揮する事ができないのだから。二人の実力を十全に理解しているカースならば、彼らをうまく使える事だろう。それもあって、結局ルグストはしぶしぶ賛成にまわった。

 そうして、作戦会議は終わった。具体的な作戦に踏み込む事は出来なかったから、戦闘方針はカースに一任された。

 第一戦は、赤軍と青軍。他の二組は待機である。

 事前の打ち合わせ通り、それぞれが配置に着く。赤軍は方形に陣取った。カースに軍事的な知識があまり無かったのが実際の所だ。それにどちらにしろ、陣形の訓練をこなしていないから、凝った事をするのはリスクが高いという点もある。相手の青軍も同様に考えたのか、同じく方形だ。

 ケイザルが合図の太鼓を叩いた。戦闘開始である。

 これは訓練のため、武器は木剣などの殺傷能力の低い代物を使用している。そうそう死ぬようなことにはならない。

 しかし、致命傷となりうる箇所に攻撃を加えられると、死体として地面に伏せていなければならないルールがある。またルール違反を防ぐため、与えられた武器には特殊な塗料が塗られており、当たった場所が赤く染まるようになっている。これにより誰が違反しているかすぐ分かるようになるのであった。もちろん、不正を監視する兵士達が彼らを見張っている。

 なお、勝利条件は敵大将を討ち取る事である。

「全軍、前進!」

 カースが指示を出す。相手も同じ指示を出したらしい。

 両軍はゆっくりと近づいていく。そうして真っ正面から交戦が開始された。

 一進一退の攻防。数はほぼ同数だから、兵士の質の差で戦いは決まる。誰が何が得意で、何が不得意なのか分からないため、カースはその長所を生かす事もできない。

 しかしグリ村出身の者だけは、当然の事ながらカースは良く知っている。それは敵には無い明白な利点。

「ケルト。そろそろ暴れて来い」

「分かった」

 ケルトは不敵に笑うと、早速駆け出した。味方の軍勢を走り抜け、敵軍の只中へと突入する。

 青軍は色めき立った。前日の個人戦で派手な勝利をもぎ取ったケルトは、要注意人物として注目されていた。彼を討ち取れば自分の評価が高くなる。青軍の兵達はそう考えたのだ。

 ケルトに青軍が群がって行く。全員がケルトの事を狙っていた。だがそれはカースが事前に予想していた事だ。とはいえこうも分かりやすく襲いかかってこようとは。

 舌舐めずりをする。さあ、面白くなって来たぞ、と、ケルトは少しも臆する事なく足を動かす。

 ケルトは剣の技量のみで言えば、並か並の上と言った所だ。だが足には絶対の自信がある。

 ケルトは群れを成して襲ってくる青軍の中を駆けた。人と人の僅かな隙間をくぐり抜ける。振るわれた剣をステップを踏んで回避する。

 素早く動き回るケルトを誰も捉える事が出来ない。そればかりか、ケルトは走りながら隙を見つけて木剣を振るい、少しずつだが確実に青軍の数を減らして行く。

 ケルト一人に掻き混ぜられた青軍は、もはや統制が取れていない。そもそも急造の軍である。瓦解するのは簡単だ。

 現状の不利を悟ったのか、青軍の大将は青筋を立ててがなり倒す。しかし何の効果もない。

 赤軍の兵達は、相手の動きがばらばらになっている事に好機を見出す。カースの指示もなく、一斉に敵軍へ攻め込んだ。けれどカースは、自分の指示をせずに動く兵の事を少しも慌てる様子も無く見つめている。

「ルグスト」

 不意にカースは、傍らに立っているルグストを見て声を掛けた。

「分かっている」

 と、ルグストは弓を構えた。

「俺、は?」

 どうしたら良い? とグリアノスは尋ねた。

「普通に兵士に混じって普通に戦え。お前の活躍は次だ」

「分かっ、た」

 グリアノスは言われた通り、普通に気配を出した状態で、赤軍の兵士の中に交じり青軍と戦い始める。

 戦況をつぶさに観察し続けていたカースは、手の平に炎の玉を作り出した。殺傷力の高い魔法は使用を禁止されているが、これは当たっても軽い火傷で済む。だが、そもそもこれは攻撃するために作った魔法ではなかった。

 カースはタイミングを見計らって炎の玉を空に向けて放った。ぼ、と音を立てて戦場を横切るのを、敵の間をすり抜けながらケルトは見た。

 それはグリ村において、集団で狩りを行なう時に良く使用した合図の炎だった。そのため、グリ村の出身者以外には誰にも意味が分からない。

 ケルトは合図の通りに動き始めた。なるべく多くの敵を引き付けるために、出来るだけ派手に動く。グリアノスもまたカースの意図を読み、敵を動かす。

 ルグストから青軍大将までの射線が通った。すかさずルグストは、矢じりの代わりに丸いクッションが付けられた矢を放つ。魔法で加速された矢は、一直線に青軍大将の額に命中。赤い斑点が出来た。

 太鼓の音が鳴り響く。模擬戦闘は赤軍の勝利で終わった。

 歓喜の声が沸き上がった。


 次に行なわれた白軍と黒軍の戦いは、黒軍の勝利で終わった。

 昼食休憩を挟み、青軍と白軍が戦う。熱戦を繰り広げた末に、白軍が勝利を収める。

 そうしていよいよ赤軍と黒軍の対決だ。

 すでに日は傾いていて、空は赤く染まり始めている。

 黒軍は鋒矢の陣で一気に勝負を決しようとしているのに対し、グリアノス達赤軍は方陣で迎え撃つ。

 太鼓の音がなるのと同時に、黒軍が一挙に突撃を開始。鋒矢の矢は、赤軍のど真ん中に食い込んだ。

 よほど腕に自信があるのだろう。黒軍の大将は陣の中央で仲間達に守られながら、自らも斧を振るっている。また敵味方が入り乱れた戦場では、射線が上手く取れないためにルグストの狙撃が通りにくい。先の戦いを見ていることを踏まえれば、対処するのは当然の事だった。

 だが黒軍も所詮は練度の低い者の集まりに過ぎない。勢いが良かったのは最初だけだ。とは言え練度が低いのは赤軍も同じだ。黒軍はじわじわとカースに向かって進んでいる。相手の大将も相当の手練れで、誰も討ち取る事が出来そうにない。

「グリアノス」後ろの方で待機しているカースは、黒軍の戦いぶりを眺めながら言う。「出番だ」

「分かっ、た」

 そして、グリアノスは気配を消した。木剣と短弓を持ち、足音を消し去り、呼吸の回数を極端に減らして、人々が群がる戦いの場へと身を潜ませる。

 みんながみんな、戦いに夢中になっていた。誰もすぐ側にいるグリアノスに注意を向けようとしていない。

 少しずつ、少しずつ、じっくりとグリアノスは黒軍大将の元へ近寄って行く。

 ふと見れば、グリアノスの反対側にいるケルトが、縦横無尽に動き回り、敵の注意を引き付けてくれている。カースの指示に違いない。おかげでより一層グリアノスに注意する者がいなくなっている。またルグストが彼の付近にいる敵を狙撃することで援護していた。

 グリアノスの動向を知るカースは、腕を組んで待ち続ける。個人戦で呆気なく負けた事が、グリアノスへの注目度を下げさせているのは間違いが無い。

 カースはにやりと笑う。戦いの技量だけが重要ではない。その事に気付いていないのが、敵の運の尽きである。

 そうして、グリアノスは黒軍大将の付近へ来た。周囲を守るように、四人の兵が大将を守っている。

 問題なのはここからだ。グリアノスは友軍の背中に隠れながら、機をうかがう。

 まだだ。まだ、敵大将の前にいる兵士が邪魔だ。

 と、ここで、カースは火の玉を上げた。合図だ。

 ケルトが動く。向かい討つ敵兵をするすると避けて、驚くほど早い速度で黒軍大将へ迫った。

 敵大将を守っている兵が迎え討つ。二合、三合と打ち合うと、ケルトは側にいた味方の身体を上手く盾にして躱す。そして、大将に肉薄。木剣で袈裟懸けに振るう。

 だが相手は手練れだ。難なくケルトの攻撃を木斧で防ぐ。ケルトは右に左に動いて揺さぶりをかける。

 翻弄される黒軍大将。じりじりと、ケルトが誘導する方向へと移動させられる。そうしてそこに、グリアノスが待ち構えていた。

 敵と味方がひしめきあう影の中から、グリアノスは飛び出した。黒軍大将の背後を取る。ケルトに集中しているため気付いていない。

 またとない好機。

 グリアノスは木剣を黒軍大将の首筋に当てて、刃に付着した赤い塗料を塗り付けた。

「な!」

 ここでようやく気付いた黒軍大将は、はっと首筋に手を当てる。そにはすでに塗料が着いている。手が赤く染まる。

 太鼓が鳴った。

 黒軍大将は訳も分からないうちに負けた事実に、がっくりと膝を落としたのだった。


「あの四人は?」

 ケイザルは傍らに控えている兵に尋ねた。兵は手に持っていた名簿をぱらぱらと捲って確認する。

「カース、ルグスト、ケルト、グリアノス。四人ともグリ村の出身です」

「グリ村……ああ、あの森にある村か。あそこは確か、狩人の集団だったな。どうりで狩りをするように戦をする。対人戦闘はあまり経験が無いはずだが、なかなかどうして、使えそうだな」

 ケイザルは楽しそうに笑んだ。頭の中ではすでに、あの四人をどう使うかの目算が始まっていた。




 マ王ツァルケェルは、港町ギガルの通りを歩いてる。彼の後ろを歩くのは、お馴染みの魔人と人間。すなわちセールナ、ペルとメル、ガーガベルトである。

 マ国の一員となることを決めた人間達が通りに沿って並び、彼らに向けて歓声を上げていた。それぞれが期待の眼差しを向けている。

「まさか人間達が……私達に歓声をあげるなんて……」

 魔人であるセールナは戸惑いながらそう言った。

「彼らの多くは元々は奴隷」と、ガーガベルトは説明する。「人間としてではなく、物として扱われて来た人々だ。主人によっては、それこそ口にするのもおぞましい事をされてきた。だからこそ、そこから解放した我々は感謝されているし、帝国を変える事を期待されている」

「……私達にできるのでしょうか?」

「分からん。だがここまで来た以上やるしかない」

「期待が重いです」

「大丈夫。マ王様ならできる」

 ペルとメルが声を重ねて言った。その瞳は、ツァルケェルは絶対に失敗しないといささかも疑っていない。

「……そうね」セールナは頷く。「私達には、ツァルケェル様がいるものね」

 そうして一行は、門をくぐって町の外へ出た。

 魔人兵たち全員が、整然と並んでいる。

 ツァルケェルは、魔人達の顔を見渡す。彼らはマ王の言葉を待っている。

「我々は、人間から産まれた。だが彼らとは違う姿だったために、魔人と呼ばれた。怖がれ、迫害され、小さく、住みにくい土地に押しやられた。

 魔人達よ。今こそ立ち上がる時だ! 声を上げる時だ! 我々を虐げて来た者達に、我々の想いをぶつける時だ! 我々は人間だ! 人間として、帝都に思い知らせてやるのだ!!」

 雄叫びが上がった。

 彼らの怒りが、悲しみが、憂いが、その全てが詰まった雄叫びだった。

 ツァルケェルたちは進攻を開始した。

 目指すは帝都グラウ。



 それから何日か経過して、マ軍が進軍を開始している事が帝都に伝わった。帝国軍も出陣する事がすぐに決まる。

 そしてその一日後。朝日が昇る時刻。

 帝都グラウの正門前、兵士達が集結している。

 実花が所属している遊撃部隊も、グルンガルの騎士隊も、グリ村の四人もその中の一部であった。今現在集められるだけの全ての兵が、ここにいるのだ。

 正門が開いた。勇壮な太鼓の音が鳴り響く中、出て来たのは帝王オルメル・ノスト・アスセラス三世である。彼は鎧を着込み、自分の剣を携えている。その斜め後ろに控えているのは、娘のメメルカだ。彼女は深紅のドレスを纏っている。

 オルメルは兵士達の前で立ち止まった。それと同時に太鼓の音が止む。

 帝王は兵達を見渡す。厳めしい顔付きだ。

「今、我らに魔人が牙を向けている」おもむろに、オルメルは話し始める。「自らを人間だと世迷い言を言い、あまつさえ、奴隷も同じく人間だと主張している。

 だが我々は知っている。彼奴ら魔人は、生まれながらに我らが神の反逆者だと。邪悪であるが故に呪われ、魔人に変貌したのだと。

 我々は知っている。奴隷となった物共は、神によってそうなるように定められていたのだと。奴隷は大いなる罪人である事を。偉大なる神の導きによって、贖罪の機会を与えられている事を。

 我々には責任がある! 魔人共に! 奴隷共に! 正しき在り方を教える責任が! 

 我々は彼奴らに示さねばならぬ! 人間は神に愛されているが故に人間である事を! 彼奴らは神に嫌われているが故に邪悪であり、物なのである事を!

 我々は彼奴らに思い知らさねばならぬ! 我が愛する同胞達が苦しめられ殺された想いをだ!

 我々は! 今! ここで! 勝たねばならぬ!

 我らが神、メルセル様とウスト様のために! 家族のために! 友のために! 隣人のために!

 さあ! 我が愛する臣民達よ! 立ち上がれ! 彼奴らに報いを与えてやろうぞ!」

 大地が震えるような雄叫びが沸き起こった。

 誰しもが腕を振り上げ、腹の底からあらんかぎりの声を振り絞る。

 火傷しそうなほどの熱気が、兵士達から発せられていた。

 けれど実花は、腕を振って、みんなに合わせて声を上げながらも、心の中では悪態を吐いている。

 何が神だ。何が奴隷が物だ。

 まるで自分たちが正義みたいな言い草に吐き気がする。

 これでは、魔人達の方がよっぽど正義じゃないか。

 しかし、実花は言葉にも表情にも出さなかった。大切なのは、お兄ちゃんだけだからだ。お兄ちゃんと再会することだけだから。

 だから、どちらが正義かなんて、どうでも良かった。

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