六十九 試験

 練兵場で訓練の最中、津村実花はグルンガル・ドルガに再び呼び出された。レゾッテ、ゴーガ、キルベルも来ている。カナルヤ・レイもまだいる。

「彼らのチームに、カナルヤ、お前も入ってもらう」

 グルンガルは一人一人の顔を見ながらそう言った。

「計五人」と、グルンガルは続ける。「少数精鋭の遊撃部隊だ」

 カナルヤはともかく、他の四人は初耳だったらしく、目を丸くする。

「遊撃部隊、ですか」

 キルベルが代表して言った。

「そうだ。戦場を駆け回り、強力な魔人達を主に狩ってもらう。隊長はキルベル。お前が努めろ」

「私が、ですか」

 と言って、キルベルは周囲を見回す。お世辞にも頭がいいとは言えない脳筋のゴーガ。変態で王女殿下との夜のお遊びで頭が一杯のレゾッテ、経験の浅い実花。最後にキルベルは、カナルヤの方を見た。

「カナルヤ様ではいけないのでしょうか?」

 何と言っても英雄の一人だ。魔法研究者だけあって頭も良いし、先の大戦では大活躍だったと聞く。

「……だ、そうだが?」

 グルンガルは目線をカナルヤに向けた。

「嫌よ。面倒くさい」

 有無を言わさぬ即断だった。

「はあ。分かりました」

 キルベルは諦め顔で承諾した。




「ここが帝都かあ。すっげぇなあ」

 正門をくぐると、人で溢れ返っていた。建物も信じられないぐらいの密度で並んでいる。グリ村では有り得ない光景を物珍しそうにきょろきょろと見回しながら、カースは感嘆とした声を上げた。

「止めろ、みっともない」

 ルグストはしかめっ面で注意するものの、彼も初体験の帝都に興奮しているのは明らかである。

「けど本当に凄いなあ。ほら、あんなにお店が沢山ある」

 ケルトは指を指して言った。宿屋に酒場、雑貨屋に武具屋。それから何だかよく分からない妖し気な店もある。これ全部回るのに、一体どれぐらいの時間がかかるだろう。

「まず、は、宿、だ。早く、行く、ぞ」

 なかなか動かない仲間達の尻を叩くように、グリアノスは言った。

 さてどの宿にしようか、と一行は練り歩く。色んな宿があり、店前では客引きが声を張り上げている。だが目につく大抵の宿は、どれもそれなりに高そうだった。もちろん村長からは支度金を、村人達からは寄付金を貰ってはいる。だが村は基本的には物々交換で成り立っていた。そのためお金は持ってはいるものの、多くはないのだ。

 そうやって安そうな宿を探していると、小さな女の子がとてとてと近寄って来た。

「お兄さん!」

 と、少女はグリアノスのズボンの裾を引っ張った。

 ん、とグリアノス達は視線を下にやる。肩まである赤毛を二本の三つ編みでまとめた、そばかすのある利発そうな少女だった。彼女は自分に目線が集まるのを見て取ると、上目遣いで言う。

「宿を探しているんですよね。私の所はどうですか。帝都の中でも特に格安ですよ!」

 男達は顔を見合わせる。自分たちが宿を探している事を察した観察眼に軽く驚いていた。

「どうして俺たちが宿を探しているって分かったんだ?」

 口下手なグリアノスの代わりに、カースはしゃがみ込んで少女と目を合わせて尋ねた。

「んとね」少女は頬に右手の人差し指を当てて答える。「先程からずっと、宿の客引きの方ばかりを見ていたからです! それから酒場の方もちらちらと見ていましたよね。帝都に来たばかりでお腹が空いているんですか? うちの宿は料理が美味しいんです。さすがに安いなりに高価な素材は出せませんが、腕だけは確かです。私が保証します!」

 どうする? とカースは振り向いて仲間達を仰ぎ見る。健気な少女だ。無下には出来ない。それに宿に行って話を聞いて、駄目ならまた他を探せば良いのだ。アイコンタクトで意志を確認すると、全員異存はないらしい。

「それじゃあ、宿に案内してもらえるかな? 小さな看板娘さん」

 カースは微笑みを浮かべて頼んだ。すると少女は、満開になった夏の花みたいに、飛び切り明るい笑顔を浮かべる。

「はい! こちらです、付いて来て下さい!」

 意気揚々と歩き出した彼女を、グリアノス達は追う。

 少女は細い路地の中に入ると、時折男達を振り返りながら、ずんずんと奥へ進んで行く。大きな建物が連なる風景が、徐々に寂れていった。

 そうして辿り着いたのは、薄汚れた三階建ての建物である。ミータ亭、と書かれた木製の看板が、壁に掛けられていた。

「ここです!」

 少女は声を弾ませた。

 グルンガル達はミータ亭の外観を見やる。腕の悪い石工が作ったのか、壁に使われた石は不揃いだ。それも長い年月を耐えて来たのだろう。所々が欠けている。看板に書かれた文字も、いかにも自分たちで書きましたと言わんばかりに上手ではない。かなりの譲歩をすれば味のある建築だと言えるだろうが、大通りの煌びやかな建物達に比べれば遥かに見劣りするのは間違いない。

 少女はグリアノス達が宿の外観を見ているのに気が付いて、不安そうな顔で彼らを見た。

「あの、お気に召されませんでしたか?」

 ん、と一同は振り返る。確かに綺麗とは言えないが、彼らが最も気にしているのは値段である。この外観ならば、さぞかし安く泊まれる事が出来るだろうとグリアノス達は期待していた所だった。

「いいや、大丈夫さ。それより中に入っても?」

「はい!」

 少女は古びた扉を開けて中に招く。男達は中に入った。

 テーブル席が四つあり、奥にはカウンター席も設置されている。端には階段があり、上に伸びていた。

 奥で食器を磨いていた店主らしき中年の男がグリアノスたちに気が付くと、人懐っこい笑顔を浮かべる。

「いらっしゃいませ」

 カースが一歩前に出て、早速交渉を始めた。朝食付きで料金も安い。一行はここに決めた。二人部屋を二部屋借りて、少女に案内してもらう。グリアノスとカース、ルグストとケルトという部屋割りでそれぞれ中に入った。粗末な部屋だ。だが村の家と余り大差がない。格安なのを考えるとこれで妥当な所だろう。

 一行は疲れている事もあって、今日はこのままこの宿で食事をして眠る事にしたのだった。


 翌日の朝。グリアノス達は一階の食堂で朝食を摂っていた。客はどうやら自分達以外はいないようだ。店主はカウンターの席に座り、暇を持て余している。

 そこに昨日の少女が近寄って来た。給仕姿がよく似合っている。

「お兄さん達って、もしかして兵隊さん志望なの?」

「そうだよ」

 と、カースが答えた。

「やっぱり! すごーい!」

 すかさず少女は囃し立てた。目がきらきらと輝いている。

「じゃあ、今日はお城に行くの?」

「そうだな……」カースは見回した。グリアノスが頷く。「ああ、城に行くんだよ。登録しないといけないからね」

「じゃあ、私が案内するね」

「うーん。助かるけど、いいのかい?」

「ねえ、お父さーん。案内してもいいでしょー?」

 少女が甘えた声でお願いすると、店主は顔だけをこちらに向けた。

「……仕方が無いなあ。あんまりお客さんを困らせるんじゃないぞ」

「大丈夫だよー」

 それから店主は、困ったような顔をしてグリアノス達に近づいた。

「すみません。娘の事よろしくお願いします」

「いいえ、こちらも助かります」

 店主とカースは、少女に聞こえないように小声でやり取りをした。

 そうして朝食を終えた一行は、少女の案内でグラウ城に向かう。

 あの出店の串焼きは美味いとか、あそこの店の主人は性格が悪いとか、そうした雑多な話を少女から聞きながら進んで行くと、やがて城前まで辿り着いた。

 視界に収まらないほど巨大で真っ白な城が眼前にそびえ立っている。

「おっきいなあ」

 グラウ城を見上げながら、カースは呟く。他のメンバーも似たようなもので、グラウ城の偉容を眺めている。

「凄いでしょ。これが我らがグラウ城よっ」

 そんな彼らの様子を見て、少女は我が事のように自慢げに言った。

 案内してくれた事に感謝の言葉を伝えると少女と別れ、グリアノス達は城門前に出来ている人だかりへと向かう。

 全身を鎧で身を包んだ騎士らしき男が木製の机を広げており、そこにいかにも屈強そうな男達が並んでいた。どうやら彼らも戦争に参加する志願兵のようだ。事実、騎士が志願兵はこの列に並ぶようにと、大声で叫んでいる。グリアノス達は早速列に並んだ。

 受付を済ませると、今度は練兵場に行くように教えられる。指示された場所は、城から少し離れた場所で、実花がいつも訓練している城内の練兵場よりもだいぶ広い。グリアノス達が辿り着くと、すでに何十人もの志願兵達が集まっていた。

 場内はざわついている。魔人に対する憎悪、戦場への不安、武功を挙げて成り上がろうとする期待。様々な気持ちが渦巻いている。

 かつ、かつ、かつ。足音を立てて、勇壮な鎧姿の男がやって来た。大柄な体躯である。岩を思わせる顔の造りだ。口の周りに髭が生え揃っている。金色の短髪。目付きは鋭い。全身が醸し出す雰囲気は、歴戦の戦士そのもの。

 空気が一変した。

 ざわつきが止んだ。ひんやりした緊張感が場内を支配する。

 男は前で立ち止まると、場内を見渡す。じっと黙り、直立の姿勢のまま身動き一つ取らない。

 その間にも、志願兵が集まってくる。がやがやと騒ぎながら入って来た一団は、男の視線に気付いた途端に静かになった。

 やがて、志願兵たちが集まらなくなって来た。

 男は、おもむろに口を開く。

「傾聴せよ! 私はケイザル・トラガだ。貴様ら志願兵どもの訓練を任された者である! とは言え、戦闘の経験が豊富な者もこの中にはいるだろう。全く経験の無い者もいるだろう。そこで貴様らの実力を測るため、実戦形式の試験でふるいをかけてやる。その結果明らかに戦闘に向いていない者がいるやもしれぬが、安心するが良い。誰であっても落とすような事はせぬ。しかしその代わり、戦場においては障害物になってもらう他にないやもしれぬがな。

 改めてみなに問おう! 帝国のために、障害物となり命を散らすのが嫌な者は、今ここで帰っても構わぬ! これが最後の機会だ! この機会を逃せば、我々は貴様らを逃がさぬ。泣いて嫌がっても、縄で縛って強引に戦場の只中へ放り込んでやる。それが嫌なら今すぐ帰るが良い!」

 グリアノス達は当然帰らない。周囲を見回しても、動く者は見当たらない。

「誰も帰らないのか? いい度胸だ。まずは個人戦を行なう。係の者が持ってくるくじを引くが良い」

 数人の若い兵士が箱を持って現れた。彼らは志願兵達を順に回ってくじを引かせていく。

 グルンガル達の元にも兵士が来た。くじを引くと、それぞれ番号が書かれている。

 やがて全員がくじを引き終わったらしい。

「全員引いたか?」と、引いていない者を確認したケイザルは、続ける。「これから四つのグループに分かれて早速戦ってもらう。人数が多いため一人一戦のみだ。使用武器は殺傷能力の低い物をこちらが用意する。武器の種類は様々にある。個別に申し出ろ。分かっているだろうがこれは試験だ。従ってそれぞれ全力を出して戦うように。何か質問はあるか?」

 ルグストが手を挙げた。他に質問者はいないようである。早速当てられた。

「私が得意なのは弓です。これは明らかに不利ではないでしょうか?」

「安心しろ」ケイザルはにやりと笑う。「今日の試験は近接戦闘の能力を測るものだ。詳細はまだ言えないが、明日、また別の試験を行う。弓が得意ならば、その時にでも活躍すれば良い。他に質問はあるか?」

「ありません。ありがとうございました」

 ケイザルはルグストの返答に満足そうに頷くと、再び志願兵達を見渡した。

「他の者は? あとで不満を言われても知らんぞ?」

 返答は無い。

 そうして、個人戦が始まった。


 グリアノス達は、幸いな事にそれぞれ四つのグループに別れる事が出来た。少なくとも、これで同じ出身同士で戦う事は無い。

 最初に戦う事になったのは、グリアノスである。彼はごく普通の木剣を選択した。相手も同じ木剣だ。

 グリアノスは八双で構えた。相手は正眼。

 立会人と審査を担った兵士が、

「はじめ!」

 と合図をする。

 二人同時に飛び出した。木剣で打ち合う。

 グリアノスは徐々に押されて行く。手が追いつかない。そうして隙が出来るのは、当然の事であった。

 がつん、とグリアノスの脳天に木剣が叩き付けられた。

「そこまで!」

 勝敗は呆気なく決した。

 次に戦うはルグストである。

 開始の合図。だがルグストはいきなり飛び出すような真似はしない。中段に構えて右回りにゆっくりと歩いて行く。そこに相手が飛び込んで来た。

 慌てて木剣を振るうルグストであったが、相手が横薙ぎに繰り出した木剣を防ぐ事が出来なかった。

「ふぐぅっ」

 情けない声を上げながら、腹に喰らう。

「そこまで!」

 あっという間に勝負は終わった。

 同じ頃に行なわれたケルトの試合は、周囲の度肝を抜いた。

 開始と同時に、ケルトは全力で疾走したのである。その勢いのまま上から木剣を振りかぶった。

 相手は慌てて木剣で防ぎに廻った。しかし間に合わない。そのまま頭部を打たれて試合は決まった。

 そうして最後はカースである。

 四人の中で最も耳目を集めた試合と言っていいだろう。

 木製の槍を構えたカースと相対する相手は、二本の木剣を構えている。

 お互いがじりじりと近づく。カースの間合い一歩手前で、両者は停止した。

 先に動いたのは相手だ。ば、と地面を思い切り蹴って、カースの懐へと飛び込んだ。

 長柄の得物は長いリーチこそが最大の利点だが、反面接近されると逆に取り回し辛くなるのが欠点だ。その事を相手はよく理解していたのだろう。接近して来た相手は、迷わず攻撃を繰り出した。

 だがカースは今やグリ村の一の使い手である。柄を器用に動かして、相手の攻撃を防いだ。

 しかし敵も手練れだ。間髪入れずに幾重にも剣撃を加えて来た。そもそも二刀流は一撃の重みは小さいが、その代わりに手数で圧倒する事が出来る。相手はその特性を良く弁えていて、一撃に拘泥していない。次から次へと様々な攻撃を放って来ている。

 けれど、カースはその全てをことごとく防ぐ。

 決め手に欠けて、相手は焦れて来た。そもそも全力で木剣を振るい続けるのは体力を消費する。早々に決着しなければ、スタミナ切れで負ける。相手はそう考えたのだろう。大振りの突きを撃ち出した。

 だが、それこそがカースが待っていた攻撃であった。木槍の柄の先端で地面を押して、ふわりと身体を浮き上がらせる。

 相手の突きは見事に空振る。

 そして、カースは反転しながら相手の背後に降り立った。同時、槍で背中を緩く突く。

「うわ」

 驚きの声を上げて、相手は前のめりに倒れた。

 勝負が決した瞬間である。カースの軽業に周囲は湧いた。


 四人はミータ亭に戻って来た。

 彼らはへとへとに疲れた様子で、一階のテーブル席に倒れ込むように座り込んだ。

 すると宿の娘が、頼んでいないのにすかさず水を持って来た。

「サービスです」

 と、少女ははにかむ。

 これはありがたいと、四人はごくごくと飲み干した。

 とてとてと少女は駆けて、今度は水差しを持って来る。

「おかわりです」

 と、四人に水を注ぐ。

 それぞれ礼を言って、ごくんと飲んだ。

「それで、今日はどんな事をしたんですか?」

 目を輝かせながら少女は聞いた。どうやらこれが水を持って来た目的らしい。

 カースは面白可笑しく話し、ルグストが突っ込みを入れる。少女は楽しそうに笑った。

 ついでに食事を取ると、各々部屋に戻る。

 そうして、すぐに眠りに就いたのであった。

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