六十八 グルンガルとカナルヤ

「……久しぶりだな。カナルヤ」

 玉座に腰掛けているオルメル・ノスト・アスセラス三世は、眼下で畏まっているカナルヤ・レイを睥睨して口を開く。カナルヤの両隣には、レゾッテとキルベルがいる。

 オルメルの傍らにメメルカがいて、彼女はいつも通り涼やかな表情を浮かべていた。

「そうね、オルメル。それにグルンガルも」

 カナルヤはそう言いながら右を一瞥した。そこには派手な衣装を纏った貴族達に混じり、大人しい服装のグルンガル・ドルガが立っている。彼はカナルヤと目が合うと、軽く会釈をした。

「まさか戻ってくるとは思わなかったぞ」

 オルメルが そう言うと、カナルヤは、ふ、と微笑んだ。

「私もそう思う。もう二度と来ないと思っていたよ。けれど、あなたの娘に懇願されては是非も無い」

「ふん。それで、本当に戦争に参加すると言うのか?」

「もちろん。そのために来たのだからね。それに空を飛ぶ魔人と言うのも興味深い」

「お前は変わらないな」

「当たり前よ。でも、あなたは変わってしまったようね」

「俺はあの頃から変わっていない」

「あの頃……ね。確かに、そうなのかもしれない。でも、私が知っているあなたじゃない」

「当たり前だろう。人が変わるには十分な時間が過ぎたんだからな」

 それにしても、カナルヤの口調は帝王に向けるそれではない。キルベルやレゾッテはもちろん、周囲にいる貴族達も内心ではらはらしていた。

 だがそれも杞憂で終わりそうである。オルメル自身に気にしている様子が見受けられないからだ。グルンガルも気にした様子が見えない。この二人にとって、こうしたやり取りが普通なのだろう。

「宿泊場所として城の一室を貸してやる。戦いが始まるまでは好きに使うが良い」

「当然ね」それからカナルヤは、ふと思い出したかのように続ける。「そうそう。昔みたいに、カナルヤお姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」

「……なんの事だ」

 ぴくり、とオルメルの眉が動いた。

 臣下一同に緊張が走る。

 カナルヤだけが愉快そうに笑みをこぼした。

「懐かしいわ。昔はカナルヤお姉ちゃーんって言いながら追いかけて来たっけ。あの頃のオルメルは、本当に可愛かった。今はどうしてこんな風になってしまったんだろう」

 ぴくぴく、とオルメルの眉が動いた。

 圧倒的な気まずさがこの場を支配している。

 臣下一同は、顔面から冷や汗をどっと溢れ出している。

 楽しそうにしているのはカナルヤ一人。だが、グルンガルは平然としている。幼なじみであるこの二人だけが例外だろうか。

 否。そうではない。

 メメルカもまたいつも通りの涼しい顔をしている。そうしてその内面は、父の恥部であろう話に興味津々であった。故に彼女は、カナルヤに視線を送る。そうして目が合った瞬間、ほんの少しだけ、口端を緩めたのだ。もっと、もっと父の昔話をして欲しい。メメルカはそう目で訴える。しかしカナルヤはそっと視線を外した。

「ま、今日はこれぐらいにしておくわ。これ以上すると、あなたの威厳がなくなってしまいそうだもの」

 帝王の許可も取らずに、カナルヤは立ち上がって踵を返す。ひらひらと手を振りながら、オルメルの前から歩き去った。




 帝都の居酒屋が集まっているいわゆる歓楽街は、夜中でも帝国内指折りの喧噪に満ちている。特に月が二つとも満月になっている今日は、いつにも増して賑やかだった。

 酔っぱらいが騒ぎ立て、店員が店前で元気よく呼び込んでいる大きな通りを、グルンガルは一人で歩いていた。

 とは言え、面を歩けばすぐに人が寄ってくるほどの有名人であるグルンガルは、フードが付いた赤茶色いローブで顔を隠している。

 彼はこの付近で最も大きい居酒屋の脇にある細い路地に入った。奥に進めば進むほど、背後から聞こえる喧噪が小さくなって行く。

 そうして暫く歩いて行くと、小さな店がぽつりとあった。店前に小さな提灯が一つぶら下がり、暖かくも小さな灯りが周囲を照らしている。

 グルンガルは慣れた様子で店の中に入った。

「いらっしゃい」

 と、初老の店主が声を上げた。

 それには気にせずにグルンガルは店内を見渡すと、角のテーブルに一人の女性が座っているのが目に留まる。カナルヤである。他には客が三人いるだけだ。静かに飲めるこの店の事をグルンガルは気に入っていて、一人で飲む時には必ずここに来ていた。

 透明な青色の酒をちびちびと飲んでいた彼女は、グルンガルが見ている事に気が付くと、ほんのりと桜色に染まった頬を緩める。

 グルンガルはそっと近づいて、カナルヤとは対面の椅子に腰掛けた。

「久しぶりね」

 カナルヤは静かに言うと、グルンガルは「ああ」と短く答える。

「ここ、いいお店ね。お酒は美味しいし、料理もいい」

「そうか。それは良かった」

「ふふ。あなたは何も変わっていないようね」

 嬉しそうにカナルヤは笑った。

「変わる要素がどこにある」

「そうね。あなたは、そうなんでしょうね」

「……どうして今更帝都に戻って来た? 人恋しくなったのか?」

「まさか」と、カナルヤは楽しそうに微笑む。「来たのは、お姫様に説得させられたからよ」

「……なるほど。あの子は、似ているだろう?」

「ええ。性格は残念ながらお父さんに似てしまったけれど、外見は、若い頃の母親にそっくりね」

「そうだろう」

 と返したグルンガルは、それから店主にいつもの酒を頼んだ。「あいよ」と愛想笑いも浮かべずに店主は応じる。

 程なくして、店主の妻が琥珀色の酒を運んで来た。この店には他に従業員がいないのだ。

「それじゃあ、乾杯」

「乾杯」

 ちん、とコップを軽く打ち合う。中に注がれた液体が揺れた。

 ぐい、と飲み込んで、グルガルは杯を机上に置く。それから幾つかの料理を頼んだ。

「いつまであいつの下で働いているつもり?」

 カナルヤが言う、あいつとはオルメルの事である。さすがのカナルヤも、市井の中で帝王を呼び捨てることはしないのだった。

「もちろん、死ぬまでだ」

「ふう」カナルヤはため息を吐く。「ほんと、変わってないわねえ。真面目だわ」

「俺は誓ったんだ。一生、あいつの為に剣を振るうと。だから、俺は、例えあいつが変わってしまったとしても、剣を振るう」

「あなたは、それでいいの? 正直、今のままでは危ない。みんなが魔人に気が逸れているうちはいい。でも、魔人がいなくなった時、人々の不満は何処に向かえばいい?」

 どこに。その回答をグルンガルは知っている。帝国だ。

「あなたも、気付いているんでしょう?」

 グルンガルの返答を待たずに、カナルヤは再度尋ねた。

「……例え帝国が滅ぶ運命だとしても、俺はあいつのために剣を振るう。その事に、変わりはない」

「ほんと、真面目で頑固者」

 カナルヤの声に非難している色はない。むしろ旧友の変わらぬ姿を楽しむように口元を歪ませた。

 店員が料理を運んで来た。様々な料理が二人の目前に並ぶ。配膳が済んだ店員が離れるのを待ってから、グルンガルは口を開く。

「そう言うお前は、なぜ戻って来た。説得されるような玉ではないだろう」

「人恋しくなったからよ。それでは駄目?」

「駄目だ。納得いくように説明しろ」

「私はこれでも、なんだかんだで帝国に愛着があるのよ。研究所で魔法を研究していたのもそのため。ま、それは結局嫌になって止めたんだけどね。それに帝国が魔人に蹂躙されるのを黙って見られるほど、私はこの国を見限っていないのよ。楽しい思い出もここには沢山あるから」

 言い終えたカナルヤは、杯を傾ける。こくりと喉を潤して唇を離すと、ふう、と熱い吐息が漏れた。

「それよりも」と、カナルヤは続ける。「空を飛ぶ魔人について、詳しく聞かせなさい」

 酒を楽しみ、料理に舌鼓を打ちながらする話は、取り留めも無く続いて行く。

 どれだけ居心地の良い時間でも、始まりがあれば終わりもある。店主が店を仕舞うと告げて、この集まりは終わりを迎えた。

 勘定を済ませ、店から出ると、グルンガルは不意に思い出したかのように言う。

「お前に会わせたい奴がいる」

「あら、どんな子なの?」

「とても興味深い魔法を使う。お前好みだと思う」

「それは楽しみね。いつ、何処に行けば良いの?」

「朝、城の練兵場に来れば良い。いつもそこで訓練をしている」

「分かったわ。早速明日行きましょう。どうせ暇だしね」




 翌日の早朝。カナルヤは早速練兵場に赴いた。

 青髪ツインテールのメイドが、はらはらした視線で練兵場を見つめている。カナルヤはメイドの視線を追うと、一人の小柄な少女が木剣を丸太に向けて打ち込んでいた。奇妙な服装を着、見た事の無い美しい黒髪をなびかせた彼女は、足に重たそうな足甲を履いている。そうして剣戟の合間に、その足甲で丸太を蹴飛ばしていた。

 どうやら昨晩グルンガルが言っていた会わせたい奴というのは、彼女の事らしい。

 カナルヤは少女の訓練している姿を観察した。

 一生懸命、とは何かが違う。こうしていなければ死んでしまうとでも言うような、酷く切迫した様子である。木剣や蹴りを打ち込むたびに響く音は、何処か酷く悲しく、物寂しい印象を抱かせた。

 孤独。その言葉がカナルヤの脳裏に浮かぶ。彼女は、彼女を慕うメイドがいながらも、なくてはならない何かが欠けているのだ。それは、一生添い遂げるはずの伴侶を突如として無くした誰かの姿と重なり合った。

「グルンガル様。おはようございます」

「ああ、おはよう」

 声がして、カナルヤは振り返る。ちょうどグルンガルとメイドが、挨拶を交わしていた所だった。

 グルンガルはカナルヤが見ている事に気が付くと、鷹揚した足取りで歩み寄った。

「来たな、カナルヤ」

「ええ」

「どうだ、彼女は」

「見ていて辛くなるぐらい、一生懸命ね。あのメイドの気持ちが分かるわ。放っておけば、簡単に命を散らしてしまいそう」

「だが、帝国にとってなくてはならない戦力だ」

 その言葉に、カナルヤはグルンガルを睨んだ。けれど、喉まで出掛かった言葉を寸前で飲み込む。グルンガルも本意ではない。幼なじみである彼女にはそれが分かったからだった。

「紹介しよう」

 カナルヤの視線を涼しい顔で受け流し、グルンガルは少女の元へと向かう。

 少女はグルンガルが近くにいる事にも気付かずに、一心不乱に木剣を振るい続けている。強い集中力だが、戦場では一点に集中し過ぎると不意打ちを食らいやすくなる。これはこの少女の欠点と言えるだろう。後々に訂正して行くとして、グルンガルはカナルヤがすぐ後ろにいる事を確認してから目前の少女に声をかける。

「ツムラミカ様」

 ぱっと、彼女は驚きと共に振り返った。グルンガルの顔を見た瞬間、笑顔を浮かべる。

 良く出来た笑顔。しかしカナルヤには噓くさく見えた。

「はい!」

 元気よく返事をする少女は、先程の孤独な姿を想像させない。

 この子は、この身振りも表情も元気さも、全て演技なのだ。カナルヤはそう直感した。

 

 津村実花は、グルンガルの斜め後ろにいる美しい女性に気付いて、訝し気な視線を送る。

 一体誰だろう。見た事の無い人だ。

 実花の疑問に答えるみたいに、グルンガルは紹介を始める。

「ツムラミカ様、こちらはカナルヤ・レイ。帝国随一の魔法の使い手です」

「カナルヤと呼んでちょうだい。ツムラミカちゃん」

 と言いながら、カナルヤは右手を差し伸べる。

「はい。よろしくお願いします。カナルヤさん」

 実花はそれに答えて握手した。

「ツムラミカ様は、特別な魔法を使う」

「特別な魔法?」

 カナルヤは首を傾げると、グルンガルは実花に魔法を使うように命じた。

「分かりました」

 実花は返事をすると、二人から離れる。

「カトン」

 唱えた瞬間、魔法が発動した。魔力で形成された壁が、実花を中心にして広がる。

「これが特別な魔法?」

 と、カナルヤは聞いた。何て事は無い。ごく普通の魔力の壁ではないか。多少魔力の扱いに長けた者なら誰でも使える魔法である。

「そうだ」グルンガルは何のてらいも無く言ってのける。「何でも良い。彼女に魔法をぶつけてみろ。殺す気で構わん」

 迷った末、カナルヤは指先を向ける。魔力を集中させると、小さな火が灯った。幾らなんでも、こんなに小さな娘を殺す気にはなれない。

「その程度で良いのか?」

 グルンガルは真顔で尋ねた。

 対してカナルヤは不信感を露にしている。彼女にしてみれば、この程度の魔法であれば、明らかに未熟な少女が作り出した魔力の壁など簡単に全損できる自信があるからだった。そうしてそれは、グルンガルもよく分かっていたはずである。

「私ならこの程度で十分なのを忘れたの? あなたももう歳ね」

 けれどグルンガルは不敵な笑みで返す。

「いいからやってみろ」

 カナルヤは奇妙に思いながら魔法を放った。ちっぽけな火は、しかしカナルヤが想像していたのと違い、壁に当たった瞬間に呆気なく霧散した。もちろん壁は健在である。

「……あれ?」

 思わず声を漏らす。グルンガルが言うのだ。通常よりも強固な壁である可能性はもちろん考えた。その場合、全損は無理でも、壁を壊すことが出来るはずであった。常識的な魔力であれば。しかし結果は知っての通り、全くの無傷。

「ツムラミカ様の魔法は、私の雷撃の剣を無傷で防いだほどだぞ」

「……なに?」

 と、疑うような視線をカナルヤが向ける。いくらなんでも、全盛期を過ぎているとは言えど、常識的に考えてそれは有り得ない。

 グルンガルは、さらに衝撃的な事を続けて言う。

「そればかりか、オルメル様の一撃を防いだぞ。無論、無傷でな」

 威力だけなら、帝国一を誇るオルメルの魔力剣を防いだ? にわかには信じられない話に、カナルヤはただただ疑惑の目を向ける。

「嘘だと思うなら、試してみろ。今日はそのために呼んだのだ」

 困惑しながら、カナルヤは実花の方へ目線を向けて、心配そうに尋ねる。

「本当に、良いの?」

「はい。全力で来て下さい。全て防いでみせます」

 何の不安も見せずに実花は言い切った。その様が、恐ろしくもあるほどだった。

 カナルヤは恐る恐る右の手の平を向けて、先程よりも大きな炎を発生させる。

 喉を鳴らす。あの小さな火なんて訳のない威力の炎だ。まともに喰らえば、間違いなく死に至らせる事が出来るだろう。

「早くして下さい」と、実花は急かす。「私は、早く訓練をしたいんです」

 カナルヤは、彼女の目にある種の狂気を見た。

「……行くよ」

「はい。遠慮しないで下さい」

 刹那の間の後、カナルヤの手の平から炎が吹き出す。炎はまるで意志を持っているかのように蠢めいて、実花に襲いかかった。あっという間に、彼女は炎に包まれて見えなくなってしまう。

 もしも最悪の痛手を彼女に与えてしまったら? その時は、間に合うかどうか分からないが、迅速に回復してやろうと、カナルヤは左手にも魔力を集中させた。

 数秒も経たないうちに、カナルヤは炎を止める。しかし炎が消えて見えて来たのは、無傷の魔法の壁だ。

 カナルヤは驚きを隠せない。こんなに強固な壁は、今まで見た事が無かった。帝国一と呼ばれた魔法の使い手であるカナルヤ自身でも、決して作れないような壁である。正しく常識の範疇から飛び出ている。

 グルンガルやオルメルの必殺の一撃を防いだという話も、嘘とは思えなくなって来た。そもそもグルンガルが、そんなつまらない嘘を吐く男でないことは、カナルヤ自身がよく知っている。

 左手に溜めた魔力を解放して、今度は恐るべき速度の水流を発生させた。それはレゾッテが使える最強の魔法と同程度、いや、それ以上の威力がある。けれどやはり実花の魔法の壁は難なく防いだ。

 空高くから魔力で作った大岩を落としても、風で強力なかまいたちを発生させても、竜巻そのものをぶつけてみても、どれもこれも実花は涼しい顔で防いで行く。いや、むしろ、退屈そうな顔すらしている。

 一つ一つの魔法は全て、戦場で使えば大多数の人間を殺傷できる力を持っているはずなのに。

 グルンガルが言っていた特別な魔法。それはこういう意味だったのかと理解して、カナルヤの背筋を冷たいものが走った。

「もう、いいですか?」

 と、実花が尋ねて来た。まるで他人事みたいな態度だった。

「ほ、他の魔法は!?」

 思わずそう聞くと、実花はバツの悪そうな顔をした。

「……他の魔法は、使えないんです」

 そんな馬鹿な、とカナルヤは思った。一つの魔法しか使えない。そんなのは魔人だけだ。

「彼女が言っている事は本当だ。彼女はこの魔法しか使えない」と、グルンガルが口を出し、それからカナルヤの内心の疑問に答えるかのように小さな声で続けて言う。「そして、メメルカ様に見出された人物でもある。だから、人間だ。それに外見的に異常な事は何処にも無いだろう?」

 確かに、見てくれは普通に可愛らしい少女の姿だ。異様な所はどこにもない。精々が、黒髪黒目をこの辺りでは見た事が無い程度だろう。だが世界は広く、カナルヤが知らない土地は沢山ある。その中には、黒髪黒目の人間がいてもおかしくはない。

 もっとも王女の名前を出すと言う事は、これ以上詮索するなと言う意味があるのだろう。

 だから、カナルヤは帝都が嫌いだった。表面上は華やかでも、一皮むけば、そこにはおどろおどろしい何かで蠢いている。

「……もういいわ。ありがとう。魔法を止めて」

 カナルヤはため息とともにそう言うと、実花が「コトム」は呟いた。すると魔法の壁は、すぐさま解除された。

「魔法を使う時にも何か言っていたけど、その言葉は何なの?」

 不思議に思い、カナルヤは尋ねた。疑問に思った事は質問せずにいられない。魔法研究者としての性分だった。

「これを唱えないと、魔法が発動しないんです」

 奇妙な答えに、カナルヤは首を傾げる。常識で考えれば、魔法は魔力を操作する事で発動される。言葉を言わなければ魔法が使えないなど、普通に考えれば有り得ない事だし、今まで聞いた事もない。

 さらに踏み込んだ質問をしようと身を乗り出したカナルヤは、殺気がこもった視線を感じてためらった。横目で見れば、グルンガルが睨んでいた。

 それ以上質問するな、と視線で言っている。カナルヤは肩をすくめた。

「訓練に戻れ」

 と、グルンガルは命じた。実花は嬉しそうに返事をして、すぐさま訓練を再開させる。

 小さな背中を暫し見つめたカナルヤは、咎めるような目でグルンガルを見た。

「……確かに、凄い魔法だった。でもあんな小さな子を、本当に戦争に参加させる気?」

「メメルカ様の命令だ。それにあの子は既に、私でも勝てないかもしれん魔人を殺している」

 言うまでもなく、岩の魔人ズンガの事である。

「……だとしても、私は納得できない」

「だろうな」

「はあ」と、メメルカはため息を吐く。「……あなたに言っても、どうしようもないのね」

 グルンガルは、それには答えなかった。


「お、お師匠様?」

 レゾッテの声が聞こえて、カナルヤは振り返った。そこにはレゾッテと、ゴーガと、キルベルがいる。

「来たか」

 と、グルンガルは言った。

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