人生と他人と

「――なんでまたお前が付いてくるんだ」

 ナガヌマはあたしとは目を合わせようともせずに、嫌そうな声でそう言う。

「あんたがどこに行こうが付いてくよ、あたしは」

「……」

 別に今の言葉は大げさでもなんでもなくて、学校でもナガヌマが席を立った瞬間に横へべったり付いていくようにしている。まだ一度も聞かれていないけど、もし「付き合ってるの?」と聞かれたらYESと答えるつもりだ。一度答えてしまえばナガヌマも逃げ道がなくなるはず。

「……ほんと、能天気なヤツはいいよな」

 ナガヌマが歩く速度を緩めることなく、独り言みたいに呟いた。

「それあたしのこと?」

「さあな」

 ナガヌマはとぼけてるけど、十中八九あたしのことでしょ。別に怒ってるわけじゃないよ。むしろ自分の演技がバレてない分安心した。先生には初日に見破られちゃったからね。

「そうせざるを得ない理由があるんだよ、あたしにも」

 そしたら急にナガヌマが立ち止まって振り返った。「ぎょっとして」って感じ?ナガヌマもこんな顔するんだね。笑いそうになっちゃった。

「……すまん。お前も自殺しようとしてるんだったな。事情も知らずに分かったような口聞いて悪かった」

「は?いまさらじゃね?」

 そんな真面目に謝るところじゃないだろ今の。そんなこと百も承知で話してるんだとばっかり思ってたのに。ナガヌマも所詮人の子ってことだね。

「あんたさ、この世界のこと全部知り尽くしました~みたいな顔してるけど、空気とか読めないよね」

「もちろん、人間の思考について心理学や脳科学によって一部分が明らかになっているが、実際には把握できていない部分が多い。知識があろうとなかろうと、その先のことについては誰も分からない」

 ……要するに「自分は知識だけしかない」って言ってるようなもんじゃんね。もちろん、目の前で言ったら怒られるの目に見えてるから黙っとくけど。

「自分から明らかにしよう、とかは思わないんだ」

「明らかにしようと思ってできるものならば、この世界の万物はとっくに解明されている。解明のための道は僕が歩もうとその辺の馬鹿が歩もうと大差ない」

 大差ないことはないでしょ。結局それって諦めるってことを肯定してるだけじゃん。大口叩いてるくせに意外と消極的なのなこいつ。

「……何か言いたげな顔をしているな。最初に僕が言ったのは『知識を全世界の人間と共有したい』ということだ。世の中のすべてを説明できるなどと言った覚えはない」

 そうかもしれないけどさ、そうかもしれないけどでも――

「でも、それってすでにあんじゃん?」

 教科書、ネット、エトセトラエトセトラ。先人たちは何らかの形で発見を知識といして記録して伝達してきた。知識があるっていうのは、その先人たちの築いたものを知ってるってだけだから、そのすべてはもう誰でも知りえる状況にあるんじゃないかな。

 むしろ誰でも知りえる状況にあったからこそ、ナガヌマが知りえたんだろうし。それを再度バラまいたからと言って、なんか意味があんの?

 ……的なことを言ったら黙り込んじゃった。偉そうなこと言ったから怒った?

「僕の知識は誰かの発見の受け売り……か」

 ナガヌマはそう呟いて、自嘲気味に「フッ」と笑う。いかにもナルシストってかんじでキモイ。

「確かにそうかもしれないな」

「え?認めちゃうんだ」

「そりゃあな。自らの過ちを認められないのが真の愚者だ」

「でも、それを認めちゃったら――」

 ナガヌマの自殺する理由がなくなってしまうのではないか。知識を提示する必要がなくなった今、ナガヌマの世界観の前提条件が崩れてしまうのではないか。

「いや、知識云々を差し置いても、この世界は僕にとってあまりに煩すぎる。さっきの例を借りるならば、先人の遺した知識さえも知らない人間ばかりなんだ。知識を提示するのはあくまで副産物のつもりだった。本来の目的はこの世界からの逃避にある」

「ぷっ」

「何が可笑しい」

「いやぁ、だって、もっともらしく言ってるけどさ。結局あたしと同じ理由なんじゃん。自殺の」


※ ※ ※


 永沼がすぐに了承してくれたのはかなり驚きだった。絶対に断られると思ってどのようにすがりつくかだけ考えていたのに、一番最初に返ってきた返信が「わかった」だった。

 もちろん、それだけで「あいつは根はいいヤツなんだな」なんて安易な考えはしないが、少なくとも今この状況において協力的になってくれていることには心から感謝をした。

 夕飯は部屋に籠っていると母親が部屋の前に置いていく。今日はビーフシチューらしい。佐藤と違って母親は料理があまり得意ではない。味が濃すぎたり、薄すぎたり、具の大きさがバラバラで食べにくかったり。もちろん、何も作れない私が言えることじゃないけど。

 食べ終わった食器を部屋の前に戻した私は、小さな明かりしかついていないベッドに戻って、再びスマホをいじり始めた。

 ――福原からメッセージが届いていた。さっき永沼たちに頼んだ話のことかと思ったが、そこにはこう書いてあった。


『大丈夫?学校来れそうにないなら無理しないでいいから(笑った絵文字)いっぱいお休みしてからまた一緒に話そーね』


 まさかこんな励ましの言葉を受け取る側になるなんて、ちょっと前は思ってもみなかった。部室で話してるときはウザそうな女だなあ、くらいにしか思ってなかったけど、まさか自分から励ましのメッセージ送ってくるなんて。私の連絡先知らなかっただろうに、杉田あたりからわざわざ聞いたのかもしれない。

 引きこもり始めてから、というか自殺未遂してから、全ての考え方が変わった気がする。もちろん死ぬのは怖いし、自殺なんてやろうとしなきゃ良かったと心底思うけど、でも「人生」とか「他人」を考え直すきっかけにはなったと思う。

 これからも私は生きたい。生きて、自分の人生を大切にしたい。私を助けてくれた人に恩返しをして、他人に迷惑をかけず、他人の力になれるような人になりたい。

 だからこそ先生に殺されるわけにはいかない。先生、あなたは私にとっての神様であり、同時に悪魔でもあります。確かにあなたの考え方は正しいのかもしれない。生きたいなんて利己心の塊かもしれない。

 でも私は生きます。この際利己心でもエゴでもなんでもいい。なんだったら魔女と揶揄されても構わない。私は生き、そして――自殺部のメンバーの自殺をやめさせる。

 私も一瞬本気で死にたいと思ったから、その気持ちは分かる。でも死んでしまったらきっと後悔する。本人も、周りの人も、私も。

 本人たちからも嫌われるかもしれない。「せっかく助けてやったのに恩を仇で返す気か」と言われてしまうかもしれない。

 でも私は彼らに彼らの人生を生きていってほしい。私が生きたいと願うように、彼らも生きたいと思う日がきっとくる。そう信じているから。

 ああ、神様。私は間違っているでしょうか。

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