作戦会議

「なるほどねえ、アスカも面白いこと考えんじゃん」

 昼休み、屋上へと続く階段で自殺部の四人で集まっていた。なんで屋上じゃなくて階段かっていうと、屋上は常に鍵がかかってて入れないんだよね。屋上に入れるのなんてアニメや漫画の世界だけ。

 あと、明日香ちゃんのことは先生の前で話すわけにもいかないから、こうやって昼休みに集まってるんだ。明日香ちゃんの作戦のことを、私と麻紀ちゃんはこの場で初めて聞いた。

「で、ナガヌマはオーケーしたの?その話」

 麻紀ちゃんは興味津々って感じで永沼くんのに近付く。でも、長沼くんはそれを嫌がるみたいにちょっと身を引いて、眼鏡を人差し指で直した。

「ああ。必死に命乞いをされたからな。条件付きで請け負った」

「条件付き?」

「そうだ。『必ず僕の自殺を成功させる』、そういう条件だ」

「はあ?」

 麻紀ちゃんは紙パックのジュースをもって腕をぶらぶらさせながら、横目で永沼くんの顔を眺めている。

「本当にあんたってナルシストっつーか自分本位っつーか……」

「ナルシストではない。自分の能力を評価しているだけだ。それに、人間というものは元来自己中心的なものだ。そもそも自己中心性というのは……」

「あーもー分かった!んなこと言われても分かんないわアホ!」

 悪態をつく麻紀ちゃんに対して、フンと澄まして他の方を向く永沼くん。私から見ると「喧嘩するほど仲がいい」っていう風に見えるんだけどな。

「……それでさ」

 すると、それまであまり話に加わってなかった進くんが声を上げた。なんだか、歯切れの悪い感じ。

「その、なんていうか、昨日からホラ、つ、付き合い始めたじゃない?俺ら」

「ああ。その話ね」

「言っておくが、僕はまだ参加するなんて一言も」

「うるさいなあ、どうだっていいじゃんそんなこと」

 ナガヌマくんは文句言いたげだったけど、進くんの話の途中だったからか、こちをつぐんで顎で話を進めるように促した。

「それでさ、綿貫の作戦だと俺、綿貫と付き合ってることになるだろ?それだとさ……」

 そこまで言ったけど、進くんは何故かそこからなかなか話を進めようとしなかった。なんか言いづらそうなことをためらってるような感じ。

「え?もしかしてススム、浮気になっちゃうかもとか考えてる?まじで?そんなこと気にしちゃうなんてススムもかわいいところあるんだ~」

「なっ!?……言い方が気に食わねえけど、まあ大体そんなかんじだよ。なんつーか、津田さんに悪いかと思って……」

 えっ、進くん、私の心配をしてくれてたんだ。……ってことはススムくん、私のことをちゃんと、その、彼女として見てくれてるってこと!?う、うれしいんだけどとっても恥ずかしい……。

「あはは、二人とも顔真っ赤!ほんとお似合いだね」

「う、うっせ」

 進くんも顔が赤くなってるんだ……だめ!まともに顔が見られない。

「で?ツキコはどうなの?彼ぴがアスカの恋人役やったら嫉妬しちゃう?」

 麻紀ちゃんがにやにやしながら聞いてくる。うぅ、その聞き方は販促だよぉ。もう耳まで熱くなって顔から火が出そうだったけど、必死で首を横に振った。

「じゃあ決まりだね」

 麻紀ちゃんが目線を送ると、進くんもしっかりと頷いた。なんだかんだ麻紀ちゃんが自殺部を取りまとめてくれてるような気がするなあ。

「じゃ、実行日時は――」

 そうして、「スキャンダル大作戦」の準備を着々と進めて、なんとか形にしたところで、昼休みはあと五分しかなくなっていた。……お弁当食べられなかった……。


※ ※ ※


 放課後。毎度のように部室に四人が集まる。先生はまだ来ていない。

 先生が来ていないからと言って、この部室では油断はできない。何せ改造したのは先生本人だ。盗聴器や監視カメラの一つや二つ付いていたっておかしくはない。

「さてと、じゃあまた自殺計画について話そっか。近日中に死にたい人はいる?」

 福原が椅子に腰かけた瞬間にそう切り出す。そう、綿貫の救出、仮交際(この件に関しては僕は断じて入っていない)と同時並行で、僕たちは僕たち自身の自殺について考えていかなくてはならないのだ。三人の顔を見るに、やはり綿貫以外に死ぬのをためらっているメンバーはいないようだ。

「とりあえず考えやすいのから考えていこうよ」

 杉田がそんなことを言う。どうやら、「死にたい」というよりは「いつ死んでもいい」という心持ちなのかもしれない。

「そもそも、みんなの希望ってなんだっけ。あたしとススムが人に迷惑かけて死ぬ、でツキコが人に迷惑をかけずに死ぬ、ナガヌマが有名になって死ぬ、だっけ」

 有名になる、と一括りにされるのが心外だが、まあ大まかにいえばそんなようなものだ。できるものならばコンピュータに意識を移植して世界中のコンピュータをハッキングしたりしてみたいものだが、残念ながら人の意識をコンピュータに移植する技術が今はない。

「じゃあ人数多いしあたしらの話しよっか」

 人数が多いと言ったってたった二人だろう。選考基準に異を唱えたかったが、ここで何か言ったところで妙な空気になるのがオチだろう。

「特定の人に迷惑をかける……確か永沼が殺人に仕立て上げればいいって言ったんだっけ」

「確かに、そのようなことを口にした覚えはあるな」

「具体的にはどうする?」

 どうやら僕に丸投げにするつもりらしい。他力本願というか、自分で考える気がなさすぎる。僕はこれ見よがしに大きい溜息をついてから説明を始めた。

「簡単なことだ。誰かが指紋が付かないようお前を殺し、凶器に犯人にしたいヤツの指紋を貼りつけ、僕らが犯人に疑いのかかるような供述をする。それだけだ」

「そんな簡単に言うけどさ、指紋なんて簡単に持ってきたり付けたりできるもんじゃないだろ」

 ……こいつは本当に推理ものやなんかを見ないらしい。僕も興味がある方ではないが、普通に過ごしてたら分かりそうなものだ。

「今は指紋の複製が簡単にできるんだ。犯人にしたいヤツの指の写真を撮り、裏サイトのようなところで頼めば数日で偽指紋が届く」

 もちろん、実際には闇サイトなどはどんどん削除されて目に見えるところはほぼないのだろうが、念入りに探せば一個ぐらい見つかったってよさそうなものだ。

「でもちょっと待った。それじゃ誰か別の人があたしらを殺さなきゃじゃん」

 そう来ると思っていた。なぜ「自殺」はいいのに「殺人」に抵抗を覚えるのだろうか。

「別にお望みならば僕が殺してやろう。刃物でも鈍器でも毒殺でもいいぞ。痛みが嫌だったら睡眠薬を飲めばいい」

 僕だって血に塗れるのは気が乗らないが、やる人がいないのではしょうがない。

「あと、最近だと監視カメラとかで分かっちゃうんじゃないの?」

「そこはうまくやればいい。例えば山の中で殺して後日見つかるように仕向けるなり、黒いフードを被って電車やバスをひたすらぐるぐる乗って回って途中で着替えたり、いくらでも方法はあるだろう」

 僕が一通り説明するとやっと納得した様子だ。

「実行したくなったらいつでも言ってくれ。僕はいつでも動ける」

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