疑い

 次の日、アスカは部活どころか学校にすら来なかった。朝のHRでは先生が「おうちの事情」とかって説明してたけど……まあ十中八九、先生のことが怖いからだろう。

 もしくはマスコミが押しかけてきていて来たくても来れない可能性もある。今朝のニュース番組はどれもアスカの家の前からの中継ばかりだった。学校の校門前にもまだたくさんの報道関係者がいて、正直すごい邪魔。

 それにしても、本当に先生のポーカーフェイスもすごいよなあ。自殺を扇動して、さらに生徒を殺しかけておいて飄々とHRやってるんだもん。異常というかなんというか……。

 ちなみに、あたしら自殺部のメンバーも部室以外ではなるべく接点を持たないようにしてる。ナガヌマはいっつも一人で本読んでるし、ツキコはぼーっとしてるし、ススムは不良っぽいのに絡まれてるし、あたしはあたしで上っ面の友達と仲良くするフリをしている。先生の演技力もさることながら、あたしたちもなかなか演技派だと思うんだけど。


 放課後、いつもみたいに部室に集合する。まあ、いつもと違って一人欠けてるけど。

 今日は最初っから先生も部室にいた。

「なんで綿貫さんは学校に来ないのかな?」

 先生はいつもの笑い顔を浮かべながらそう訊いてくる。笑ってはいるけれど、声はいつもより半音低くて高圧的だ。やっぱりアスカが逃げたことにうすうす感づいているみたいだ。

「多分、マスコミが多いので来れないのだと思いますよ」

 すかさず答えたのはナガヌマだった。やっぱりナガヌマはいつだって冷静だ。なんか癪だけど。

「昨日だって既に学校に大勢マスコミがいたはずだよ。それなのにそれを押し退けてまで来たじゃないか」

 ――完全に疑っている。先生の中ではもう黒なのだろう。

「それは……」

 ん?急にナガヌマが言葉を詰まらせた。おいおいおい、こうなることは分かってたじゃんか!まさかそんなことも予想してなかったわけ!?少しでもあんたに期待したあたしが馬鹿みたいじゃない!

「き、昨日はほら、病院から学校に来たから家から出るときにマスコミに捕まることはなかったっていうか……」

「なんだか苦しい言い訳だね?福原さん、何か知ってるね?」

 ダメだ、やっぱりあたしなんかじゃ先生を言いくるめられない。完全にナガヌマを信用し切ってた……。これはいよいよやばいんじゃ……手汗がやばい。

「……では本当のことを言ってもいいですか」

 !?ナガヌマ、あんた何言ってんの!?本当のことなんて言ったらアスカもあんたも、それどころかあたしら全員殺されるよ!ススムとツキコも流石に目を丸くして顔を真っ白くさせてるよ!

 先生は依然笑ったまんまだけど、少し口角を下げた。

「言ってくれ。その本当のこととやらを」

「では言います。綿貫が休んでいるのは、昨日先生に脅されたからです」

 ――本当に言いやがったこいつ。もう駄目だ。あたしら全員殺されるよ。痛みを感じながら死ぬのはまじで勘弁してほしい。先生に嬲り殺されるくらいならもう大通りにでも飛び込もうかな。

「つまり、やはり綿貫さんは死ぬのが怖くなって逃げた、と。そういうことだね?」

「いえ、それは違います」

 ナガヌマははっきりと否定した。もうさっきまでのおどおどした感じはない。どういうこと?

「綿貫さんは先生のことが好きだったんです」

 !??!!唐突に何言い出してるのこいつ。え、怖い怖い怖い。

「もちろん、LOVEじゃなくLIKEの方ですが。尊敬してるという言い方の方がいいかもしれません……とにかく、心酔していた先生が『脅し』という手段をとったことが、彼女にとっては酷いショックだったんですよ」

 ここであたしもなんとなく状況が掴めてきた。ナガヌマは最初からこれを狙っていたんだ。相手の言い分を一部認めて「実は」と話し出すことで、その後に話すデタラメの話に現実味を持たせるって算段だったんだろう。そうだと分かれば、あたしも「本当のことを話してる風の雰囲気」を出さなくちゃならない。

「本人からはそのことを先生には言わないでほしい、と頼まれていました。なので先ほどのような嘘を……すみませんでした」

「なるほど、筋は通っている。……まあいいや、事実確認は後でするとして」

 先生はまた笑顔の口角を少し上げた。場の緊張感がいくらか解けた感じがする。

「とりあえず、今日の部活を始めようか」

 先生が場を切り替えるためか手を叩く。ここで、あたしはちょっと試してみたいことがあった。

「先生、自殺部の活動について一つ提案があるんですけど、いいですか?」

「はい、何かな?」

 先生は柔和な笑顔を向けてくる。どうやらもう疑うのは完全にやめたらしい。

「死ぬ前にやりたいことをこのメンバーでやる、っていうのはどうでしょう。立つ鳥後を濁さず、というか、完全にこの世に未練をなくしてから死んだ方がいいのかなって思ったんですけど、どうですか?」

「うーん、まあ正直それは僕の思う『死の美しさ』というものにはあまり関係ないんだけど……。それで君たちの自殺へのモチベーションが高まるのなら、別にやっても損はないんじゃないかな」

 おー。なかなか思い切った案だと思ってたけど、結構簡単にオーケーが出たな。

「でも、やりたいことってなんなんだ?」

 ナガヌマが気難しい顔をして訊いてくる。

「いや、それはこれからみんなが出してくんだよ。そして最後、みんなのやりたいことが一つも出なくなったら、それが本当の死に時ってもんでしょ」

「じゃあ福原さん自身は何かやりたいことがあるのかな?」

 ナガヌマに続いて先生も突っ込んで訊いてくる。あたし自身のやりたいことねえ。まあいろいろあるんだけど一番はやっぱり……。

「誰でもいいから付き合ってみたい!」

 ……おいナガヌマ、今鼻で笑ったか?ススムとツキコはちょっと目を丸くしたかと思ったら顔赤くしてるし。反応に関しては似た者同士だな、あんたら。

「というか、福原さんって男と付き合ったことないんだ。なんか意外」

 おいススム、どういう意味だそりゃ。あたしのことビッチか何かだと思ってたんか。

「ギャル=尻軽女じゃないからなー。てかあたしはギャルっつー自覚もないんだけど」

「そういう意味で言ったんじゃないけどさ……。まあでも、俺もそういう願望はあるかもなあ。一生に一度くらい女の子と付き合いたいっていうのは」

 お、同意見者が出てきた。でもあとの二人はどうかな?ナガヌマはこういうこと興味なさそうだし、ツキコちゃんは奥手そうだし。

「僕はパスだ。興味ない」

 やっぱりね。ほんとつれないヤツだよこいつは……。

 んでツキコは……なんか言ってるけど聞こえないなー。それを見かねてススムが身を乗り出してツキコに近付いた。気きくじゃん。

「えーっと、私も、だそうです」

 ――ということはツキコも賛成か。これは意外。

「あ、でも待って。えー、このメンバーの中で、ということは私は永沼くんか進くんと付き合うことに……」

 ツキコの言葉を代弁していたススムが途中で自分の言っていることの意味を理解して恥ずかしがって黙っちゃった。ツキコもツキコで自分で言ったことなのに耳まで赤くなってるし。

 ま、つまりそういうことなのだよ。この四人のなかで付き合うといったら大体相手は決まってるようなもんで。それに――。

「あんたらお似合いだし、そこでくっついちゃえば?」

「え、ええっ!?俺とつ……津田さんが!?」

「だって、ススムがツキコの通訳買ってるわけだし、一緒にいた方が何かと便利じゃん?このメガネじゃあ絶対やってくれないよ」

 あたしが二人のお似合いさを説くと、二人は一瞬見つめ合ってまた赤くなってんの。本当お似合いだよ。

「つーことで、ナガヌマ、あんたはあたしとだ」

「パスすると言ったはずだ」

「人数が合わないんだからしょうがないでしょうが。それに、恋愛もできない男が『僕の頭脳を世に知らしめたい』だなんて、説得力ないよ」

「どうとでも言え。僕は参加しないからな」

「まあ、何を言っても強制的に参加させるけどね」

 ……さーて、これでまたこの自殺部も少し展開を見せていくんじゃないかな?死ぬまでの短い期間、存分に楽しまなきゃね。そしてあたしは綺麗な最期を遂げる。完璧な自殺計画だ!

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