失敗後
登校すると、校門の前に大勢の報道陣が詰めかけていた。報道陣に会うのも初めてなのに、こんなにたくさん集まっているのなんか見たことがあるはずがない。
テレビ局、新聞社、週刊誌……ありとあらゆる報道関係者が来る生徒来る生徒にマイクを向けていた。面白半分で答えている生徒が多い中、俺は差し出されたマイクをへし折るつもりで突っ込み、通り抜けた。
集まっている理由はとうに分かっている。綿貫明日香の自殺未遂に関してである。さっきの今でよくここまで集まるものだ。インタビューしながらも綿貫本人がやってくるのを今か今かと待っているのだろう。
当然ながら朝のHRには石井は来ていなかったが、教科担を持つ二時間目の授業では普通に授業を行った。
そして、三時間目の途中、急に外が騒がしくなった。恐らく綿貫が登校してきたのだろう。正門とは逆方向からシャッター音が聞こえるから、裏口から車で乗り付けたに違いない。三時間目の終わりに教室の後ろの入り口から入ってきた。
よくこの混乱の中、登校してきたものだ。報道陣もいて、クラスメイトにも好奇の目線を向けられる中、登校してくる理由とはなんなのか……。
俺にはなんとなくその理由が分かるような気がした。――そう、部活のためである。自殺が未遂に終わって、自身もどうしたらいいか分からないのだ。だから、自殺部で石井や俺たちに助けを求めにきたのだろう。
昼休み、質問責めにしてくるクラスメイト、いや、全校生徒を掻き分け、綿貫はどこかへ走っていった。多分トイレにでもこもったのだろう。その様子を俺含め自殺部のメンバーだけが気まずそうな顔で眺めていた。
午後の授業もクラス中そわそわとしながらも普通に進み、昼休みに逃げ出したのを見て生徒たちなりに察したのか、合間の休み時間には腫れ物に触るような対応だった。
HRが終わってすぐ、また昼休みのように綿貫は鞄を引っさげて廊下に飛び出していった。他のヤツらがひそひそ話に明け暮れている中、俺たち自殺部のメンバーは居ても立ってもいられずに、綿貫を追いかけて部室へと向かった。
俺たち四人が部室に着くと、綿貫が鞄を机に叩きつけていた。乾いた音が部屋中に響く。
「クソが!クソが!クソが!」
綿貫は眉間に皺を寄せ、奥歯をギリギリと噛み、髪を振り乱し、ひたすらその怒りを鞄にぶつけていた。そこにはもう、あのトップアイドルの面影はない。
と、叩きつけているうちにその力がだんだん弱くなっていき、遂には膝から崩れ落ちて頭を抱え込んだ。
「なんで……よりによって失敗なんか……」
俺は対処法が分からず突っ立っていたが、津田と福原は駆け寄って優しく背中をさすった。
※ ※ ※
明日香ちゃんはものすごく感情を表に出していた。背中に触るとずっと小刻みに震えてるのが分かる。何かに怒ってるのか、悲しいのか、悔しいのかは分からない。でも、多分私なんかじゃ受け止めきれないくらいの感情が明日香ちゃんからは溢れ出ていた。
しばらくして、明日香ちゃんもだいぶ落ち着いてきた。明日香ちゃんが普通に話せるくらいまでなったから、麻紀ちゃんと一緒に明日香ちゃんをソファまで運んだ。
「……にしても、どうするかね、この状況」
最初に沈黙を破ったのは永沼くんだった。
「ほんと、どーしたもんかね」
麻紀ちゃんも苦笑いをする。
今の状況は誰から見ても、私から見てもまずい状況だった。明日香ちゃん自身がどう思ってるか分からないけど、でも多分前より状況が悪化してると思う。
「……今すぐにでも死にたい……このまま生きてるなんてただの恥曝しじゃない」
明日香ちゃんは俯きながら、地の低い声でそうボソボソっと呟いた。前のキャピキャピした声が懐かしくなっちゃうくらい。
「ということは、自殺の直前に死ぬのが怖くなったわけじゃないんだな」
「怖いわけないでしょ。可能なら今すぐに包丁で首を掻き切るわよ」
永沼くんが確認すると、明日香ちゃんは手を握って親指を立て、首の前でスライドさせた。このハンドサイン、実際にやってる人初めて見た……。
「当たり前だけど、自殺しようとしたから監視の目が強くなってるのよ。ちょっとでも不審な動きをすれば誰かが飛んでくる」
そりゃあそうだよね。普通の人からしたら死ぬのはいけないことだもん。こうやって自殺について前向きに考えている私たちは特殊なんだ。
「その上、このままだと仕事もこれまで通りできないだろ」
永沼くんの指摘はもっともだ。テレビとかはちょっとでもまずいことをすると干されるって聞いたことがある。それが、今回の場合自殺未遂だ。今まで通りにやらせてもらえるわけがない。
「多分、事務所追い出されて、芸能界からは完全に干される」
明日香ちゃんはそう言って遠くを見つめた。
「ま、これで良かったんだよ。きっと」
「ちょっと待て」
明日香ちゃんの開き直った発言に永沼くんが待ったを掛けた。その時の永沼くんは、ちょっと怖い顔をしていた。
※ ※ ※
「ちょっと待て」
僕の力の入った声に全員がこちらを振り向いた。
「それだと自殺するつもりがない、ということになるぞ」
「……そう言ってしまえばそうなる……かな?」
このアイドル女、素だとやたらデカい態度の癖に自分の置かれた状況が分かってないらしい。僕は苛立ちを抑えるため、一度深呼吸をする。
「初日の先生の言葉を覚えてないのか」
そこまで言っても、まだ四人はきょとんとしている。あのショッキングな話をよくもまあ忘れられるものだ。
「この部活をやめようとしたヤツは殺す。そう言ったんだ。それが何を意味するか分からないのか」
そこまで言うと、綿貫以外の三人は顔に冷や汗を浮かべ始めた。
「で、でもあれって先生なりのブラックジョークだったり……」
「今までの先生の様子を見ていて本当にそう思ったか?」
福原が言うように、ブラックジョークである可能性もあるにはある。が、実際先生はいとも簡単にテレビ局に侵入したりしており、ただ者ではないのは明らかである。
「まあ、でも殺されるなら殺されるでアリだと思ってるから。元々死にたかったんだし」
綿貫だけはまだヘラヘラとしている。しかし、今は死ぬ死なないだけの問題ではないのだ。
「お前、先生がやったっていう連続殺人の内容を知らないのか!?」
「……知らない」
「少女の遺体は皆、拷問された痕があったんだ。そして一部は……犯されていたんだ」
「な……」
やっと本人も青ざめた。そう。先生の手にかけられたが最後、ただ死ぬだけではなく精神的苦痛をひたすらに与えられ続けて死ぬのだ。それこそ気が狂うほど……。
あのニヤけた顔の奥にあるのは狂気の塊だ。それこそどんな殺し方をされるか分からない。
「ご明察」
真後ろから声がして咄嗟に振り向くと、いつの間に入ってきたのか、先生が目をギラギラさせて立っていた。それは清々しいほどに――そして恐ろしいほどに笑みを浮かべている。
「……先生、どこから聞いていましたか」
「うーん、僕に目を付けられたらただじゃ済まないってあたりからかな」
……それならまだ救いがある。もし自殺をする意志がない、という話を聞かれていたらジ・エンドだった――。
「じゃあ、そういうことで綿貫さん、少し話そうか」
先生のその一言で、綿貫の顔から血の気が完全に引いた。
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