6

「世之介!」

「お父っつあん! どうして?」

「御老公様の通信で、お前がここにいることを知らせて貰ったのだ。大慌てで、御用船に飛び乗って、この──番長星──まで来ることができた! 心配したぞ!」

 一息で捲し立て、父親は太った身体を折り曲げ、苦しそうにぜいぜいと荒い息を吐き出した。

 ちらりと世之介の背後に立っている杖を手に持った老人を見て、顔色を変えた。

「これは、御老公様!」

 ぺたりと膝をつき、土下座する。光右衛門は膝を下ろし、優しく肩に手をやった。

「但馬屋さん。お立ちなさい。わしはこの場では、ただの越後屋の隠居。しのびの旅でございますからな、そのような大袈裟な真似は迷惑ですぞ!」

「へえ……?」

 ゆっくりと父親は顔を挙げ、立ち上がる。光右衛門は思い出した、という顔付きで話し掛けた。

「そういえば、息子さんに十八の春を迎える前に初体験を済ませなければ廃嫡、勘当を申し渡すと申し渡したそうな」

 光右衛門の指摘に、父親は顔を真っ赤にさせ、恥じ入った。

「そ、それは……」

「なんでも、息子さんは十七になっても尻の蒙古斑が消えず、初体験を済ませないと消えないと聞きましたが、本当ですか?」

 父親は巨体を大いに縮めて見せた。

「は、それが但馬屋代々の体質でございまして……」

「見たいですな。その青痣を」

 光右衛門の言葉に、世之介は仰天した。振り返ると、光右衛門は大真面目であるが、背後の助三郎、格乃進は笑いを堪えるのに必死だ。

 世之介は怒りに顔が火照るのを感じた。

「そうかい……そんなに見たいなら、見せてやろうじゃないか!」

 勢いで、その場で尻を向け、袴を脱ぎ去り、尻ぱしょりをして見せる。ぐいっと褌を降ろし、尻を突き出す。

「さあ、これが俺の青痣だ! とっくりと拝みやがれっ!」

 しいーん、と静寂が支配する。

 ぽつり、と光右衛門が呟いた。

「どこにあるのです? 青痣など、見えませんが」

「えっ?」

 世之介は急いで振り向く。父親の七十六代目・世之介は目を丸くしている。

「お父っつあん?」

 父親は、ぶるぶると首を忙しく振った。

「無い! お前の青痣が消えている! お前、いつ初体験を済ませたんだ?」

 父親の目が、その場で呆然と立っている茜に向かった。「ははあーん」と一人で納得した顔つきになる。

「そうかい、そういう次第かい……お前も、ご先祖様に恥じず、手が早い……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! あたしゃ絶対、そんなこと……」

 話題の茜は目を怒らせた。ある考えが茜の脳裏に浮かんだようだった。

「あたしも聞きたいわ! まさか、狂送団の女たち……!」

「馬鹿を言うな!」

 世之介は絶叫した。急いで衣服を元に戻すと、両手を広げ喚く。

「俺は、ずっと〝伝説のガクラン〟を着ていたんだ! 脱ぐこともできなかった! そんな真似、出来るわけない!」

 光右衛門が「かっかっかっかっ!」と乾いた笑い声を上げた。

「世之介さんは、大人になったのです! 初体験をしようが、しまいが、立派な大人に番長星で成長したので、青痣が無くなったのでしょう。但馬屋さん、世之介さんは立派な跡継ぎになりました。違いますかな?」

 じわじわと理解が父親の顔に差し上った。世之介を見詰め、話し掛ける。

「世之介、お前、但馬屋に帰るんだ! お前は立派な跡継ぎとなった……」

 世之介は、即座に返答する。

「厭だ! 俺は、家には帰らない!」

 父親は仰天した。

「何を戯言を……。お前、本気かえ? 家に帰らず、何をするつもりなんだ?」

 世之介の視線が、茜の視線と絡み合う。

「俺も番長星に留まりたい! そして番長星の人間が一人立ちできる手伝いをするんだ。お父っつあん。ついては頼みがある」

 父親は、ごくりと唾を飲み込んだ。

「頼み?」

 世之介は笑った。

「そうさ。お上は番長星に援助をするそうだ。しかしお上だけでは心もとない。但馬屋の財力なら、充分な援助が可能だ。援助だけじゃない。これは新しい商売のタネになるんじゃないのか?」

 とっくりと考え、父親は頷いた。表情が、商売人のものになっていた。

「そうだね……。お上のお声掛かりとなれば、出入りの商人だって一口噛むのは当たり前だ。それに但馬屋の一番乗りが叶えば……」

 にっこりと笑顔になった。ぽん、と自分の胸を叩き請合う。

「判った! 但馬屋、番長星への立ち直り事業に一番乗りをするぞ!」

「目出度い、目出度い! これで万事、万々歳と相成りました! ついてはお手を拝借……」

 イッパチが、しゃしゃり出る。全員、笑いながら一本締めの用意をした。

「よーい!」

 イッパチの合図で、しゃんと一本締め。

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