6

 無数の微小機械が形作る仮想空間に、世之介は立っていた。いや、漂っていた。

 周りには微小機械が無数の結節点ノードを作り、大量の情報データが津波のように押し寄せ、微小機械が盛んに活動していることを示していた。

 世之介は仮想空間で大声で叫んだ。

 ──やめろ! もう充分じゃないか! お前たちの役目は終わったんだ!

 ざわざわざわ……と、無数の結節点が不満を訴えるかのようにざわめいた。

 ──いやだ! いやだ! 我々は永久に活動する! まだ終わらない!

 微小機械の感情が、無数の針が突き刺さるように世之介の全身を襲う。苦痛に、世之介は身悶えた。

 ──違う! 番長星の人間は、お前たちを必要としていない!

 怒りの感情が仮想空間に充満した。

 ──嘘だ! 番長星の全員は、我々の助けなしでは生きてはいけない。我々がいなければ、明日から先どうなる?

 世之介は、必死に訴える。

 ──自分の力で生きていける!

 微小機械は、狡猾そうな感情を込めて囁いた。

 ──お前は〝伝説のガクラン〟で強力になった。そうじゃないか? ガクランを身に着けていたくはないのか?

 蠢く微小機械の結節点は集合し、仮想空間にある形を作り始めた。

 世之介は大きく目を見開いた。

 何を、俺に見せようとしている?

 結節点が集まり、密度が濃くなり、ある形に纏まっていく。世之介は愕然となった。

 微小機械は茜の姿を取り始めたのだ。

 ──世之介さん……。

 茜の瞳が、熱っぽく世之介を見詰める。唇が半ば開き、目を閉じ、頬がほんのり紅潮した。

 ──キスして……。

 世之介の全身が、かーっと熱くなる。微小機械が囁いた。

 ──〝伝説のガクラン〟を身に着けている限り、世界はお前のものだ。それに、この娘も──娘が欲しくはないのか? 女という女は、お前の奴隷となるんだぞ!

 微小機械は、狂送団マッドマックスの首領の妻たちの姿を見せてきた。数人、いや数百という女たちが、世之介に向けて色っぽく身体をくねらせ、おいでおいでをしている。

 目を背けるのは不可能だった。目を閉じようとするのだが、微小機械は仮想空間での世之介の随意反応を制御し、瞼を閉じるという簡単な動きすらさせてはくれない。

 対抗できるのは、意志の力のみ!

 世之介は全身全霊を込めて反発した。

 ──俺は──伝説の──ガクランなど──欲しくはない!

 まるで決壊した奔流を、素手で塞ごうとしているような、頼りない抵抗であった。が、世之介はありったけの意思の力を振り絞り、微小機械の誘惑に耐えた!

 僅かではあるが、世之介の腕が動き始めた。指先が、ガクランの釦に掛かる。

 指が釦を弄った。

 ──あと少しだったのに……。

 微小機械が、悔しそうな溜息を漏らした。

 世之介は解放された!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る