銀河の副将軍
1
校舎の建物を回って校庭──駐車場になっている──へ出ると、乱痴気騒ぎが始まっていた。
だだっ広い校庭の真ん中には色とりどりの衣服が山積みにされ、無数の男女が夢中になって衣服を手に取り、試着している。
時刻はすでに夕刻近く、橙色の空を背景に、蠢く男女は黒々とした影に見えていた。駆け込んだ光右衛門を先頭に、一同は呆然と立ち尽くす。
イッパチがあんぐりと口を開け、叫んだ。
「いってえ、何がおっぱじまったんで?」
助三郎が両目を光らせ、呟いた。
「奴らが手にしているのは、制服だ! 学生服に、セーラー服らしいな……」
助三郎の言葉通り、山積みになっているのは様々な色、デザインの学生服とセーラー服であった。山に群がった男女は、頬を興奮に真っ赤に染め、手に触れた服を大慌てに身につけている。
木村省吾が「あっ」と叫んだ。
「あれは……わたくしが計画していた〝伝説のガクラン〟〝伝説のセーラー服〟計画の制服です!
制服の山に取り付いている男女は、手にした服を身に着けた途端、ぱっと顔を輝かせ、胸を張り、全身に自信を漲らせて大股で歩き出す。
服を身に着けた同士、顔を合わせると、ばちばちと視線に火花を散らし、大声で怒鳴り合う。
「俺は〝伝説のバンチョウ〟だ!」
「何を言う! 俺こそ〝伝説のバンチョウ〟だぞ!」
「なにいっ!」
お互い敵意を顕わにし、歯を剥き出し、啀み合う。
男ばかりではない。セーラー服を身に着けた女同士、同じような場面が展開していた。
「あたいが〝伝説のスケバン〟だよっ!」
「馬鹿ぁ言ってんじゃないよっ! あたいこそ〝伝説のスケバン〟だよっ!」
あちこちで取っ組み合いが始まっていた。わあわあと喚き声と、激しい罵り合いの声が入り混じり、阿鼻叫喚の巷である。
眼前の光景に、省吾はへたへたと力なく座り込んだ。
「なんてこった……。折角の計画が、これでは何のために努力したのか、判らない……」
光右衛門が疑問を呈す。
「世之介さんの性格を読み込んだガクランなのに、あの大騒ぎは、どうしたことです? 身に着けたなら、世之介さんの真面目な性格が乗り移るのではないでしょうか?」
省吾は顔を挙げ、ぶるぶると何度も横に振った。
「違うのだ! あの後、風祭が微小機械の水槽に飛び込んでしまったので、風祭の性格が上書きされてしまったんだ……。ああ、最悪の結果になってしまった……」
世之介は省吾を無感動に眺めていた。ふとあることに気付き、声を掛ける。
「制服の生産を止めることは、できないのか」
省吾は「えっ」と顔を上げた。世之介は制服の山を指さす。
「見ていると、あの山が大きくなっている。微小機械の生産が続いているらしい」
よろよろと省吾は立ち上がり、頷いた。
制服の山は、世之介の指摘通り、むくむくと膨れ上がり、群がる男女が奪っても奪っても高さは減らない。どころか、更に大きくなっていく。
「まさに、その通りです……。微小機械が、あらん限りの能力を振り絞って、全力で制服を生産しているんです! 駄目だ、わたくしには止められない!」
言うなり、両手で顔をがばっと覆い、すすり泣いた。
その様子を厳しい目付きで見ていた光右衛門は、無言で杖を手に歩き出す。光右衛門が近づくと、制服を身に着けた男女が、敵意を顕わにして近づいてきた。
「なんだ、爺い! あっちへ行け!」
近づいてきた一人の額を、光右衛門は発止と手にした杖で叩いた。叩かれた相手は「うわっ」と悲鳴を上げ、飛び退いた。それを見て、周りの人間が怒りに伝染したように、次々と飛び掛っていく。
光右衛門は、杖を揮って次々と打ち払う。助三郎と格乃進もまた、光右衛門の周りを固め、素手で飛び掛ってくる相手を打ち据えている。
たちまち三人の周りには、打ちのめされた相手が、呻き声を上げ横たわった。
光右衛門は助三郎と格乃進に声を掛ける。
「助さん、格さん。もう、宜しいでしょう」
「はっ! ご隠居様!」
格乃進は力強く頷くと、すっくと光右衛門の前に立ちはだかり、大音声で叫んだ。
「控えよ! 控え、控え──いっ!」
助三郎も大口を開け、大声を上げる。
「ええいっ! 静まれ、静まらんか!」
二人の賽博格の出した大声に、その場にいた全員の動きが止まった。皆、ポカンとした表情で、三人を見守っている。
格乃進は、
「この
立体映像投影装置が投射したのは、巨大な「三つ葉葵」の紋所であった。
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