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 頭上から近づく巨大な質量を感じ、世之介の意識が山肌を見上げた。

 真っ黒な雪崩のように落ちてくる微小機械の中に、風祭の変貌した巨体があった。すでに、風祭の姿は人間とは言いがたい。全身を覆う真っ黒な鎧に、憤怒の表情が固まったままの仮面。まるで怒りの化身そのものである。

 ぐわーっ、と咆哮を上げ、風祭は山肌を疾走していた。足下は大量の微小機械が津波となり、あらゆる物質を呑み込み、同時に大量の生活必需品を生産していた。

 微小機械が通りすぎた後は、無数の衣類、食糧、小物、嗜好品、装飾品などの雑多な商品が残されている。すでに生産計画など無視された、際限無しの濫費が始まっていた。

 世之介の意識は、大津波のように押し寄せる微小機械に向けられていた。微小機械は、ありとあらゆるものを貪り、生産するという、圧倒的な欲求に駆られている。

 世之介は何とか、微小機械の爆嘯を抑えるべく、意志の力による説得を開始した。

 ──やめろっ! このままでは、番長星がお前たちに総て呑み込まれてしまう。それはお前たちの目的なのか?

 微小機械は一斉に、世之介の語り掛けに応える。

 ──呑み込め! 取り込め! 急げ、急げ! 間に合わない! 産み出せ、作り出せ、俺たちは最高の工場だ!

 微小機械の意思は、目的地のない無自覚なものだった。世之介は必死になって、微小機械を制御しようと、意志の力を振り絞る。

 世之介は気付いた。微小機械の暴走を推し進めているのは、風祭の意志の力であることを。風祭の自己肥大した、強さへの憧れが、微小機械の暴走を後押ししているのだ。

 世之介は風祭に近づく、もう一つの存在を感知していた。

【バンチョウ・ロボ】であった!

 のしのしと歩く巨大な番長の姿をした【バンチョウ・ロボ】は、風祭の前方に立ち塞がり、待ち受ける。

 ぐっと腰を低く構え、緊張をほぐすためか、こきこきと音を鳴らして首の辺りを、しきりと廻している。ひどく人間臭い仕草であった。

 風祭もまた【バンチョウ・ロボ】に気付いた様子だった。疾走をやめ、慎重に相手を窺う仕草を見せる。

 世之介の意識が、【バンチョウ・ロボ】の操縦席に入り込む。操縦席では、勝又勝がこれからの戦いの予感に興奮し、ごつい顔に滴るような笑顔を見せていた。

「面白え……面白え……! こいつを【ウラバン】から預かったときには、こんな面白え戦いができるとは思ってなかったが、こりゃ、堪えられねえぜ!」

 風祭は猫が獲物を狙うように、静かに待ち受ける。すすす、と巨体が、音もなく地面を踏み、あっという間に接近してくる!

 操縦席の勝の表情に緊張が走った。ぐっと全身に力を込め、風祭と【バンチョウ・ロボ】の激突に身構えた。

 ぐわしゃーんっ! と、派手な音を立て、二体が猛烈な勢いで激突を繰り広げた。衝撃で、ばらばらと風祭の全身から、微小機械が細かな破片となって転げ落ちる。

 ぐわああーっ、と【バンチョウ・ロボ】は喉の奥から絶叫し、片腕を振り上げ、ぐっと握り拳を作って風祭の顔面に叩き込んだ。

 がきーん、と鉄板を殴りつけるような音がして、風祭の顔が横を向く。風祭は一瞬、くらくらとなったようだった。

 だが、即座に立ち直り、瞬時に反撃を開始した。風祭もまた、握り拳を固め、【バンチョウ・ロボ】に殴りかかる。が、風祭のほうは両方の拳を猛烈に回転させ、連続して叩き込んだ!

 まるでマシン・ガンの連射を浴びたように、【バンチョウ・ロボ】は、ぐらぐらと上体を泳がせ、後方に吹っ飛んだ。

 吹っ飛んだ先は、【ツッパリ・ランド】の校舎の建物であった。

【バンチョウ・ロボ】の巨体がめり込み、建物の壁に放射状に罅が入り、窓ガラスが四散して、建物の中から悲鳴が上がった。

 世之介は意識を分散させ、避難していた助三郎たちに集中させた。立体映像を投影し、自分の姿を出現させる。

「助三郎! 格乃進! あの怪物は、風祭なんだ! 風祭をなんとかしないと、微小機械の暴走は止められない!」

 世之介の呼びかけに、二人の賽博格は仰天した。

「世之介さん……。どういうことだ? 説明してくれ!」

 助三郎の言葉に、世之介は強くかぶりを振った。

「今ここで説明している暇はない! ともかく、二人の加勢がいる!」

 光右衛門が二人に命令した。

「二人とも躊躇している暇はありませんぞ! ともかく、世之介さんに従うのです!」

「はっ!」と短く答え、二人は一瞬のうちに加速状態に入っていた。そのまま超高速で、戦う二体の怪物に向かっていく。

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