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 だん、だあん!

 遠くから、二人の賽博格サイボーグが壁を蹴り、空中を飛翔して遠ざかっていく音が聞こえている。音は、さらに遠ざかり、遂には聞こえなくなった。

 世之介は、がくりと首を垂れた。

 全身が鉛のように重くなっている。腹這いになり、びちゃびちゃと音を立て迫ってくる微小機械ナノ・マシーンの群れを、凍りついたように見詰めているだけだ。

「おいっ! どうした、そこにいる奴! 何とか返事しろ!」

 世之介は、のろのろと首を挙げ、制御室の画面を見上げた。画面には勝又勝の厳つい顔が大写しになっている。

「微小機械が……」

 世之介は絶望感に、小声で呟いた。勝は画面に顔をさらに近づける。もはや画面から、はみ出そうだ。

 鼻の穴がおっ広げられ、鼻毛が一本一本、見分けられるのを、世之介はぼんやりと見詰めていた。

「茜はどうしたっ! そこにいないのか?」

「あいつなら、逃げたよ……」

 勝は世之介の要領の得ない答えに、苛立つ表情を見せ、唸り声を上げた。

「もう我慢できねえっ! 今から俺が、そっちへ行くぞ!【リーゼント山】にいるんだろう?」

 世之介は答える気力を喪失していた。勝は不意に穏やかな口調になって、下手に出る作戦になったらしい。

「なあ、お前……。茜とは、どういう関係か知らん。だが、俺は、あいつの兄だ。なんとか助けたいんだ。だから、お前に頼む。制御卓の前に来てくれ!」

 脱力感に苛まれつつ、世之介は最後の気力を振り絞り、さっきまで省吾が座っていた制御卓へと近づいた。一歩、一歩が果てしなく遠く感じる。

 卓の椅子に座り込む世之介を、勝が心配そうに見守っていた。

「どうした、酷い顔色だぞ?」

 世之介は疲れ切った声で返事する。

「疲れているんだ……俺は、もう動けない……眠い……」

 ぐらぐらと頭が揺れる。実際、眠りの衝動が、すぐそこまで近づいているのを感じる。勝は苛立たしげに叫んだ。

「眠るんじゃねえっ! いいか、お前が協力してくれないと、俺は動けねえ。頼む、お前の前にある赤い把桿を入れてくれ」

 揺れる視界の中で、勝の指示した赤い把桿を探す。

 あった。世之介の真ん前にある。把桿スイッチには透明なカバーいがあり「バンチョウ・ロボ射出把桿」と説明文があった。

「これを、どうするんだ?」

 世之介の質問に、勝は簡潔に答えた。

「押せば良い!」

 ゆっくりと手を伸ばし、指先で世之介は覆いを撥ね上げる。把桿は世之介がぐいっと押した瞬間、内部の燈火ランプが点灯し、赤く輝いた。


 びいいいいーっ!


 制御室内部に、けたたましい警告音が鳴り響いた。怖ろしいほどの音量に、世之介の睡魔は吹っ飛んでしまう。はっ、と顔を上げ、他の表示装置に目をやる。

 ぱっ、ぱっと幾つかの表示装置の映像が切り替わり、校舎を外から撮影する撮像機の眺めになった。

 校舎の中央にある時計台が、動き出している。前面の壁がぱくりと開き、内部の吹き抜け構造が顕わになった。画面下方では、驚き騒ぐ人間たちが、豆粒のように見えている。

 画面には、番長星の象徴である伝説のバンチョウを模した立像が聳えていた。

 真っ赤なガクランは、今にも足を挙げ、動き出しそうな躍動感に満ちている。


 いや!

 立像は、実際に動き出した。

 ぐい、と片足を上げ、ずしんと地面を踏みしめる。

「わははははっ! 動いたぜ!」

 勝は画面の中で哄笑していた。画面の外から、何かの表示装置らしき照り返しが顔を輝かせている。手許が素早く動き、機械を操作しているようだった。

「俺は、バンチョウ・ロボのパイロットだ! さあ、何だか知らねえが、大変な事態が起きていると【ウラバン】の奴は、ほざいていたな! 安心しろ! 今すぐ助けに行くぜ!」

 そうか、あの立像は、実は傀儡人ロボットだったのだ……。勝は傀儡人──バンチョウ・ロボと呼ぶらしい──のパイロットなんだ……。

 霞む意識の中、世之介はやっとそれだけを考え、ぐらりと倒れ掛かった。画面の中で、勝が驚きの表情になった。

「おい! 大丈夫か?」

 横倒しになる世之介の視界に、徐々に迫ってくる微小機械の、真っ黒な光沢が近づいてきた……。

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