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思い切り扉を押し開くと、その音に頭目と母親がギョッとなって、世之介に顔をねじ向ける。
「ママ! こいつだ! こいつが、僕ちゃんを虐めたんだ!」
頭目が口を一杯に開き、目をまん丸に見開いて喚いた。顔には恐怖の表情が貼りつき、血の気は引いて、真っ青になっている。
運転席から身体を捩り、母親は憤怒の表情を顕し、世之介を睨みつけた。母親の怒りの表情のほうが、頭目より数十倍も迫力があった。
「お前かい? あたしの可愛い拓郎ちゃんを虐めたのは! 許さないよ!」
驚くほど身軽に、母親は一挙動で運転席から飛び出してきた。ぱっと居間に飛び降り、がばっと両足を開き、身構える。
「そっちから仕掛けたんだろう? 売られた喧嘩は、買うのが筋ってもんだ!」
世之介の返答に、母親は益々かっかと熾き火のように顔色を燃え上がらせた。
化粧をたっぷり塗りたくっているのに関わらず、どす黒く鬱血した顔は、まるで仁王である。いや、むしろ歌舞伎の隈取のようで、凄い迫力だ!
頭目は、すでに運転席へ避難して、ぶるぶるガタガタ震えて隠れている。
真っ黒な衣装を身に纏う母親の姿は、まるで
母親の両手がぎりぎりと世之介の首根っこを掴み、猛烈な速さで振り回す。だだだっ、と両足が動いて、世之介の背中を、運転席の壁に叩き付けた。
衝撃に、世之介は息が詰まった。
「死ねえ……!」
ぐいぐいと母親は両手を使って、世之介の首を締め付ける。世之介の両足の爪先が、床から浮き上がった。頚動脈が圧迫され、どかんどかんと血流が頭の内部で反響している。
必死の努力で、世之介は足を持ち上げ、ぐっと力を込めると、蹴り上げた。
「うわあっ!」
母親の巨大な身体は、一蹴りで反対側の壁へと叩きつけられる。
どすん、と大きな音が響き、天井のシャンデリアがチリチリと音を立て、派手に揺れた。
そこへ、二人の賽博格が飛び込んでくる。
「待て、それまで! こんな狭い所で暴れるのは危ないぞ!」
助三郎が大きく両手を広げ、制止する。
母親は、ぐいっと二人に顔をねじ向けた。
「なあんだい、また新手かい?」
格乃進は穏やかに話し掛ける。
「われわれは、旅の者だ。走っていたところ、いきなり襲われ、やむなく反撃した。だが、それは本意ではない。われらは【ツッパリ・ランド】の〝ウラバン〟とやらに非常に興味を持っている。そなたが〝ウラバン〟と懇意なら、教えて欲しい。いったい〝ウラバン〟とは、何者なのだ?」
ひくひくと母親の唇が痙攣した。
「〝ウラバン〟の正体を知りたかったら、【ツッパリ・ランド】へ行くこった! しかし、生きて帰れると思うなよ! 〝ウラバン〟は、あたしらの味方さ! あたしが連絡したから、あんたらは〝ウラバン〟にやっつけられる手筈になってるんだ! いい気味さ」
運転席から頭目が叫ぶ。
「ママ! その二人は、もっと手強いよ! きっと賽博格なんだ!」
「何っ!」
母親は驚きの表情を浮かべ、頭目に尋ね返した。
「本当かい? その二人が賽博格ってのは」
頭目は震えながら答えた。
「そうさ! 隆志って〝ウラバン〟の手下が、そいつらのことを報告しているんだ。賽博格相手じゃ、いくらママだって敵わない。ねえ、逃げようよ!」
「くくくっ!」
母親は、ぐっと睨み返すと、さっと運転席に立ち戻る。
一声「おさらばだよ!」と叫ぶと、ぐいっと手元の
がくん、と衝撃が走り、目の前の運転席が出し抜けに離れていく。輸送車の前部分の接続を切断したのだ。
見る見る先頭部分が後部と離れ、前方へと小さくなっていった。世之介の立っている後部には動力源がなく、従って、どう対処することもできない。
三人は呆然と遠ざかる先頭部分を見送っていた。
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