2
運転席は広々としている。
大きな窓に、運転席と様々な計器が並ぶダッシュ・ボード。運転は無人で行っていると見え、席には誰も座っていない。
運転席の後ろに、数人が掛けられるほどの巨大な長椅子があって、そこは小さな居間ほどはあった。
天井からは、きらきらと輝くシャンデリアが垂れ下がり、車の震動に微かに左右に揺れている。
長椅子には、頭目がいた。頭目を優しく抱きかかえるように、母親らしき女が背中を見せて座っている。
頭目は母親の膝に顔を押し付けている。母親は頭目の数倍ほどの巨躯で、真っ黒な衣装を纏っている。まるで、打ち上げられた鯨である。
頭目は啜り泣きながら、母親に訴えている。
「僕ね、とっても良い子にしてたんだよ! 女たちも、全員平等に愛してたし、手下にだって舐められないよう、メンチを切っていたし……なのに、なんで、あいつは僕を虐めるの? 悔しいよう……!」
「おえっ!」と世之介の口中に、苦いものが込み上げてきそうになる。明らかに四十代後半と見える頭目が、まるで小さな子供のように母親に甘えているのを見るのは、ぞっとする眺めである。
母親は頷きながら、頭目に話し掛ける。
「そうなの。悪い奴だねえ。そいつは、どんな男だったんだい?」
「若い奴さ! ひょろひょろの、優男でさ。ところが、とっても強いんだよ! 真っ赤なガクランを着ていて、背中に〝男〟って刺繍がしていたよ!」
頭目の説明に、母親はギクリと身を強張らせた。
「何だって? 〝男〟の刺繍がしてあった、真っ赤なガクランって言ったね?」
「そうさ、どうしたのママ?」
頭目は母親の態度の急変に、上体を持ち上げ顔を上げた。
世之介は驚いた。
頭目の、右目の眼帯がない! しかも、右目はパッチリと見開いている。
片目ではなかったのだ! つまり、片目に見せかけ、歴戦の勇士に見せかけていたのだろう。
母親はぐっと顔を上げ、何か考え込んでいる様子だ。角度が変わり、世之介はハッキリと、頭目の母親の横顔を見ることができた。
ぐっと張り出した獅子っ鼻。真っ黒な眉毛は太く、ぴんと急角度に持ち上がっている。
分厚い唇に、巨大な顎の持ち主で、食い縛った歯は碁石のように大きい。岩だろうが鉄だろうが、平気で噛み砕いてしまいそうだ。
それに、ドギツイ化粧! まるで、ありったけの化粧品を顔中に塗りたくったかのようである。
「それは〝伝説のガクラン〟ってやつさ! そのガクランを身につけると、信じられないような力を得ることができるって噂だ。あくまで噂だと思っていたけど、本当に存在したんだねえ……」
母親は立ち上がる。が、巨大な身体つきのため、完全に立ち上がることはできず、中腰の体勢だ。その中腰のまま、運転席へと身体を捻じ込むように移動して座り込んだ。
運転席で、何か操作している。
マイクを握っている。ということは、どこかへ送信するのか?
母親は、ぐいっとマイクを握りしめ、話し掛けた。
「こちら〝ビッグ・バッド・ママ〟。緊急の要件あり! 〝ウラバン〟応答願います!」
〝ウラバン〟!
世之介は、二人の賽博格と顔を見合わせた。
助三郎と格乃進は、真剣な表情になっている。
「こちら〝ウラバン〟。何だね、緊急の要件とは?」
「〝伝説のガクラン〟が出現しました! うちの拓郎ちゃんが、そいつに襲われ、瀕死の重傷を負ってます! 仇を討ってくださいますか?」
瀕死の重傷だって?
世之介は、あまりに大袈裟な母親の表現に、真底あきれ果てた。
ようし、それなら本当に瀕死の重傷にしてやろうじゃないか!
世之介はドアの取っ手を握りしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます