3

 客室の窓一杯に、惑星が浮かんでいる。番長星である。

 窓から番長星を眺め、光右衛門は感嘆の声を上げた。

「不思議な色の惑星ですなあ! なぜ、あのような色合いなのでしょう?」

 番長星は全体に菫色がかった色をしていて、霞のようなぼうっとしたかさまとっていた。時々、惑星の表面に奇妙な光が走る。助三郎が目を光らせ、光右衛門の質問に返答する。

分光スペクトル観測により、大気の主成分は窒素と酸素で、地球とほぼ同じです。但し、微量物質が大きく違い、ネオン、アルゴン、ヘリウムなどの稀瓦斯が含まれております。主星の光も地球と違って御座いまして、それがあのような色合いを見せているのでしょう。さらに表面重力がやや小さく、そのせいで成層圏が地球より広がっております。それで霞のような光を纏っているように見えるので御座います」

 光右衛門が指を挙げ、さらに質問する。

「それでは、あの光はなんでしょう? 時々、虹色の光が走りますが」

極光オーロラで御座います。先ほども申し上げた通り、番長星の成層圏は大きく広がり、地球で申せば電離層の外側まで達しております。大気圏に含まれる微量物質が太陽からの高速粒子と衝突し、励起して電子を放出させます。それで光って見えるのです。地球では、極地方でなければ見られない極光が、ここでは赤道付近でも見物できます」

 助三郎が窓際に陣取り、目を光らせながら、滔々と捲し立てる。

 世之介が疑問の表情を浮かべたのを見てとり、格乃進は笑いながら説明した。

「我らは賽博格サイボーグだという事実を忘れては困るな。助三郎の人工眼球は、様々な波長の電磁波を感知できるのだ。分光観測など、お手の物なのだ」

 側で聞いていたイッパチが、ちょっと拗ねたような表情になって呟いた。

「そんなことくらい、杏萄絽偉童アンドロイドのあっしだって、できまさあ! ただ幇間というお役目柄、しゃしゃり出ることを控えているだけでげすよ」

 イッパチの口数が多い。不安に駆られている証拠である。もちろん、世之介も同じだ。これから、格乃進の説明した最後の手段を採らなければならないのだ。

 さすがに光右衛門は最長老だけあって、表情には何の不安も、一欠片だって表れていない。しっかりと床に立ち、片手に旅の杖を軽く握りしめている。

「それでは格さん、助さん。そろそろ参りましょうか」

 光右衛門の皺枯れた声が、意外とはっきりと、世之介の耳に届いた。

 はっ、となって世之介は光右衛門を見た。いつの間にか、ボケッと番長星を眺めているだけの自分に気付く。

 格乃進は「では」と、軽く頷いた。格乃進の指先が操作卓の上で踊った。

 待って! と言いかけた世之介の口がぎりぎりで止まった。もう、遅い。

 ぐーっ、と番長星が近づいてくる。いや、こちらから近づいているのだ。

 窓が真っ赤に燃え上がった。大気圏に突入したのである。もちろん客室の温度調節は完璧で、熱さなど全く感じることはない。

 窓の外の大気が白く輝いた。高温で、空気中の原子から電子が遊離している。もう、惑星の表面は見分けることができない。

 さらに──

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