第110話 武勇伝

 川崎大師の、和菓子屋に営業した時の事は忘れないだろう。


 当時、前田弁当と取引していた和菓子屋に、果敢に営業をかけていた。 


 和菓子屋の社長は、ライオンズクラブで前田弁当と顔馴染みで付き合いがあり、弁当屋は変えないと言われていた。


 僕は、コツコツ地道に訪問を続けていた。そんな時、チャンスは訪れた。正月の三が日、前田弁当が休業すると言ってきたのだ。


 困った和菓子屋は、年末年始の十日間だけ、弁当を作って欲しいと連絡してきた。一日、百食以上注文のある大口だ。


 前田弁当は、馴れ合いになって気を緩めてしまったのだろう。そうで無ければかき入れ時の正月に、休むなど言えない筈だ。 


 弁当箱も、正月だけワンウエイの物を使用していた。


 和菓子屋の担当者も、前田弁当に不満を持っていた。僕と兄は、全力で良い弁当を作った。弁当箱も、ツーウェイの物にした。十日間は、あっという間に過ぎた。


 前田弁当に注文が戻ってしまったが、僕は諦めていなかった。


 奇跡が起きた。


 日の出屋の弁当を食べた従業員から、前田弁当に戻った事に不満を言い出したのだ。会社は、従業員で成り立つ。


 社長が、日の出屋に変える事を許可した。


 担当主任が「あなたの情熱に負けました。美味しいお弁当を提供して下さい」そう言うと、満面の笑顔で僕の肩を叩いた。


 この体験が僕を強くし、諦めないと言う事を教えてくれた。

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