第65話 朱の島

 さしずめ、暗殺者とでも言うべきか? 強襲制圧作戦であるが、彼らのそれ・・は恐ろしく静か・・に進行していたからだ。

 メンテナンス通路を走る4つの影、走るというより飛ぶようなさまだ。そして音を殆ど立てない。全身が黒一色に彩られているからか、暗殺者的印象を受ける。

 先頭の1人が足を止めた。すると他の3人も止め、通路の左右に飛び、身を屈める。


『左前方10時の方向、距離13メートル、報告にあった“倉庫”を確認』


 その先頭の兵士が左手を細かく動かしてサインを送った。すると後方にいた3人が駆け出す、先頭にいた兵士も後に続いた。一瞬にして10メートルほどを移動、彼らは扉の前に到着した。


『ここまで見張りの1人もいやしねぇ、警備ドローンの類も一切ないし、監視カメラもお粗末そのもので俺らのハッキングを簡単に喰らっちまう。お陰ですんなりとここまで来れたが、何とものどかなもんだねぇ……、ホントに犯罪組織の拠点?』


 扉の右側に位置した兵士が通信を送った。彼の反対側に位置している兵士が応える。


『大佐も言っていたが、〈大度ダイド〉は沖縄南部で突出した組織だ。そこを襲おうなんてものは何年も現れなかったようだし、自然と緩んでしまったのだろう。これは安定する時こそ気を引き締めるものだという教訓になるな、モラン』

『オイオイ、緩んでんのは奴らの方で俺じゃねぇぞ、ハサン』


 右の兵士――モランは拳を上げて抗議した、自分が注意されたとでも感じたのか。左のハサンは何も言わず、掌を拡げて「落ち着け」というサインを送った。

 別の兵士が扉の前を通り過ぎていった。その兵士はモランから3メートルほど離れたところで止まる、そして左腕を壁に向けて突き出した。更に別の兵士が扉の真正面に立ち、離れたところにいる兵士の方に顔を向けた。だが顔立ちなどは分からない。

 システムタイプと呼ばれれるフルフェイスヘルメットと似た形状の軍用ヘルメットで頭部を覆っているので、顔立ちや表情などは完全に隠されているからだ。また全身は細身で、ライダースーツを着用しているように見えるが、身体各所にパッドが装着されており、軽装甲のアーマーを装備しているようだ。

 彼は腕を突き出す兵士に通信を送る。


玖劾クガイくん、内部の状況は把握している。いつでもやっていいよ』


 腕を突き出す兵士――玖劾は軽く頷くと、その腕の下腕部の装甲が“開いた”。細長い花弁が開くようなものに見える。かなり不正確な表現ではあるが、そんな感じだ。ともかく腕の表面が3つに分かれて、内部構造が露出したのだ。そこから細長い、筒のようなものがスライドして拳の先に伸び出た。


『〈ブーストバッテリー〉、接続。自由電子線、励起完了。いつでもいける、フェルミ司令』


 玖劾は淡々と言った。フェルミ――扉の真正面に立っている兵士は頷き――――


『玖劾くんのレーザー線照射が行われ次第、我々は一気に突っ込む。皆、内部の状況は把握しているね』


 モランとハサンは無言で頷いた。彼らは脳内極微電脳ナノブレインより送られる透視探査による分析結果画像を確認する。

 壁際近くに2人、倉庫の中央――7メートルほどの位置に子供らが10人、周りを5人の男が取り囲んでいる。更に奥の方――12メートルの位置に3人いる。その状況を意識に刻み、最も効果的な行動を計算シミュレーションする。

 玖劾が言う。


標的捕捉ターゲットインサート固定ロックオン、完了。まずは奥の3人の中央をる』


 何も音はしない、衝撃も感じられない。ただ、玖劾の正面の壁にほんの小さな、肉眼では確認困難な小さな穴が開いていた。


『クリア』


 玖劾の脳内視覚野には倒れて行く1人の男が映っていた。赤外線センサーが捉えた透視映像だが、まるで裸眼で見たような鮮明なものだった。視界中央はハレーションを起こしたみたいに輝いているが、これは高熱が発生したあかし。だが一瞬の発生だったので直ぐに消え、視界全体が見えてきた。

 彼は映像を確認しつつ、左腕の筒のようなものを腕の中に収納、花弁のように開いた表面装甲も閉じられた。

 玖劾の左腕より突き出された筒のようなものは小型の自由電子レーザー銃だ、戦闘機械化兵ハードメカニクスの固有兵装の1つ。壁の1枚程度は容易に貫け、10メートル程度離れた標的にも致命的な損傷を与えられるものだったのである。


『GO!』


 フェルミの号令、同時に3人はドアを突き破り倉庫内へと突入した。玖劾も目の前の壁を蹴破って突入して行った。

 そこからの展開は一方的なものだった。壁際の2人はモランとハサンによって一瞬に斬り殺された(右腕より展開したブレードによる殺傷。強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーの装備と同様の超振動型だが、やや小型になっている)。子供らを囲んでいた男ら5人のうち4人はフェルミと玖劾によって撲殺されている。そして奥に残っていた2人に対しグレーネードを撃ち込んで爆殺した。威力は結構大きく倉庫全体が震えた。地下区画全体にも振動が走っただろう。

 子供らは全員無事――と言いたいが、1人が倒ていて動かない。その傍らで若い男が腰を抜かしていた。フェルミと玖劾がその男に近寄る。男は状況がつかめないのか茫然とした目で自分に迫る装甲兵アーマーズのような者たちを見るだけだった。


『モランくん、子供らを離れたところへ誘導してほしい』


 フェルミは男に目を向けたまま、モランに命じた。


『フフン、るのか? まぁこれ以上子供の前で殺人現場は見せられねぇわな! へへっ!』


 笑いはしたが、モランの声には怒気が垣間見え、怒っているのが分かる。玖劾は男の前に横たわっている少年の傍らに跪いた。そして生命反応バイタルサイン走査スキャンを開始する。


『脈拍なし、呼吸なし、体温27度にまで低下。神経電流の反応もなし、脳波も消失。生命反応バイタルの完全消失を確認。もう蘇生不可能だ』


 生前はどんな顔立ちだったのか、推し量るのも困難なくらい少年の顔面は破壊されていた。顔は大きく腫れ上がり、頭蓋骨の一部が陥没しているのか頭部が異様に変形していた。


胡馬椰亢樰コバヤシタカユキだな。君は弱い者イジメが大好きみたいだねぇ」


 フェルミが男に話しかけた、外部拡声機構を起動させて男に聞こえるように。男は身震いして、何かを言おうとするが――――

 フェルミの傍らを何かが通り過ぎた、一陣の風のようなそれが過ぎるや、男の身体が大きく吹き飛ばされていた。5メートルほど離れたところに九の字に身体を折って苦悶している男の姿がある。その前に露出度の高い服を着た、銀髪の女が立っていた。


「レイラ―くん、ま――」


 待て――とフェルミは言おうとしたが、それは叶わなかった。その前に男の全身が破裂してしまったのだ。

 レイラーは拳を振り下ろし、男の頭頂部を打撃した。かなりの高出力を出したのだろう、頭部は肩の間に陥没し、更に打撃の衝撃は体内奥深くに到達、肉体全てを爆発でもするように四散させたのだ。

 それは凄まじさを極める光景だ。モランは慌てて両手を拡げ、子供たちに「見るな」と叫んだが手遅れだったのだろう、子供たちは皆レイラ―の方を見て硬直、震えていた。


『モランくん、玖劾くん、他にも組織構成員はいるはずだ。捜索してくれ。ここは我々に任せてくれ』


 フェルミはファイルを送信、残りの構成員顔写真を載せたものだ。その連中を捕えよとのことだ。その中にはレイラ―たちを連れて来た男3人も含まれていた。

 2人はすぐさま動き出し、倉庫から出て行った。入れ違いにベルジェンニコフが倉庫に入ってきた。彼女はレイラ―に目を向ける。


『司令、自分も捜索に当たる』


 ハサンはそれだけ言い、彼も倉庫から出て行った。


 ベルジェンニコフはレイラ―に歩み寄り何かを言おうとしたが、その前にレイラ―が口を開いた。


「人は生まれる環境を選ぶことができないんだね……この子が、この子らが何かをしたわけじゃない……」


 なのに――そこで彼女の言葉は途切れた。

 “なのに”――その後に続くものを、ベルジェンニコフは理解していた。


 なのに――奪われてしまった……




『いるぞ、車庫か! 逃げ出すつもりだな!』


 車輌が幾つもあるスペースに玖劾たちは到着した。直ぐに車輌の間から銃撃が浴びせられたが、彼らは1発たりとも被弾しなかった。


〈姿勢からの分析、ブレの大きさからスキル習熟度は低いと思われる。よって弾道予測の不確定要素が大きい〉


 構成員の銃撃は無茶苦茶なものだった。ただ無暗に銃弾をばら撒けばいいという代物で、当たる確率は低そうに見える。ただ支援サポートAIが分析した通りスキルの低さから予想外のことが起きる可能性があり、安穏とはできなかった。それでも彼らは落ち着いていた。


『ああ、視えるとも! お前らの行動の未来、“観測”でもって固定してやる!』


 モランは叫びジグザグに駆け出した。銃弾が後を追うが掠りもしない。不安定な銃撃を適格な判断で回避し切っている。AIの予測は不確定なのだが、彼は問題なく回避を成功させていた。

 未来視――量子感応による世界線の選択。モランもその能力スキルを実用レベルに習得し、常人相手なら破綻なく使いこなすことができるようになっていたのだ。


 1台の4WD車に接近、彼は蹴り飛ばした。1トンはありそうな重厚な車輌が簡単に吹っ飛んでいった。その陰に隠れていた2人の男を確認。白髪の力士みたいな男と月代さかやき風髪型の小太りの男だ。茫然としている。小銃を持っているが構えすらしない。


增蛇禎汚マスダトモオ譜久島仂フクシマツトムか、レイラ―たちを連れて行った奴らだな』


 モランは2人を軽く小突いて――でも生身の人間にとってはヘヴィ級パンチレベルの威力だったので2人は簡単に昏倒した。頭を激しくコンクリートの床に打ちつけている。これは危険なことだが、モランは特に確かめることもなく次の標的に向かった。死んでも構わん、と思ったのかもしれない。

 状況は既に終了していた。玖劾とハサンが全を員押さえて1か所に集めていたのだ。構成員はだいたい大人しく従っていたが、1人だけ喚いている男がいた。マッシュ髪の若い男だ。


『こいつは於保多嫌爾オオタケンジっつーたな。威勢がいいじゃねぇか』


 モランはその男の真正面に行って、屈んで顔をその男に寄せた。すると男は喚くのをやめた。目の前に真っ黒なフルフェイスが迫ったのだ。表情も何も分からないが、それが恐怖を煽ったらしい。男は一瞬で蒼白となり、尻もちをついて後退りを――いや、恐怖が過ぎたのかそれもまともにできなくて、バタつくだけだった。モランは背筋を伸ばして立ち上がる。そして外部拡声器をオンにして言い放った。


「けっ、喚くんなら最後まで通せよ、情けねぇっ!」


 そう言って顎に蹴りを入れた。もちろん出力を抑えたものだが、生身の人間には凄まじいものだった。於保オオタは何メートルも吹っ飛んで、そのままピクリとも動かなくなった。重篤な結果が生じたかもしれないが、モランはその男には目も向けず、他の連中に叫んだ。


「他にも文句のある奴はいるか! 幾らでも相手するぞ!」


 誰も何も言わない、沈黙がその場を覆っていた。モランはフルフェイスの奥でニヤリと笑い、通信を送る。


『これで終わりか?』


 玖劾が応答してきた。


『動体反応はまだ外に幾つかある。俺はそいつらを確保してくる』


 続いてハサン。


『俺も行く、お前はそこの連中を見張っていろ』


 モランは残念そうな顔をして、その映像を玖劾たちに送った。


『ちぇっ、俺もそっちの方がいいんだがな。こんなゴミクズどものおりなんか退屈なんだけどな』


 苦笑の声が返ってきた――ハサンだけだったが――モランも苦笑する。そして構成員たちに目を向ける。怯えた目で見る男たちを見て溜息をついた。


 ――気概も何もあったモンじゃねぇ。所詮子供なんかをイジメて喜ぶような輩なんだしな。ヘタレでしかないっつーことだ。


 その行為の記録を思い出して、彼は改めてムカついて来た。それで脅しをかけることにした。


「お前らさ、やったことのケジメはきっちりつけにゃならんぞ。その身体にしっかりと、な!」


 男たちが色めき立った。モランの言いように不穏なものを感じ取ったのだろう。1人が口を開く――增蛇マスダだった。どうやら死んではいなかったらしく、意識も取り戻している。文句を言う力も残っているようだ。


「何だ、それ? お前ら警察じゃねぇのか? 何しようってんだ! 言っとくがこっちにだって人権ってモンがあるんだぞ!」


 モランはその男の右手首を掴んで引っ張り上げた。80キロを超える大男だが、軽く上げられてしまっている。


「やめろっ、この――訴えるぞ……」


 モランはフルフェイスをくっつきそうなほどに近づけて言った、低くドスの効いた声で。


「なぁにが人権だ、笑わせんじゃねぇぞ! てめぇらに言う資格あんのかぁ? 言っとくが、こちとら警察なんかじゃねぇよ。地獄の獄卒みたいなモンでなぁ、人権なんざ当然知ったこっちゃねぇっ! おぇらクズどもを捕まえて、死ぬまで責め立てて苦しめる悪鬼なのさ。死んだら生き返らせて、また繰り返すんだぜ!」


 ゴキッと音がし、增蛇マスダの手首はあらぬ方向に曲がってしまった。彼は絶叫を上げるが、モランはまさにゴミを捨てるように彼を放した。他の男たちは增蛇マスダを介抱しようとするでもなく、一様にモランに目を向け固まっている。その目は恐怖一色に塗りこめられていた。そんな視線など気にも留めず、モランは思考していた。


 ――まぁ、悪鬼なのは事実だろうな……





 大型の輸送車輌が何台もコンビナート敷地に入って来ている。救急車輌も見られる。輸送車輌からは人型ドローンが何機も繰り出し、捕えた構成員を連行、車輌に乗せていた。保護した子供たちは救急車輌に乗せられた。

 玖劾たちは周辺に展開して警戒していた。既に制圧は完了し、構成員は全員死亡するか捕獲しているが、念のため警戒しているのだ。ただ2人の女は警戒には当たらず、ドローンたちの作業を見ていた。女の1人――レイラ―が呟く。彼女の目は救急車輌に向けられていた。


「あの子たち、どうなるのかな……」


 それは独り言だったが、隣のベルジェンニコフは応えた。


アカツキ総理個人が直轄管理する福祉施設に収容され、ケアを受ける予定だ」


 レイラ―は目線を下げる。


「ケア……それで治るの? 救われるの?」


 声が震えていた。


「難しいだろう。彼らは何年も――中には生まれた時から虐待を受けていた子もいるらしい。現代の最先端の精神サイコセラピー技術を持ってしてでも、その心の傷を癒すのは難しい。人格を形成する以前から虐待されていた子も多いからな。今からでは治癒不可能かもしれん。人格障害を発症するだろう」


 ベルジェンニコフの言葉は乾いている。ただ、淡々と言葉を並べていた。レイラ―は目を瞑り、頭を振る。


「許さんぞ……」


 その声は地の底から響くようなものだった。





 全翼機が飛ぶ。夕陽を浴びるが、迷彩塗装のその外郭はあまり染め上げられることはなく、遠くからは明確に見えない。それでも注意してみれば、空を何かが移動していると気づくのかもしれない。空間を僅かに奔る影のようなものは、南の方へと消えて行った。

 機の中から戦闘機械化兵ハードメカニクスたちが遠ざかる沖縄本島を見ていた。島は全翼機とは違い朱に染め上げられていた。

 彼らはいつまでも、見えなくなるまで、島を見ていた。無言で、虚ろな目で――――


 UNDR(国連防災機関)・〈国際機動救助隊〉・戦闘機械化兵ハードメカニクス部隊・〈マージナルマン〉の初任務ファーストミッションがこうして幕を下ろした。 

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