第55話 超能計画
西暦2135年、陸上自衛軍、筑波演習場――――
広大な砂漠のような演習場に幾筋もの土煙が上がり、尾を曳くように伸びている。尾の元には無骨な金属の鎧の姿がある。陸上自衛軍・
この時、その
〈ユニット7の心拍、血圧、急上昇。大脳ニューロン発火に於いて過剰な放電現象を観測。癲癇状態です〉
実験管理AIの報告を聞くまでもなかった。私の“視界”には既に赤熱の嵐が現れていて、ユニット7由来のものだと理解できた。直ちに
『
〈了解〉
私の指令を受け、AIは制御信号を送った。その結果、私の後方を駆けていた1機の
まるでコマ落としのようなさまで、時速にして100キロを超える高速のブーストラン状態から一気に停止したのだ。危険にも思えるが、この実験機の
演習場の各地で土埃が巻き上がるのが見えた。小隊の他の
『いかん!』
『ロック解除!』
指揮者権限を使用し、私はその
『――!』
その様子を見た瞬間、私は言葉を失った。
彼女は視線を定めず宙を彷徨わせ、何かをブツブツ呟いていた。意識はあるのか否か、ただ目の前の私に目を向けてはいない。私も自分の
『カイヤ! 私だ、ヴラン・ベルジェンニコフだ!』
両手を伸ばし彼女の
〈ベルジェンニコフ三尉、ユニット7の全身はかなり弛緩しています。過度に揺さぶると頸部に損傷が及ぶ可能性があります〉
AIの警告を受け、私は揺さぶるのをやめた。
『ダメだ、意識が完全に飛んでしまっている……』
手を離し、立ち尽くす。目はユニット7――カイヤという名の少女に向けられたまま。私の目には――脳裏には、混濁状態となっている彼女の顔が焼き付けられた。
〈ニューロン爆発です。ユニット7は量子乱流に呑み込まれ――脳生理学的には過度のニューロン発火を連続発生、結果として重度の癲癇発作を起こして精神崩壊したものと思われます――〉
量子乱流の発生は私の能力も感知していた。視界に現れた赤熱の嵐が証明していたのだ。
『ベルジェンニコフ三尉、今日はここまでだ』
乾いた、掠れた声が脳内に直接響いた。同時に声の主が網膜上情報表示
『
私の声も乾いていた。
そこからは演習場が一望できた。
広い、ちょっとした体育館のようなスペース、しかし多種多様な電子機器が所せましと設置されていて、大小様々なサイズの
その端には巨大な窓があり、演習場が見渡せたのだ。窓の近くに男が立っていた――須郷三将だ。その彼の元に1人の少女が近づいてきている、歳の頃は10代半ばと思われるが、軍服を着ていることから見て自衛軍軍人かと思われる。肩まで伸ばした金色の髪は輝くようで、嫌でも目を曳く。スタッフの多くは手を止め、彼女に目を向けた。少女はそんな彼らの視線には反応せず、真っすぐに三将の元に向かった。そして彼に対して話しかけようと口を開きけたが――――
「ベルジェンニコフ三尉、言いたいことは分かる」
須郷は機先を制するように言った。少女――ベルジェンニコフは言葉に詰まりかけるが、しかし止まらない。
「三将、この“実験”は無意味です。いたずらに犠牲者を増やすだけです! もうやめるべきです!」
彼女は叫ぶように言い、その声はスペース全体に響き渡った。必然的に室内全てのスタッフの注目を浴びてしまった。だがベルジェンニコフは全く気にせず自身の言葉を続けた。
「フェイズ3レベルのディープコネクトにより無意識領域にある量子感応源泉を強制覚醒させようなど、あまりにも乱暴です! 人の精神というものは――」
須郷が手を上げたのでベルジェンニコフは言葉を止めた。いや、そのせいではなかった。
「三将……」
彼の目を見たからだ。その目は暗く沈んでいて、ベルジェンニコフにはその内に潜む感情が手に取るように分かったのだ。能力者であるが故に、
彼女は目を逸らし、首を振った。
「私だって好きでやっているわけではない。しかし仕方がないのだよ。軍の意向は私にもどうにもならないのだよ……」
瞳はどこか潤んでいるようにも見えた。彼が痛みを感じている証拠、能力を使うこともなく分かる。
「三将、そんな卑怯です……そんな……」
ベルジェンニコフは言葉を失い、それ以上は何も言えなかった。彼も苦悩を感じていたことが分かり、強く詰め寄ることができなくなったのだ。
彼女は目を窓の外に向ける。広大な演習場には各所に大きく抉れた痕が見られる。それは様々な訓練・演習が重ねられた結果だ。その1つとして“実験”が行われていた。彼女の意識は自身の内に向かった。
皇国への亡命を果たした私は、自衛軍に所属することとなった。皇国の最新技術を費やした
ディープコネクトは人間の脳神経と電子機械システムを直結させるサイバネティクスの最先端だった。これは無意識領域に迫る超自我領域レベルから電子ネットワークに接続させるものだ。接続した者は単なる
能力だ、量子感応と呼ばれる能力――――
私が〈
21世紀の後半頃から科学的に認知されるようになった超感覚的知覚能力だが、その実態は半世紀ほど経った2130年代でも殆ど解明されていなかった。だが能力者が示す超感覚の有用性は注目を集め、各国で研究が続けられていた。当然ながら軍事利用の価値はあり、皇国も例外ではなかった。
そこに私が現れた。高レベルの能力者と認定されていた私が亡命したのだ、利用しない手はない。そもそも皇国が私たち一家の亡命を勧めたのは全てここにあったのだろう。父による最先端のサイバネティクス理論とその成果となるディープコネクトのデータ、そして能力者として覚醒していた私と弟のボリス。皇国はその価値を認め、手にしようとしたのだ。決して人道目的ではなかったのだ。
皇国の目的は米帝特殊部隊の妨害により全て達成できたわけではない。それでもディープコネクトのデータカードと私という能力者を手に入れたことは大きな利益となった。彼らはこれを利用、国益とすべく実験を開始することにしたのだ。
能力の人工的開発、強化する計画――〈超能計画〉と密かに命名された能力者部隊の育成計画が開始された。計画の最高責任者として須郷三将が任命され、私も参加を命ぜられた。
だがこれは茨の途だった。順調だったFMMとは対極とも言える失敗の連続だったのだ。才能があると認められた少年少女らを集め、各種の教育・医療処置を施して強化・育成したが、成果は上げられなかった。私という“先例”は何の役にも立たなかったのだ。
ディープコネクトは深層意識の奥底まで接続探査針を打ち込むものだ。それは人間の意識・無意識を刺激する可能性がある。
事実、FMM対応の接続制御を行う兵士には能力を発動する者が多々見られた。それは特筆するものではなかったが、各種訓練や実戦での撃破
ディープコネクトは能力開発に役立つかもしれない。私の治療にも役立ったことから見ても、能力の制御や開発に役立つと考えるのは当然と言えた。だが、これは安易に手を出すものではなかった。
少年少女たちに接続制御用
だが、これは無謀な、そして残酷な人体実験でしかなかった。
この頃、ディープコネクトの精神に及ぼす影響はまだ不明点が多かった。FMM
それでも軍は決行した。
実験しはてみることだ。その結果から理論を組み立て、次に繋げればいい。
最初から犠牲者が出ることを計算していたかのような言いようだった。事実、犠牲者は後を絶たなかった。次々と、終わりなく……
私は忘れることができない。接続制御シートに座ったまま硬直して動かなくなった少女の姿、
失敗は続き、十分に育成できた兵士は一握りに終わった。
私が亡命しなければ……データカードを渡さなければ……
罪悪感は収まらなかった。
例え私とデータが無くとも皇国は何らかの形で能力者開発の実験を開始しただろう。私の存在は実は大きな意味はないのだ。
それでも……私が発端となった事実は変わらないと思え、罪悪感は心の底に残った――――
三将はベルジェンニコフの肩に手を置いて静かに語りかけた。
「分かった……もうこれで終わりにするよ……」
ベルジェンニコフは顔を上げ、三将を見上げる。その先に映る初老の男を見て、彼女は何も言えなかった。
疲れ果てた敗残者のような顔だった。彼がこの実験を決して望んでいなかったのが分かった。
この時を境に、私は彼と二度と会うことはなくなった。
計画は彼の言葉の通りに終了した。私は異動。実験部隊から離れ、陸上自衛軍の幹部候補生学校への入学が命ぜられた。
三将がどうなったのか……分からなかった。彼は失脚したのかもしれないと思ったが、確認できなかった。失敗という結果を利用して軍内の他の勢力の何者かによって追い落とされたのかもしれない。
そして時は流れた――――
西暦2142年・3月末、タカマノハラ・トウキョウシティ、防衛大学校――――
トウキョウシティの横須賀区に設置されている幹部自衛軍人の養成機関、自衛隊時代から続く伝統のある学校だ。私は幹部候補生学校を経て、ここに入学した。そしてこの年、卒業したのだ。
季節は春の装い、鮮やかな色彩の桜並木が並び、成程見ているだけで心穏やかになってくるものだった。閉鎖環境都市だから人工的に造られたものだが、氷河期以前の関東地方ではこんな感じだったらしく、都市環境制御センターは忠実に演出していたのだ。
「ヴラン、卒業だな」
赤毛の大男が話しかけてきた。まるでバイキングを思わせる風貌で、卒業生の中でもひと際目を曳く。
「そうだね、ウィンダム。これでお別れになるね」
私は彼の名を口にし、振り向いた。
「お別れとか、寂しい言い方するなよ。これからも会うことはできるだろ? 機会は減るだろうが」
私は頷ぎ、言葉を継いだ。
「陸と海に分かれるからね。お互いそうそう会えるものではないけど、でも連絡は絶やさないようにしたいね」
ウィンダムは海上自衛軍の護衛隊群に配属されることになっていた。陸自の特殊機械化師団配属予定の私とは全く進む道が違う。今後接触する機会はかなり減ると思われた。
私は彼を見上げた。2メートルに及ぶ巨躯はそれだけで存在感が際立つ。私は彼とは防大入学時に知り合った。学級が同じだったせいもあり、以来私は彼と行動を共にすることが多かった。私同様、
私は“空”を見上げる。ホログラムの映像は、それでも郷愁のようなものを呼び起こした。亡命して直ぐに見たキョウト―オオサカシティの空を思い出したのだ。そして更に遡ってサンクトペテルブルクを。
目を瞑る、するとまるでついさっきのことのように思い出が蘇った。
――父さん、母さん……ボリス……
親しかった人たちの顔が次々と目に浮かんだ。そして彼らとはもう二度と会うはないという想いが湧いた。
「ヴラン……」
私は涙ぐんでいたらしい。ウィンダムはそんな私を気遣い、そっとしておいてくれていたらしい。私は涙を拭い、照れた笑いを浮かべた。
「皇国のサイバネティクスって凄いね。
ウィンダムは何故か苦笑いを浮かべた。何も言わない。
「じゃ、これで。いずれまた会おうね。これっきりなんてことは嫌だからね」
私は右手を差し出した。ウィンダムも応えて私の手を握る。
「当然だ。必ずな!」
そして私たちは別れた。それぞれの途を歩んでいく。
それは……果てしない戦乱の途を意味していたのだが――――
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