第44話 鋭利なる刃

 皆が一見していだいた印象は“傭兵”だった。情報軍の士官だというのなら、この男は正規兵に違いない。だが一瞥して傭兵的な雰囲気を感じ取ったのだ。

 切れ長のまなざしは鋭く、ナイフのようなものにも見える。唇は薄く、酷薄な性格に見せている。頬の傷跡が何よりもこの男の本質を強調しているかに感じられた。深い虚無感、荒んだ空気を漂わせている。戦場に在り続け、戦闘こそが全てとなり果てたかのような存在感、長く傭兵稼業に在り続ける者がよくこんな雰囲気を醸し出す。風貌が彼の全てを語っているかに思えた。


 ――静かだな……


 ベルジェンニコフは目前で相対している玖劾クガイに意識を向けた。


 ――そうか、彼に似たところがあるな……


 静謐さを伴う虚無感は玖劾から受ける印象に似ている、彼にもそんなところがあるのだ。外見はハサンに似ているが、性質は玖劾に近いと感じた。


 ――虚無……か。この男もロクでもない人生を歩んで来たのかもしれんな。


 ベルジェンニコフは軽く深呼吸の動作をして、口を開いた。


「それで……モナド大佐だったかな? 我々に投降するというのかな?」


 男――ザイン・モナドと名乗った米帝軍人は首を傾げた。


「うん? 何でかな? 戦う気はないと言っただけなのだが?」


 不思議なものでも見るかのような表情を見せ、彼が本当に理解できてないかに見えた。ベルジェンニコフは言葉を続ける。


「戦う気はないと言い、ホールドアップしている。それは降伏の意思あり、と解釈できるのだが?」


 モナドは笑みを浮かべて首を振った。


「違うな、話し合いたいから戦闘を収める必要があったのだ。こうすれば直ぐに止まるだろうと思ってな」


 笑みを浮かべているが、目は笑っていない。皆は不快感を感じた。


『ちっ、嫌な笑い方だ。腹の奥に何か隠しているのがアリアリと分かるぜ』


 モランの呟きは忌々しさに満ちている。その銃口は既にモナドに向けられており、今にも発砲しそうなものに思えた。


『今は撃つんじゃないぞ。特曹も、だ』


 ベルジェンニコフは釘を刺す。ハサンも知らぬ間にモナドに銃口を向けていたので合わせて強調した。2人は無言で応え、銃口は僅かに下げた。


『君たちはもう1人の敵に注意を払っていてくれ。実験機器の間のどこかに隠れている、決して安心できないからな。あの男には私と玖劾くんが対処する』


 モランたちは簡潔に『了』とだけ応えた。彼らの意識は実験機器の間に向けられた。そんな彼らを見てベルジェンニコフは思う。


 ――どうも誘われている・・・・・・ように感じられるな。モナドと名乗ったあの男は戦いを引き寄せるようなところがあるな……


 それは危険なことに感じられた。操られているかのようでもあり、迂闊に戦闘に入ってしまうと味方に甚大な被害が出ると予感させた。


 ――話し合いたいなどと言うが、何かを狙っているのは確実だ。さて、それは何か? 脱出の機会を伺うといったところか? いずれにせよ、思い通りにさせたくないが……こっちも手負いだらけだし、やりにくいな……


「我々が降伏したとして、それからどうする? アンタら、帰るところがないだろ?」


 モナドの言葉によりベルジェンニコフは自身の思考から現実に戻った。


「何だ、そりゃ? どーゆう意味だ?」


 右手の方から野太い声が聞こえてきた、モランのものだ。彼も外部拡声器を作動させている。


「どーゆう意味も何も、分かり切ってるだろ?」

「はぁん? だからそりゃ――」


 モナドの返しにモランが噛みつくが、ベルジェンニコフが割って入った。


『モランくん、やめたまえ。あの男に直接話しかけるんじゃない!』

『何でだ? あんまし気に食わんこと言ってくれるからよぉ――』

『上官命令だ! これ以上逆らうと装甲服アーマーをロックさせて強制睡眠処置を取る』


 断固たる言いようだった。ベルジェンニコフはこれまでこうした如何にもな軍人めいた言いようをしてこなかったので、モランは――ハサンも――面食らってしまった。


『いいな、これは最後通告だ』


 モランは何も言えなかった。後に流れる沈黙の中に彼の戸惑いが強く表れていた。


「あー、いいかな? 自分らだけで通信してたみたいだが、それも終わったのかな?」


 どこかとぼけた言い方をしている。だがその顔――特に目は少しもとぼけてはいなかった。


 ――油断ならない男だ。隙あらば寝首を搔かんと常に伺っているな……


 玖劾がいなければ確実にそうなっていたのではないかと思った。彼が現在目の前にいて、あの男に対する牽制になっているから何も起きていないだけなのだろう。やはりこの男は危険だと確信した。


「三佐、そして部下の諸君。先ほど落された中性子ビーム弾、あれは自衛軍によるものだということくらいは理解しているな?」


 モナドは玖劾を、そして背後の通路脇の実験機器を――その陰に隠れているベルジェンニコフたちを――順繰りに見回した。


「これはお前さん方が切り捨てられたってことだよな?」


 ん? と付け加えて顎を反らした。その仕草にモランなどは苛立ちを露わにした。唸り声が通信機越しに伝わって来て、彼が本気で怒っているのが伝わる。だが行動に出ることはなかった。取り敢えずかもしれないが、ベルジェンニコフの刺した釘がまだ効いているようだ。


「そうかな? まだ何も決まってはいないと思うけどね。結論を急ぐのはあまり頭のいい話ではないな」


 ベルジェンニコフの返答に対し、モナドは苦笑を隠さなかった。

 ちっ、いちいち気に食わん奴だぜ――モランの悪態が聞こえて来たが、ベルジェンニコフはここは何も注意しなかった。


「分かり切ったことを……まぁでも、相手の話に容易に乗らないのは賢明な姿勢かな。特に俺たちは互いに殺し合う敵同士だからな」


 モナドはホールドアップしたままの両手をプラプラと揺らしている。ふざけた仕草に見えるが、ここで玖劾が一歩足を踏み出したので、彼はその動きを止めた。


「おい、何だよ? 俺は戦う気はないと言ってんだぜ? ホールドアップはその意思表示だって!」


 モナドは一歩二歩と後ずさるが、玖劾がそれ以上に大きく踏み込もうとした。


『待て玖劾くん、今はまだダメだ!』


 言われて玖劾は動きを止めた。腰を落とし、半身で前屈みの姿勢のまま静止、固まったかのようだった。


「全く油断も隙もありゃしない」


 そう言うモナドだが、それはお前のことだろう――と、ベルジェンニコフは思った。


『三佐、詳細は不明だが、奴は仲間に何らかのサインを送った。通信を交わした形跡はない』


 玖劾が通信してきた。あの両手をプラプラさせる仕草のことを指しているらしい。通信を交わしていないというのは、通信波の放射を探知されたくなかったからだろう。傍受されなくとも(米帝の通信も恐らく量子暗号保護されている)通信を交わしたという事実を知られると要らぬ警戒心を与え、場合によっては攻撃される危険性を考慮したと思われる。だからサインによって意思伝達を行った――と、玖劾は思っているようだ。

 ベルジェンニコフは頷く。


『モランくん、特曹、右方向の警戒を高めてくれ。奴の仲間が何か仕掛けてくるかもしれん』


 2人は『了』と応え、警戒レベルを上げた。ベルジェンニコフも意識の一部を右方向に向ける。

 実験機器の間に時折揺らぐ影が現れる。敵の“気配”の現れだが、今ははっきりとせず、消えてしまうこともある。


 ――隠形みたいなものか。気配を消すすべを心得ているのか……


 とは言え、それは完璧なものではないらしい。恐らく何らかの行動に出る場合、はっきりと影を表すのだろう。その瞬間こそが、敵の仕掛ける瞬間だと言える。

 玖劾に目を向ける。極端な前傾姿勢のまま固まっている姿が映った。行動する時、彼は一瞬でモナドに肉薄するだろう――それが可能な体勢だ。彼も敵が何かを仕掛ける気だと確信しているらしい。

 一方のモナドは――――

 両手を上げた姿勢は維持しているが、やはり臨戦態勢にあると思われた。少しずつだが脚が動いていて、玖劾に対して半身の体勢に移っているのが分かる。


 ――未だ戦闘は続いているというわけだ。ホールドアップしていて、装甲服アーマーの前面を開放しているからと言って何ら安心できるものはない……

 全く神経をすり減らしてくれる。これが情報軍というものか、どんな状況でもプレッシャーを与えてくれるんだな……


 ベルジェンニコフは喉をゴクリと鳴らした。鳴らして、ふと気づいた。


 ――機械体メカニクスでもこんな生理反応的な動きをするのか……


 無意識の動作であり、それを反映させた皇国のサイバネティクスの成果に今さらながら感心した。だがそんな感想に浸る場合ではないと自覚する。


「三佐、こうやって神経削り合っていても意味はない。俺にはアンタらに提案したいことがあるんだ」


 声に少し苛立ちのようなものが表れている。焦れているようにも見える。


「ほほう、それは何かな?」

「フム、聞く気はあるのだな?」


 ベルジェンニコフは何も応えなかった。少し間が開いたが、モナドは話しを続けることにした。


「まぁいい、聞く気があるとして続けるか」


 玖劾に対して完全に半身の体勢になっていた。


「俺たちにはアンタらの亡命を受け入れる用意がある。どうだろうか?」


 はぁ? 何言ってんだぁ?――モランの素っ頓狂とも言える声が聞こえて来た。ハサンも驚きの声を上げている。ベルジェンニコフも驚きを感じたが表には出さず、静かに応える。


「いきなりすぎるね。何のつもりかね?」

「いきなりも何も、アンタらはそうするしかないんじゃないか?」


 モナドは天井に目を向け話を続けた。


「中性子ビーム弾はアンタらごと始末するものだった。恐らく今回の作戦開始前から決められていたことだったんじゃないか?」


 モランの呻き声が聞こえてきた。


「最初から切り捨てられていたんだよ。それでもドーム地下まで退避できている。つまり生還は可能だが、でもこのまま軍に戻ってもどうなんだ?」


 目を通路奥に向ける。実験機器に間に隠れたままのベルジェンニコフたちは映らないが、モナドには彼らの表情が見えていたのかもしれない。口元には何とも言えない笑みが表れていたのだ。


「どうせ始末されるだけだ。でも表向きは名誉の戦死って名目で発表されるだろーな。もうアンタらは詰んでいるんだよ」


 沈黙が流れる。心を抉るような内容になっていて極めて癇に障るが、的を得ているのも確かで、どう応えても負け惜しみにしかならないと思えた。だが、やがてベルジェンニコフが口を開いた。


「だからって米帝行きは選択しにくいな。敵前逃亡罪、反乱罪などありたけの罪を着せられて指名手配されるだけだからね」

「いいじゃないか。どうせ殺されるだけなんだぜ? 指名手配されたって亡命しちまえば関係ない、アンタらは安泰だぜ」

「それはどうかな? 果たして米帝は我々を歓迎するのか? 情報だけ吸い上げて始末ってオチじゃないかな?」


 モナドは首を振る。そして背後の扉に目を向けた。


この奥にあるもの・・・・・・・・と一緒に行けば、アンタらは歓迎されるよ。特にベルジェンニコフ三佐、アンタの存在は“奥のもの”にとってかけがえのないものだからね」


 その言葉は皆に少なからずの動揺を与えた。“奥のもの”? “かけがえのない”? それは何を意味するのか?

 皆の意識が自分に集中するのをベルジェンニコフは感じていた。彼女は目を閉じ、何かを思考するかのような様子を見せた。それは直ぐに終わり、目を開く。そして口を開きかけるが、その時――――


「“奥のもの”――それがお前らの目的だったのだな」


 この時、玖劾が初めて口を開いた。外部拡声器を作動させ、モナドに対して話している。モナドは目を大きく見開き――細い目だが、この時ばかりは丸くなっていた――明らかに驚きの感情を見せていた。


「これは驚いた。まさかお前さんが話しかけてくるとはね。上官から禁止されていたんじゃないか?」


 ベルジェンニコフたちの通信は隊内秘匿回線を通したものであり、量子暗号保護されたそれは傍受不可能だ。よって会話の内容が知られるわけはないが、ベルジェンニコフや部下たちの様子からモナドは容易に内容を推測していたのである。


「お前らがこの中央ドームに向かったのは一番身近だったからだろうと思ったが、結局最優先目標があったんだな。他のドームに向かわずここの地下3階、この実験施設に向かった意味が“それ”なんだな」


 玖劾はモナドの言葉には応えず話を続けた。


接続制御者コネクターの保護や占拠部隊の仲間との合流を果たすためなのなら、急いで工場防衛指令機能のある最北の第6ドームに向かうのが自然だ。六ヶ所再処理工場のドーム群は全て地下通路で繋がっているから屋外が核汚染状態でも移動できる。だがお前ら2人はそうせず、真っすぐにここに向かった。その理由が“奥のもの”になるのだな。自衛軍の作戦開始前に“奥のもの”を移動させておかなかった意味は……色々考えられるが、何だろうな?」


 言葉を終えるかと思えたが、彼は更に付け加えた。


「占拠部隊の方は多くは既に退去済みか? 自衛軍の攻撃は予測されていたし、余分な人員は退避させておくのが筋だ。残留していたとしても中性子ビーム弾の影響で全滅状態だな。指令室は地上階にあるから装甲防殻イワドシェルに守られていると言えど、あの線量・・・・を浴びては無事には済まない。お前たちと同じ強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーを着用していたのなら持ったかもしれんが……」


 ここでようやく玖劾の話は終わった。待っていたかのようにモナドが口を開く。


「まぁこれくらいは簡単に分かるか。じゃあ、お前さんの上官も同じ目的・・・・だったってのも理解できるな? 真っすぐここにお前らを連れて来たしな」


 この時のモナドは全く笑っていなかった。極めて真剣な眼差しを玖劾に向けている。


「それはいい」


 それだけ言い、玖劾は沈黙した。もう何も話す気がないのがモナドにも分かった。


「くそっ、やりにくい奴だな。まともにコミュニケーション取ろうとか考えない――」


 モナドは最後まで言い終えられなかった。目の前にいたはずの玖劾が消えていたからだ。


「ちっ――虚を突かれた!」


 虚を突く・・・・――ここでは五感の範囲を一気に越えて認識外に移動することの意味で言っている。それが消えた・・・ということ。知覚外に出られた状態は極めて危険であり、自覚するモナドは即座に対応する。

 素早く装甲服アーマー前面を閉鎖させ、同時にブーストランに入った。そのまま大きく旋回運動に入るが、続けられなかった。ブースターユニットに強い衝撃が入ったからだ。


「こいつ!」


 玖劾の超振動ブレードがモナドの装甲服アーマーのブースターユニットを大きく切り裂いたのだ。加速に入る寸前にブレードを斬り込んだわけだ。モナドの対応は僅かに遅れた。ユニットは破損、そのため噴射炎が乱雑に飛び散り、今にも爆発しそうになった。


「この野郎、こんなトコで爆発させたら全員お陀仏だぞ!」


 モナドはブースターを緊急停止、それで炎は収まり爆発は避けられたと見える。だがモナドはブースターユニットの下部の円筒形パーツを分離パージさせて足元に落とし、それを玖劾に向けて蹴とばした。玖劾は僅かに身を捩って避けた。下部パーツはそのまま通路上を滑って行き、ベルジェンニコフたちが隠れているところの近くで止まった。


『玖劾くん!』


 いきなり戦闘に入った玖劾にベルジェンニコフは面食らった。


『待ってく――』


 もっと話を――だが彼女は言葉を終えることができなかった。モナドの言葉のせいだ。


「それはブースターの燃料タンクだ。大して燃料は残っていないが、それでも可燃性タップリのジェット燃料だ、そんなものが核物質だらけのここで爆発するとどうなるかな?」


 皆は固まる、その視線は自然と燃料タンクに注がれる。モナドはアサルトライフルの銃口を向けている。


「できるか?」


 いつの間にか玖劾がモナドとタンクの間に位置していた。彼は深く腰を落とした。


「ふぅ……本当に油断も隙もありゃしない」


 モナドも腰を落とし、背部ブースターユニットの残りの部分も切り離した。


「これでよしっ、いらん重しはなくなった」


 槍を構えてプラズマを起動させる。玖劾も構えを維持、2人は互いに距離を詰めていく


「なぁ、俺は本気でお前らを迎えたいんだがな。噓偽りないんだぜ? これ以上、る意味ないぜ?」


 玖劾は何も応えずゆっくりと進み続けるだけだった。


「くそっ、話すつもりはなしか。コミュ障かよ」


 ジリジリと距離を詰める2人、間もなくキルゾーンに達する。それは第2ラウンドの開始を意味する。


『三佐、玖劾を支援しますか?』


 ハサンは判断を仰ぐ。モナドとの戦闘支援か、或いは未だ機器の間だに身を隠しているもう1人の敵に専念すべきなのか?


『くっ――』


 だがベルジェンニコフは応えなかった。自身の思考に囚われてしまっていたからだ。


 ――もう少し、奴の話を聞きたかった……だが――――


『これはエゴだ。これ以上みんなを巻き込むわけにはいかない……』


 いや、と首を振る。


『十分に巻き込んでいるか。私は最初からみんなを……』

『三佐、いったい?』


 ベルジェンニコフの呟きの意味は、ハサンには理解できなかった。そして問ういとまも与えられなかった。

 戦闘が始まった、玖劾とモナドの姿が交差し、激しい戦闘音が響いてきたからだ。

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