第41話 囁く能力

 約1ヶ月前、陸上自衛軍・富士演習場、2足歩行戦車実験小隊・指揮官室――――


「ゲオルグ・フェルミ中佐ですね。来訪は聞いております、お待ちしておりました」


 デジタル身分証を確認して顔を上げたベルジェンニコフ、その視界に金髪碧眼の男の姿が映る。痩せた体躯だが、見かけ通りではないことを彼女は理解していた。視線は足元に注がれる。絨毯の沈み込み具合が普通ではなかったのだ。つまり見かけ以上の体重があることになる。その意味するものを、理解したのだ。


「面会を許可いただいて感謝しております、ベルジェンニコフ三佐」


 男――フェルミは快活そのものの笑みを浮かべて話した。彼女もにこやかな笑みを返すが、どことなく作り笑顔っぽくもあった。フェルミのそれもどこか作り物的だ。彼は少し間を開けて、目を指揮官室の窓に向ける。その先に、“巨人”の一団が歩いているのが見えた。


戦闘甲殻コンバットシェル――機体名はスサノオでしたか。しかし見事なものですね、あのサイズで問題なく2足歩行を制御するなんて」


 ベルジェンニコフも窓外に目を向けた。


「2足歩行制御なんて古い技術ですよ。21世紀の初めには実現してましたよ?」


 いやいや――と笑みを浮かべたままフェルミは言葉を続けた。


「あのサイズの巨躯を高速機動させるのでしょう? それも多彩な戦闘状況に問題なく対応させている。自衛軍の運動制御技術の素晴らしさは目を瞠るばかりです」


 “巨人”たちの姿は、やがて隣の建物の影に消えていった。


「あなたの部下の方々の技量のお陰でもありますね。スサノオ部隊……見事なものです」


 しかし――と、フェルミは言葉を続ける。


「しかしまだ情報公開されていない最新兵器を、私のような者の目に触れさせていいのですか?」


 ベルジェンニコフは「フッ――」と微かな笑みをもらし、応えた。


「存在自体は公開されていますよ。別に機密でもなんでもありません。もちろんスペックの詳細などは部外秘ですがね」


 そんな会話を続けるが、ベルジェンニコフは打ち止めにする。


「さて、世間話はこのくらいにして、今日はどのようなご用件で? 情報交換とのことですが、具体的にどのような内容なのですか?」


 フェルミは笑みを絶やさない、そしてベルジェンニコフも。だがその目は少しも笑ってはおらず、警戒心が露わとなっていた。フェルミはそんな彼女の心理を理解していた。


「警戒していますか? まぁ当然と言えば当然ですか……」


 ハハ――と笑うが、どこか演技くさいとベルジェンニコフは感じた。


「探り合いみたいな会話になっていますね。これはいけません。そろそろ本題に入りませんか?」


 ベルジェンニコフは少し苛立ちを見せた。


「フム、こうした会話は私は好きですが、他の人も同じだと考えてはいけませんね」


 それでは――と、息継ぎをしつつフェルミは言葉を続けた。


「先頃――5日前になりますか――六ヶ所再処理工場と青森要塞が同時に〈北〉の空挺降下部隊に強襲攻撃を受けて占拠されましたね」


 左の眉を上げるベルジェンニコフ、何も言わないが怪訝に思ってるのが分かる。


「何故そんな話をここで持ち出すのか――と、疑問に思っていますね?」


 怪訝な顔は潜めるが、ベルジェンニコフは警戒心のようなものは隠さず応えた。


「それはまぁそうです。軍の一員として関心は大いにありますが、直接事態に関わっていない私に外交官の立場にあるあなたが何故ここで持ち出すのか――意味を図りかねます」


 当然ですね――と頷くフェルミ、笑みは絶やさない。そんな彼の顔を見て僅かにベルジェンニコフ眉を顰めた。そんな反応に気づいてか気づいていないのか、フェルミはそのまま話を続けた。


「両施設内より手引きがあったのではないか――と言われていますね。空挺降下部隊の降下に際して対空監視システムが全く機能しなかったらしいですし、確実に施設内部に協力者がいたと判断されます」

「そうですね。レーダー探知の難しい強化装甲兵アーマーズによる高高度降下とは言え、全く引っかからず無防備に強襲を許すなど考えにくいですからね。その後の施設警備もロクに機能しなかったと言いますし、かなり積極的な妨害があったみたいですし」


 しかし――とベルジェンニコフは言葉を続ける。


「しつこいようですが、その話を何故ここで私にするのです? 私は現在その事案には関わっていませんよ。職務中ですし、世間話の範疇でしたら、この辺で終わりにしたいのですが?」

「いやいや、これは職務に関する話です」


 ですからそれは――とベルジェンニコフは言いかけるが、フェルミは制して自身の言葉を続けた。


「失礼、これはあなた自身・・・・・と深く関わる話なのですよ。まぁ軍の公的な職務からは少し外れますか」


 ベルジェンニコフは無言でフェルミの顔を見る。だが一呼吸置いて訊いた。


「いったいそれは……どういう意味なのですか?」


 するとフェルミの顔から笑みが消えた。初めて見せる真顔にベルジェンニコフは驚きすら感じた。暫く沈黙が続いたが、やがてフェルミが口を開いた。


「〈超能計画〉――知ってますね?」


 ベルジェンニコフは何も反応しなかった。だが顔には明らかな動揺の色が現れていた。


「これから述べることはあなた自身に深く関わることのはず。今回の事案はあなたの過去と現在に深く関わり、そして未来の行く末にも大いに影響を与えると言えましょう」


 そしてフェルミは話し始めた。





 ――ゲオルグ・フェルミ、絶やさない笑みは本心を隠すためのものだろう。そんな彼が真顔で話したあの内容・・・・、噓偽りだとは思えなかった。如何にして情報を入手し、確認できたのかは不明だが、あの男は恐らく何らかの諜報機関の者、駐在武官という立場は皇国に於ける情報収集活動を続けるためのものだろう。同盟国とは言え、そうした活動をするのは当然、皇国だって汎米本国で似たようなことをやっているはずだ。だが――――

 あの情報・・・・は皇国の闇そのものと言えるもの。最高機密の更に上を行く絶対隔離情報だ。それが他国の者に知られていたというのか? それを成し遂げたというのなら、なるほど優れた諜報能力だが、皇国のセキュリティは甘くないはずだ。いったいどうやって……?


 いや――と頭を振るベルジェンニコフ、気持ちを切り替えようとしている。


 ――それはいい、それよりも彼の言ったことだ。


「〈ボリス〉くんは生きていますよ・・・・・・・


 ――これは何だ? 私を惑わすのが目的かとも疑ったが、そう信じて振り払うことができなかった。何よりもあの真顔が偽りのないものだと思わせた。


『もしあれが演技なら、超がつくほどの職人芸だな』


 すると皆が一斉に自分を見ているのに気付いた。しまった――と、ベルジェンニコフは思った。


『何を言っているのです、三佐?』


 ハサンが問いかけてきた。


『いや、まぁ……その……』


 口調はしどろもどろで動揺が駄々洩れ。常に余裕を見せて振る舞い続けたベルジェンニコフらしからぬこと請け合いだった。


『三佐、あれが目的の区画ですね?』


 玖劾クガイのその言葉が救いになった。皆の注意は眼前の光景に向かい、彼女の様子に対する関心は失われたからだ。

 扉は大きく開け放たれたままだ。内部の様子が少し伺える。皆は左右に展開し、扉の影に密着する。そして探査を開始した。


『何も映らねぇな。猫の子一匹いやしねぇってのはこのことだな』


 内部には大小様々なサイズの実験機器が設置されていた。遠心分離機や攪拌装置、各種分析装置などだ。小規模だが冷却水プールもある。その間に敵の姿は見られない。


『主にプルトニウム核種の抽出、そして核弾頭のより効率的な製造実験施設だ』


 ベルジェンニコフの説明により皆の緊張が高まった。つまりここにはより毒性の高い核物質であるプルトニウムがあるということになるからだ。


『敵がここにいるとなると、プルトニウムを盾にすることも考えられるか?』


 ハサンの呟きだ。

 探査に引っ掛からないからと言っていないとは限らない。敵には高度なステルス機能があるからだ。今も息を潜めてここにいる可能性はある。その敵が何かするとなると、核物質を盾にするのは十分に有り得る。勿論ここにいた場合の可能性であり、他の場所に向かっていたのなら関係はなくなる。


『考えられるが、それは敵にとってもリスクの高い選択になるな』


 プルトニウム溶液や冷却水プールなどを破壊し、連鎖核反応を引き起こすとなると、それは敵にとっても命取りとなりかねない。得るものはないだろう。


『可能性は高いんじゃねぇか? 敵はもう追い詰められている状況だぜ。死なば諸共の心境になってンじゃねぇか? まぁここにいるとしたら――だがね』


 モランの言いようは最もなところもある。仲間はかなりやられ、外は高レベルの放射能汚染状態でドーム奥深くに退避せざるを得ない状況。逃げ場があるとも思えず、捨て鉢になる可能性がある。繰り返すが、これはここにいる場合の可能性であり、他の場所に向かっているのなら関係はない。


『この区画からの移動は難しいが、全く不可能ではないだろう。何らかの撤退手段は作っているのかもしれない』

『しかし三佐、この区画は一本道なのでは? 我々の現在いる扉以外に出入口が無いのでは? もし、今もここにいるとしたら、敵は袋の鼠状態ですよ。ここに逃げ込む意味は余りないと思います。我々が来るまで少し間があったし、撤退を主に考えるのなら、この区画には来なかったのではないかと』

『そう考えるのが一番合理的ではあるが……』


 ハサンはやはり疑問に思った。どうもこの区画に敵が向かったと確信しているフシがある。その理由は何か? 考えてみるが、判断する材料はない。


 ――何か隠しているということか……


 三佐――と、玖劾が最奥の一角を指し示す。皆の情報表示ウィンドウに強調して映し出された。


『あれは更に奥に通ずる扉だな?』


 重厚な金庫扉のようなものが見られる。それは今はしっかりと閉じられているように見える。


『ふーむ、逃げ込むにはいいかもしれないが……かなり厳重なロック機構みたいだし、開けられたのか?』


 かなり堅牢な扉と思われる。事によったら超高速滑空弾を直撃させても破壊できないのではないのかと思えた。


『三佐、あの奥には何が? マップではこの実験施設の奥は空白になっていますが? もしかして前に言われていた医療施設なのですか?』


 ハサンの問いには様々な疑念の思いが現れていた。


『三佐?』


 ベルジェンニコフは何も応えず、ただ扉を凝視していた。その表情には苦悩としか言えないものが垣間見えていたが、映像通信には載せていなかったので皆の目には映らない。だが気配のようなものを皆は感じていた。


『三佐、そろそろ話してくれねぇか? アンタ、何か隠してんだろ?』


 モランが疑問を口にした、やはり彼も疑っていたようだ。ベルジェンニコフの身体がビクッと跳ねた。メカニクスの身体ボディは忠実に彼女の心理を反映したものと思われ、それ故に心中の動揺を皆に知らせてしまった。


『それは……』


 言葉は途切れる、言うのを躊躇っているのが分かる。


『いい加減にしてくれよ、俺たちは命かけてんだぞ? そんなんじゃ信用できんのだよ! こんなんじゃ、戦えねぇっつーの!』


 モランは畳みかけるように言った。ベルジェンニコフは黙って聞くだけだったが、やがて大きく深呼吸の動作をして――――


『そうだな、君たちにも知る資格はあるな――』


 尚も続けようとしたが、玖劾によって中断させられた。


『いるぞ、扉手前の真正面に1人』


 何だと――と皆は一斉に構えた。


『待て、何も見えんが……いや、熱電磁光学ステルスか』


 ハサンの言葉、探査画面には反応なし、と出ている。


『ピンを打ってみたが……音響面も無反応だ』


 モランも、彼は様々に波長を変えてピンを打ったが全て反応なしとの結果だった。


『本当なのか、玖劾? 熱電磁光学ステルスと音響サウンドステルスを同時に完璧に機能させるのは困難だぞ? 本当に扉正面にいるのか、今もか? 何で分かるんだ?』


 そこにはやはり何も映っていない。何も存在していないとしか言いようがないのだ。しかし玖劾は言い切った。


『いる、今も堂々と立っている。移動などしていない』


 何故言い切るのか、疑問は消えない。だが、なら――と、モランが重機関砲を構えて言う。


『座標を指示してくれ。一発ぶっ放せばハッキリするぜ』


 安全装置を解除してFCS(火器管制機構)とトリガーを直結リンクさせた。これでモランは思考で直接銃撃できるようになる。座標入力完了次第、ナノセカンド単位で銃撃できる。


『ダメだ、こんなトコで銃撃はするな。下手したら核物質が飛び散るぞ』


 ベルジェンニコフが制した。


『狙いは外さねぇよ』

『それでもだ。跳弾なども有り得るぞ。あの扉は重機関砲の高速徹甲弾くらい難なく弾く』

『外さねぇっつーの! だから――』


 モランは不満たらたらだ。


『俺がる』


 言うや、玖劾は自身の装甲服アーマー背嚢バックパック分離パージした。背中の全てを覆っていた巨岩のようなブースターユニットが降ろされる。右肩に接続されていた超高速滑空弾砲は分離パージと同時にユニット右側に移動、固定されている。左肩のミサイルランチャーも同様。他に両腿のロケットランチャーも同時に外した。


『お前……近接格闘戦に特化するつもりか?』


 ハサンが問う。玖劾は無言で頷いた。AMライフルも置いている。唯一の例外が重機関砲、背中のアタッチメントに接続させている。今、彼は殆ど強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーだけの出で立ちとなっている。各種強化パーツは外された状態だ。


『待てよ、オイ。敵は少なくとももう1人いるはずだろ? そいつも見えてんのか? 区画に入った途端に狙い撃ちされたらシャレにならんぞ』


 モランの言い方にはかなり苛立ちが現れていた。玖劾の行動が気に食わないと見える。


『それも分かっている』


 何?――と皆は思った。


『もう1人は奥の扉右上のメンテナンス用高架路にいる。正確な位置は把握できないが、だいたいは分かる。そしてそれ以外誰もいない。この中には2人だけだ。対処は可能だ』


 玖劾は断言した。


『いやお前、何を根拠に? 敵のステルスはかなりのものだろ? こっちのセンサーには何も映ってねぇんだ。完璧に透明状態のまま接近されてもやれるのよ? つか何で分かる? 正面の敵とやらもホントなのか――』


 ここでベルジェンニコフが言葉を挟んだ。


『君は……視える・・・――のか?』


 玖劾は無言で頷いた。


『できるのか? 敵は……“能力ちから”が使えるぞ!』


 “能力ちから”――殊更に強調したベルジェンニコフの言い方にハサンとモランは注目した。


『三佐、それは――』


 だがベルジェンニコフは2人には応えず、玖劾に問いかける。


感知・・できるのだな、玖劾くん? 君の“能力ちから”が囁く・・んだな?』


 やはり玖劾は無言、頷くのみ。既に彼の意識は大部分が区画内、特に扉前にいるという敵に向けられていた。

 分かった――とベルジェンニコフは言った。そして更に一言――――


『ならば存分にやってくれ!』


 了――と簡潔に応え、玖劾は歩き出した。無造作に、ただ歩き始めたのだ。ハサンとモランは戸惑うが、それでも即座に銃撃体勢に入った。援護のためだ。銃撃は危険だが、敵が撃ってきたのなら仕方がないので構えるしかない。スコープに強調して映される玖劾の姿を見て彼らは思った。


 “能力ちから”とは? それはセンシティブと呼ばれる能力のことなのか――――?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る