第18話 査問会議
大型のホログラムスクリーンが展開、その中で大勢の群衆が一丸となって歩いている映像が映し出された。ニュース映像になる。LIVEとの表示があるので、今現在進行中の光景だ。画面の右下に〈ナカツノクニ尾北〉との表示が出ているが、そこでの光景なのだろう。〈タカマノハラ名古屋〉の北部の濃尾平野にある衛星都市だ。
群衆は様々なプラカードや大弾幕を掲げ、何かを叫んでいるようだ。声が拾われている。
「戦争反対! 自衛軍の横暴を許すな!」
「皇国政府は我々国民を何だと思っているのか?」
「国土の大半を見捨て、タカマノハラに引きこもり、自分らだけの平和を貪るな!」
「直ちに
「難民救済こそが平和への道! 彼らの生活の安定こそがテロの根絶になると理解しろ!」
「近代精神から大きく後退した皇国の全体主義体制を許すな!」
映像の前に報道記者と思われる女の顔が映し出された。現場にいるのだろう、デモ隊の直ぐ近くにいるのが分かる。彼女は些か引き攣った表情をしているが、デモ隊の様子からプレッシャーを受けているのだろう。口を開き実況を始めるが、声も震えていた。
〈ご覧下さい。これは現在ナカツノクニ尾北タウンで行われているデモ行進の映像です。一昨日未明、突如として世界配信された自衛軍による虐殺映像に対する抗議行動になります。参加人数は主催者発表などがないので不明ですが、一見して1万は越えているのではないかと思います――〉
画面が切り替わった、上空から俯瞰した視点になった。ドローンからの中継映像になる。幾つもの街路に立錐の余地もなく密集した人々が確認できる。確かに万の単位に達しているだろう。
〈これは民衆の不満がかなり溜まっていた事実を表すものかと思われます。今世紀に入ってずっと続けられてきた皇国のタカマノハラ政策――国土と国民の大半を切り捨てる間引き政策に対する彼らの怒りが爆発したものであります。近代民主主義から大きく後退した皇国の諸政策は人権軽視も甚だしく――〉
「何かね、あの記者は? たかが報道の分際で国を批判するとは何様のつもりだ?」
スクリーンの前に何人もの人々の姿が見られた。照明が落とされているので全体像が把握しづらいが、スクリーンからの光の反映で20人ほどの人がいると判断できる。立体映像の球形スクリーンを取り囲むようにして座席していた。
「最近は人権活動家というものが幅を効かせているようだしな、そんな連中の影響でも受けているんじゃないかね?」
「全くな。こんな時代になっても人権とか……、平和ボケなんて死語になったと思っていたが、まだ生息しているみたいだな」
「確かに、困ったものだ」
「ところでこれ、タカマノハラでは放映されているのか?」
「いや、遮断されている。その点は抜かりはない」
「だったらナカツノクニでも放映させるなと言いたいな。尾北以外でも似たような騒動が起きているのだろう? 報道がデモを連鎖拡大させることもあるだろうし、“外”の出来事とは言え放置はいかがだと思うな」
「その辺は総務省の管轄だが、気にしていないようだ。連中は世論というものを考えてはいないのだろう、外のことなど知ったことじゃないのかもしれない」
「この点が違うな。同じ天上人とは言え、外と関わる軍部とは認識が違ってきているな。あまりナカツノクニやヨミを無視してはいかんのだがな」
「いや、所詮は
スクリーンは縮小、同時に音声も下げられた。同時にその場の照明が上げられた。それで場の詳細が分かるようになった。
彼らは全員自衛軍関係者だ。スクリーンを挟んで2つのグループに分けられている。一方は徽章から将官クラスと判断できる。大半が自衛軍制服組だが国防総省の事務官・政務官の姿も見られる。ここまでの発言は全て彼らのものによる。概して笑みを浮かべているが、どこか冷笑的だった。
もう一方は押しなべて無言を貫いていた。将官クラスの軍人たちとは違い、皆不機嫌そうにしているか、無表情だった。その彼らは、ハサンたち
「まぁいい。さて諸君、理解していると思うが、今回君らを呼び出した理由はこの騒動にも関係していることだ」
発言した将官はスクリーンの方に目を向ける。ハサンが頷いた。但し無言、発言はしない。するとその将官は右手を上げて言葉を続けた。
「ああ、誤解しないで貰いたい。確かに査問会の名目で君たちを召喚したのだが、決して非難するとか罪に問うものではないから、その点は安心して貰いたい」
分隊の何人かが互いを見合う。彼らは皆、怪訝そうな顔をしていた。何人かが疑問を口にする。
「だったら何なんだ?」
「知らねぇよ」
小声で互いに会話するだけだったが、将官たちにも聞こえたらしい。ギロリと睨んできた。睨まれた者たちは肩を竦める。
「全く礼儀を知らぬ奴らだ。こいつらも
その将官の言葉は当然ながら分隊員を刺激した。大半の者らはあからさまに不機嫌な顔をしたからだ。
「その辺にしたまえ、お互いにな」
その言葉で場は収束したというわけでもないが、取り敢えずこれ以上は波風立つことはなくなった。
「統幕議長、発言をお許し願いたいです」
ハサンが口を開いた。彼の目は対面する将官の中央にいる白髪の男に向けられていた。その男は頷き――
「許可する」
簡潔に言った。ハサンも頷き、発言を続けた。
「今回我々が呼び出された理由は懲罰等の審議のためではないとのことですが、となると如何なる目的なのですか?」
白髪の男――統合幕僚会議議長の職にある上級陸将は「ふむ」と応え、一呼吸置いて言葉を続けた。
「情報収集のためだ。あの陥没孔底で起きたことに関して、現場にいた者としての肌身で感じたものを聞きたいと思ったのだ」
状況報告ならば既に為されている。戦闘記録などは
「肌で感じた……感触ですか?」
「そうだ。――で、どう思ったのかね? 今回のテロリストの行動に関してどう感じるか?」
ハサンは上を向いて目を閉じた。考えをまとめているのかと思わせる仕草だ。但し僅かな時間、彼は直ぐに議長に向けて応えた。
「“待ち構えていた”ように思えます。我々に“虐殺”を行わせ、そのシーンを捉えることを第一の目的にしていたと今では思えます。攻撃が行われたのは我々分隊が担当した陥没孔底の村だけだったし、他はただの無人基地だったようですね」
他に2か所の陥没孔が捜索されたが、それらは全て無人。備蓄基地の類で、取り繕うような感じの警備ドローンが少数配備されていただけだった。人がいたのは、ハサンたち分隊が担当した陥没孔だけだったのだ。
「罠だった――そう考えているのだな?」
「はい、反皇国プロパガンダのための材料にされたのでしょう」
スクリーンが切り替わった。中継映像から陥没孔底での作戦行動記録映像になった。
「まぁとても見れたもんじゃないからな。上品な天上人さまたちは見たくもないのだろーよ」
モランの呟き。やはり小声だが聞こえたのだろう、将官の1人が彼を睨んだ。だが彼は知ったことかという顔をしてソッポを向いている。右隣のレイラーが彼を小突いた。
「やめなさいよ。機嫌を損ねて、やっぱ懲罰だってことになったらどーすんのよ?」
「へっ、知るかよ」
「アンタ1人ならいーけど、アタシらまで巻き込まないでって」
更に何人かの将官がモランたちを睨んだ、同時にハサンも2人を睨む。流石に彼らは沈黙した。その後、議長が言葉を続けた。
「反政府勢力による反皇国プロパガンダは今に始まったことではない。今回のような“虐殺映像”も幾度も配信されてきた。ただインターネットが崩壊している現代では情報発信の効果は限定的となっているので効果は今一つ上がっていない。とは言えネット環境は今も形を変えながらも何とか維持されており、些か努力が必要だが個人が世界の情報を隈なく入手することはできる。それに今回のはかなりセンセーショナルになっているので、流石に影響は無視できない」
一部だが今回の虐殺映像が流された。将官の何人かが露骨に嫌な顔をして目を背けた。それは分隊の者たちにも言える。彼らにとっては自らの行為に基づくものであり、よりストレスは高かったのかもしれない。
噴き上がる血しぶきとたちまちにして四散していく人体の数々は、生半可なスプラッターシーンではなく、スナッフフィルムどころではない凄まじさだったのだ。
「議長、こんなものをここで流さなくても……」
背広を着た男が口を開いた。彼は国防総省の高級官僚の1人なのだろう、背広組というわけだ。行政官僚がいることからしても、今回の事態に対して国そのものが関心を抱いていると窺わせる。
「いや、必要なことですね。我々は戦争の現実をしっかりと知る必要がありますよ」
その発言者に皆は注目した。彼はその場の中で一番異彩を放っていたのだ。
金髪碧眼、白い肌――全て
「フェルミ中佐、今回あなたはオブザーバーとしてこの場にいるのであり、踏み込むような発言は控えていただきたいのです。同盟国として尊重はしたいのですが、どうか……」
高級官僚が嫌そうな顔をして釘を刺した。
「これは失礼。良かれと思って発言したのですが、過ぎたマネでしたね」
フフと笑って言葉を終えた。それはどこか心をざわつかせるものだった。高級官僚などは侮辱と受け取ったのかもしれない、顔が紅潮してきたからだ。明らかに気に入らなさそうだが、彼は不満を口にしなかった。
フェルミ?
彼の存在は分隊員たちにも意外なものに思えた。軍服からして汎アメリカ連邦軍軍人だと判断できる。汎米と皇国は現在同盟関係にあり、軍事交流の一環として互いの軍人が相手国に駐在しているのは事実。フェルミもそんな駐在武官の1人なのだろう。だが、今回のような査問会に他国の軍人が参加するものなのだろうか? 許されるものなのだろうか?
そうなのかもしれない。自分たちが知らないだけで許される権限とか、何かがあるのかもしれない――などと考えても見たが、適当な理由が思いつかなかった。結局あの男は何なのだ? 答は出ない。
議長の質問が続いていた。
「君たちは罠には気づかなかったのだな?」
「はい、迂闊と言えばその通りなのですが、土壇場まで自爆攻撃の可能性には気づきませんでした」
すると別の将官が口を開いた。
「貴様、それでも現場指揮官なのか? 昨日今日招集された新兵でもないだろう? 経験を活かしてないぞ」
ハサンは何も応えず黙ってその非難を受けるだけだった。モランたちなどははっきりと嫌そうな顔をした。何を言いやがる、現場を知らねぇ奴め――そう言いたいのは明白だった。
非難はいつまでも続きそうだったが、議長が手を上げて制したので程なく収束した。代わりに彼が発言する。
「テロリストによる自爆攻撃は昔からの常套手段だが、実は現在では実行例が少ないのが現状。そもそもテロリストと普通の難民・住民との区別は難しくて、対処しにくいものだということは理解している」
対処のための一番確実な手段は近づかないことか、遠間から問答無用で攻撃することだ。そのいずれも、今回のケースでは選択できなかったのである。
「彼らが使用した指向性爆弾はナノレベルから構成された有機系爆発物であり、臓器に偽装されていたそれを外部からの透視探査で看破するのは困難でした。とは言え、やはり可能性を鑑みて無闇に近づくべきではありませんでした」
ハサンは素直に見える反省の言葉を述べた。また別の将官が口を開いた。
「そうだぞ、反政府勢力に宣伝材料を提供しただけだからな! しっかり反省して貰わないとな!」
ハサンはやはり反論しなかったが、目をその将官に向けた。威圧を感じたのか、彼は少し怯む仕草を見せた。
「この点に関して疑問があります。質問してもよろしいですか?」
議長が頷き、先を促した。
「それでは。今回の敵は極めて用意周到だったように思われます。我々の行動が事前に察知されていて、待ち構えていたのではないかと疑わせます」
「つまり、作戦が漏れていたのでは――と言いたいのだな?」
「司令部、作戦管理部を疑うのは許されないのは理解しています。しかし現場の兵は命を懸けているのです。このような事態はあってはならず、懸念が発生するたけでも問題なのです。議長、今回統合幕僚会議の面々が集って査問会を開いたことからしても、あなた方も同様の懸念を抱いていたのではないですか?」
議長は笑みを浮かべた。
「その通り、この点に関して現在情報部が動いているが、進展があったと言っておこう」
進展? 分隊員は色めき立った。
「君たちの上官から情報が漏れていたらしいのだ」
上官? 彼らの脳裏には丸顔の男の顔が浮かんだ。
「それは……
議長は首を振る。
「それはまだ断定されていない。ただ嘴旧三尉、若しくは彼の周辺から情報漏洩があったと確認されている。現在情報部は彼を拘束、尋問を開始しているので、いずれ解答が出るだろう」
分隊員たちは互いを見合い、何とも言えない表情をした。どう言ったらいいものか、そんな戸惑いも見られる。
「ケッ、あんのオタフク野郎め、どこまでも俺らの足を引っ張りおって」
モランなどはあからさまな嫌悪を表し毒づいた。声も結構大きく、よって将官たちにもしっかりと聞かれた。
それは別としてハサンは感想を述べた。
「成る程、ともかくも三尉から漏れた情報に基づいて反政府勢力が動いたわけですね」
そうだ――と応える議長。
三尉による裏切りの有無は現状不明だが、ともかくも流された情報に基づいて反政府勢力は自衛軍を貶める作戦を実行することにしたらしい。準備は入念に重ねられ、いかにも勢力の拠点のようなものが構築、村人たちは恐らくそのために用意されて連れて来られたのだろう。
プロパガンダの道具として、ただ殺されるためだけに、生贄にされたのだ。
「それでも殺したのは俺たち――俺だ。その事実は変わらない」
それまで沈黙していた
「玖劾くん……だったかな? 君はどう思ったのかね?」
フェルミが口を開いた、笑みを湛えたままで。玖劾は彼に目を向けた。
「センシティブの可能性のある君の感覚ならば、気づいたのではないか? 実際会話の記録からそう思えるところもあったみたいだし」
玖劾は首を振る。
「センシティブ云々のことは知りません。自分はただの一兵士、便利なセンサーのように捉えられても困ります。自爆攻撃の可能性は感じていましたが、確信できたのは少女が動き出した時で、ギリギリでした。それでも事前に警告の必要はあったのかもしれません。この点は反省点になります」
そうだね――フェルミはそれ以上は何も言わなかった。ただ、ずっと玖劾を見つめていたのだが、熱が籠ったような眼差しをしていて、それが印象的だった。
沈黙が少し続いたが、やがて議長が口を開いた。
「もう一度強調するが、軍部は君たちを処罰する気はない。今回のはあくまでも情報収取のための意見交換だ。その点、安心してくれたまえ」
以後も査問会は続けられたが、内容は主に敵が使用した技術に関するものだった。一部だが最新鋭の技術が使われたことを自衛軍上層部は問題視しているらしい。しつこく繰り返された質問は関心の高さを窺わせた。
――人の命よりも
技術を使うのは人間、結局は人の命が世界を動かすのだという事実を彼らはどこまで理解できるのか――その深さが軍を、そして国の未来も左右するのだろう……
玖劾は将官たちを見ながらそんなことを考えていたが、やがて思考は止められた。フェルミが自分を見ていることに気づいたからだ。どうも先ほどの会話からずっとだったらしい。それで彼は気づいた。
――この男にも妙なプレッシャーを感じるな……
先日出会ったベルジェンニコフという女性自衛軍軍人と似た気配を感じたのだ。
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