花嫁戦記4

4-1

 アリアは郎党全員を前に、砦を探り全員が生きて帰る事を前提とした計画を説明した。この計画にはダッハの息子、トルプが囚われたか否かを確認する手段でもあった。


 砦指揮官ベールデナは前線全てに「人二侵攻ノ兆シアリ」と言う伝令を走らせ、警戒と防衛の備えを行わせた。砦陥落の事実はまだ一部の上級指揮官にしか伝えられていないが、砦の被害を確認に向かった調査隊が行方不明となり、トルプが消息不明となった事は伏せられた。

 トルプ程の実力者が倒されたとあれば、前線全域に広がる動揺は計り知れない、だが砦指揮官ベールデナはトルプが敗れはしたものの、落ち延びて何処で生きていると確信していた。


 アリアもその確信には賛同しても良いと考えた。それは支配者の血族を討ち取ったと言う戦果があるのであれば、すでに利用されていてもおかしくは無いからだ。

 だがヘム側からのそう言った戦況が報ぜられた形跡が無い事を月獣ゲットは語った。


 「可笑しな話だが、俺様の手のモノによれば、敵将クライン・ボルトとその兵団の慌てぶりが伝え聞こえてくる。」


 「奴もまたこの停滞した前線をどうにかしようと策を練ったのかもしれん。そして援軍として頼んだのがデーン将軍のと言うわけだが、、、」


 月獣は、推測だがと前置きして言葉を続ける。


 「ボルトと言う奴は堅実と呼ぶべきか臆病というか、着任以来、攻める気配を全く見せない。あったとしても偵察部隊の遭遇戦が精々いと言ったところでな、こちらから色々とちょっかいを掛けて見たものの、なかなか乗ってこない。手堅く守備を固めやり過ごして来ている。」


 「よほど優秀な独自の情報網をもって、こちらの意図に気が付いているか。忌々しい事だが「裏切り者」に高額を払ってこちらの内情を知っていると見える。ダッハ殿は侵攻の準備を進めてはおられるが「帝国」と渡り合うとなれば下準備もそれなりに時間が掛かる。」


 「お前は知らんだろうが色々とこの辺りは複雑でな、、、」


 砦指揮官ベールデナは溜息を付く。


 「だから今回の襲撃は計画的なモノでは無く、何かの事情でボルトとしても致し方なく行ったのではないかと思われる、、、だがな。」


 だが次の瞬間、月獣ベールデナは残忍かつ満足気な笑み浮かべた。


 「事態は動き出した。もはや戦となる事は確実だ、どの程度の規模になるかは分らんが、久方ぶりに領土の線引きが変わるだろう。」



 知識では知っていても、アリアには直接ヘムの軍隊と戦った経験は無い。奴隷やレティシアを基準として人の軍勢の動きを予測する訳にもいかない、今はただ、砦指揮官ベールデナの言葉から状況を推測する事しか出来なかった。


 ヘムはトルプを討ち取った事実の公開を進軍に合わせるつもりなのかもしれない、今はただ曖昧な状態にして憶測を刺激し、不安を煽ることも戦略として重要だ。だが「敵討ち」といった相手側の戦意高揚材料になることもある。準備が整っているか、勢いを利用する才覚が指揮を執る者に必要となる。

 月獣ベールデナが言うの前線の向こう側で領地を構えて対峙するヘム将軍の人となりでは、トルプを討ち取ったとしても、戦果を上手く利用する事は出来ないかもしれない。


 だが今はそれを考えたところでアリアに自身に何かが出来るわけでもなかった。目下の一番問題は砦の偵察とトルプの安否の確認をどうやって短期間で無事にこなすかだ。

 そしてアリアは一番確実な方法を選択した。トルプが戦場の何処へ落ち延びたかのか、力尽きたのかをあてもなく敵前で探る事は容易ではない、ならば囚われたか、討ち取られたか否かを突き止めるほうが早い、それは同時に砦の偵察を行う事にもなるからだ。


 アリアはこの話を月獣ベールデナに持ちかけられた時、そんな事は奴隷ばかりで戦力もまともに擁していない弱小クランには無理だと思った。

 そして断ろうとした時に気が付いた。これは自分達にこそ、打って付の任務だと。



 月獣ゲットはそこまで考えて言ったとは思えないけどね、、、



 「ヘムの奴隷とヘムに育てられた元「竜の血筋」が「力の神のご加護」ですか」


 風呂場でレティシアが皮肉を込めて言った言葉だが、今まさにそうだと、用意された状況と目の前のレティシアやコーボルト達切り札を前にアリアはそう思わずにいられなかった。


 世界は常に希望を見せる。ここからは自分次第なのだ。



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