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 レティシアは亜人デーム社会でヘム奴隷の子として生まれた。


 そこは亜人デームから「輝石領」と呼ばれる竜族が治める領土だった。領主は「竜の血筋」で無限の寿命をもち、永くこの土地を統治していた。

 「輝石領」はその名のごとく「美しい領土」だった。ヘムが見ればこの土地を治める領主の管理能力の高さをうかがわせただろう。だが実態は永く生きる領主の変質的な性癖の産物だった。

 整然と整えられた街並みや領土は元より、文化、風習、そして領主に仕える臣下に始まって、兵士、住人、奴隷に至るまで亜人デーム社会でも「輝石人キセキビト」と呼ばれるほど、種族ごとに領主の好みで「容姿」の在り方が定められていたのだ。


 そして領主には「人喰い」の習慣があった。


 「人喰い」それ自体は亜人にとって珍しい習慣では無い。発端は「神の戦ジャド」で英雄ベルドが倒した敵の眷属に敬意を表して行われた決闘や戦勝後の儀式だったと言われる。英雄の行為に、彼にあやかろうとする多くの者達が模倣したのが亜人社会全体における「人喰い」の始まりとされる。

 戦場ではしばしば戦に勝った亜人が行う儀式として、ヘムに知も良く知られ、恐れられる慣習でもある。

 だがその内容は亜人社会でもバラバラで、素材(食べる人物)を吟味した祭事の特別食の様なモノもあれば、とにかく人を襲って食べる集団等も存在した。

 亜人デームでもヘムでも食べる物は三柱ミハシラが定めた物だが、「力の神」がベルドの行いを咎めなかったため、「人喰い」は文化、慣習として根付いた。亜人社会で「食用」としての多くは無いが、人奴隷の流通が存在するのは確かだった。


 狂気的な管理統治によって永く続いた領主の「人喰い」は、領民の意識に刷り込まれ、反抗、不服従の危険があるヘム奴隷さえ、コーボルトの様に盲目的に従う「輝石人キセキビト」としてのヘムを誕生させた。


 ご領主様によって何時か自分は食べられるかも知れない。


 レティシア達にとっては最高の誉れであり、家族にとっての子供が領主に食される事は栄誉だったのだ。


 領主はとにかく「美しく、華麗、綺麗」という外見的なこだわりがあり、そう言ったモノを自らが管理して美的創作物として生み出すと共に、神の御手の造物として外へも求めた。

 亜人との戦に敗れ、囚われたサール達は眉目秀麗な容姿、そして依代としての能力、女傑ゴアの出産、子育てと言った教義上の知識を、に活用するため。かねてから「輝石領」領主を懇意にする高級奴隷商達が、各前線の将軍達に手を回し、高額を支払ってサール達を手に入れ、領主に収めたのだった。

 当時、領主は管理する領民の間に奇病が流行る事に悩まされていた。自身の知識で様々な手を打ったが、改善する気配が全く見られ無かった。

 領主はサール達に英霊の奇跡をもって領民を癒すことを命じた。数日領内を見て回った後、サールと母親は領主に「癒し」を行う場所の提供を願い出た。英霊の奇跡は亜人、人を問わず「輝石人キセキビト」達の奇病をたち処に癒した。

 領主はサール達親子の働きに大いに満足し、親子に褒美を摂らせるゆえ、願いがあれば申し出よと命じた。


 サールはこの時、母親に領主以上に狂気を見た気がした。


 母親は「女傑ゴア」の社を建設し、望む者へゴア崇拝を説くことを願い出た。奇病の発症は、神の定めた営みへ過度に手を加えた行為が「輝石人キセキビト」を呪っているのだと領主に説く。

 人奴隷の分を弁えない態度に激怒する領主、だが母親は臆する事無く切り込んだ。


 「ご領主様、そう怒らずともお試しになればよろしいでは無いですか、「女傑ゴア」は誰であろうと見込みがあれば声をお届けになります。それは今の領内の奇病を癒すことに最も重要な事と存じます。巫女、依代が我らだけでよろしいのですか?領民に巫女が居れば貴方様にとって悪い事では無いと存じます。」


 「また、貴方様の行いを悪いと言っているのでは御座いません。私共は貴方様に買い上げて頂い事は「調和の神」の加護だと思っております。」


 この言葉で領主は怒りながらも耳を傾ける態度に成った。サールはこの時、母の口の端が少し吊り上がったのを覚えている。


 「「輝石領」、これ程素晴らしいく統治が行き届いた領地は、ヘムの領域にも滅多と御座ません。私はご領主様に感服し、お助けしたいと心から願っております。」


 そこはサールも同感だった。ここに来るまでの人奴隷の過酷な環境を見れば、「輝石領」の人々はたとえ奴隷であってもいる。サールにはその時そう見えたのだ。


 「ご領主様、神の怒りに触れない方法を取れば良いのです。貴方様にはそれを行う力があり、私にはそれをお助けする知識と技が御座います。」


 「まずは話をお聞き下さい、我が主よ。」


 サールは、永く生き、狡猾であるはずの亜人支配者が「欲」に目を曇らせ、彼の瞬きするほどの時も生きていないだろう母親に、手玉に取られるように「提案」を受け入れる様子に背筋が凍った。

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