3-7

 身支度を整え、アリアは一人、砦司令官ベールデナの居室へ向かった。

 一人で来いと命じられた訳ではない、だが一人で来る方が問題が少ないと思ったからだ。

 部屋の扉をノックし、来訪を告げると。中から月獣ゲットが入出を許可する声が聞こえた。アリアは静かに扉を開き部屋に入ると同時に、部屋の主に跪き礼を取って謝意を述べた。


 「ベールデナ様、アリア・ゲラール参上いたしました。先ほど御無礼を働いたことを重ねてお詫び申し上げます。」

 「またそれに拘わらず、「紅月」様にはご好意、ご配慮を賜り、お礼申し上げる次第です。」


 アリアは黙って主の返答をまった。静まり返った部屋には料理の香りが漂う、まだ食事を終えていないアリアには腹の音が鳴るのではと危惧したが、離れていても聞こえる食べ物を咀嚼する品の無い音に食欲を削がれたため、気にする必要は無かった。


 「立て」


 月獣ベールデナは短く、そして鋭く命じた。アリアは素早く立ち上がる。


 「随分とかかったな、、、ん、お前一人で来たのか?」


 「また何か企んでいるのか?だがその色気の無い鎧姿では無理だな、まあドレスなど持参するはずもないか。」


 月狼ゲットはいやらしく笑った。だがアリアは特段気にした様子もない、鎧は入浴中にヘラレスや砦のコーボルトまでが手入れを行い綺麗にしてくれた。衣服にいったても補給物資の中から分けてもらい、寸法を調整するといった早業を披露し、この謁見に間に合わせた。簡素な衣類ではあったが、物資がそろっていた事、そして彼らの手先の器用さと人海戦術の効果に、湯上りで清潔な衣服に身を包んだアリアには、気を使ってくれたコーボルト達への感謝しかなかった。


 「まあいい、席に着け、腹が減っただろろう、飯でも食いながら話そうじゃな無いか、俺の奴隷コーボルトの飯は旨いぞ!!」


 長テーブルのを挟んで対面に座る。素早く給仕の奴隷コーボルトがアリアの前に配膳する準備始める。


 いい香りだとアリアは思った。食材も良いモノを使っているのだろう、だが美味しいと思って食べる事が出来るだろうか?

 部屋も調度もの野営に比べれば格段の差がある。だがアリアの目の端でソレを捉えて思った。やはりサールは連れてこなくて正解だったと。


 月狼ゲット席の足元では、鎖に繋がれたヘムの女奴隷が、床に置かれた皿へ直接顔を近づけて餌を食べる犬の様に食事をさせられていた。


 アリアは思う、彼女の自我は人のままだろうかと?


 砦の停車場で砦司令官ベールデナが場を去る時、鎖に引きずられた女奴隷を見て、サールが何かを嘆願しようとするのをアリアは押しとどめた。 


 「ごめんなさいサール。」


 アリアは月狼ゲットが気付かないで扉の向こうに消える事を祈りながら、僅かな時間を絶えた。そして姿が消えるとサールに向かって慰めなのか、事実確認なのか自身でも解らない言葉を掛ける。


 「彼女はもう駄目かもしれない、そして今の私達じゃ「救えない」は」


 その言葉にサール自身も納得はしていた。そして顔にやり場のない感情を押し殺す表情を滲ませ、謝罪を口にする。


 「、、、すまない」


 アリアはサールに微笑んで告げる。


 「気にしないで、貴方の気持ちは何となく想像がつくは、でも「堕ちた」とは言え「竜の血筋」の男子としては随分風変りね、貴方。」


 「ま~私も「女子」として随分変わってると思うけど」


 「貴方が何故「そうあるのか」、差し支えなかったら後でゆっくりと聞かせてね。」


 アリアはそう言って黙ったままのサールに伝えたが、急に思い出したように付け加える。


 「あ、勘違いしないでね、私には旦那様がいるんだから。」


 「貴方がが凄っくハンサムで、カッコいいのは認めるは、でもその気は無いからね。他の女と私を一緒にしないで、惚れても無駄よ。」


 サールはその言葉に苦笑した。アリアもまた笑った、そして深刻な表情で溜息をつくと、輜重隊長アビザルの元へ重い足取りで向かっていった。


 サールはしばらく自身の立場について思いを巡らせたが、ふと、鋭鬼オークにアリアが叱責されるであろうと思い出し、一緒に謝罪して赦してもらわねばと顔上げる。

 だが輜重隊長アビザルは、荷物を砦司令官ベールデナ元へ運べと指示し、なにやら不敵に笑みを浮かべ、アリアに耳打ちしている様子に安堵した。

 サールはアリア達が手を結ぶ相手として、唯一無二の存在だと思っている。おそらく自身の素性を話すことに問題は無いだろう。だが目的までは、、、


 サールはとりあえず荷役の務めを果たすことに集中した。

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