2-16

 前線砦に到着したアリア達は指揮官ベールデナ月獣へ挨拶に出向いた。

 だが月獣ベールデナ輜重隊長アビザル揶揄うからかうの夢中だった。アリアはアビザル鋭鬼に貸しを作っておくのも悪くないと考え、期を見計らって両者の間に割って入った。

 アリアは素早く片膝を着いて跪き、砦指揮官であるベールデナ月獣に上位者に対しての礼を取る。続くサールやヘラレス達も次々とアリアに倣って、月獣ベールデナに膝まづいた。


 思わぬ所で月獣ベールデナから解放され、ホッとしつつも事態の成り行きに困惑気味のアビザル鋭鬼。そしてベールデナ月獣は突然「暇つぶし」に横から闖入し、自らに頭を垂れるアリア達をしばらく黙って見降ろしていた。

 その間、アリア達の耳のは女|人奴隷の苦し気な息遣いと、作業をするコーボルト奴隷が立てる音しか聞こえなかった。


 だがそこへ静かに、そして徐々に大きな声で狂ったような笑い声が響き始めた。

 その声は、荷降ろし作業をしていたコーボルト奴隷達が凍り付き、鎖に繋がれた女人奴隷がビクビクと震え出す程だった。

 コーボルトであるヘラレスはどことなくソワソワし始め、サールもジッとしてはいるが、表情はには不快が見て取れた。アリア自身もその笑いには、怒りと嘲り、嗜虐と狂喜を感じ、ゾクりとしたモノが全身を駆け巡った。


 しばらく狂気じみた馬鹿笑いを続けた月獣ベールデナは、鋭鬼アビザルに向かって笑いながら近づき、軽く肩をを叩いた。


 「いやぁ~~~輜重隊長ぉ!!出世したねぇ~~~。」


 「「竜の血筋」を二人も部下に持つなんて、コリャ~敵わないなぁ~。」


 「僕ちゃん「牙」怖ぁ~い!!」


 アリアは鋭鬼アビザルへ助け船を出したつもりだっただろうが、月獣ベールデナは突然現れたを肴に「暇つぶし」を再開した。

 何かを少し期待したアビザル鋭鬼だったが、やはりこうなるかと観念する。


 「、、、、」


 アビザル鋭鬼はふと思う、いったい自分は何をしているのだろう?


 鍛錬を積み、技を磨いてヘム亜人デームを問わず、多くの敵を屠って来た。敗北も喫したが辛くも生き残り、次の機会と再起を目指していたはずだった。

 だが気が付けば、敵と戦うことなく「荷物の番人」をやっているでは無いか!

 深手を完癒させ肉体を万全とし、技を磨き、更なる武芸身に付けるための骨休めも兼ねた必要な、そしてわずかな間の休養だったはずだ。

 アビザルが命じられて輜重隊に来た時、そこは想像以上に腐った場所だった。

 支配者の軍団に於いて定めたの規律を守らない者は極刑だ。だが支配者とて全てを見渡せるわけでは無い。鋭鬼アビザル輜重隊員コブリンの有り様を嘆き、腰の双刀で八つ裂きにしようと思った事を今でも思いだす。

 旗色悪しと見るや戦場で遁走する馬鹿共雑鬼達、だが軍団での圧力としてその存在は欠かせない。アビザルは柄から手を放し、拳で痛めつけるに留めた。

 跪くコブリン輜重隊員の前で、アビザルは己の再起を図りながら、彼等を郎党クランとして自身の望む戦働き出来る兵に鍛え直す事を決めた。


 あの敗北の日、


 軍団が戦列を崩さなければ、肩を並べてた戦う強者が居れば、、、

 過ぎ去った過去を嘆いても仕方が無い、「力の神」は生きよと告げたのだ。


 俺はまだ「英霊の塔」の扉をくぐるだけの戦働きをしていない。


 英霊になれるとは思っていない。だが鋭鬼アビザルはあの日以来、戦場で勇猛に戦えば、戦いで果てたとしても存在を火を焼き付ける事が出来る。誰かの記憶に残り、神話の存在、憧れる「勇者」に会う事が叶うのではと思うようになっていった。

 輜重隊長を見事に勤め、認められれば一介の兵士から部下を掌握し戦場で武人として、指揮官として武芸と采配を揮う事が出来る。雑鬼コブリンでは無く、鋭鬼オークで組織された精鋭部隊を率いる事も夢ではない。


 そうすれば、、、


 アビザル鋭鬼はあの日戦ったヘムの軍団の指揮官と再びまみえ、彼等を腰の剣で切り刻み、血の海へ沈める事を誓った。

 だが現実はアビザルの思い通りにいかなかった。輜重隊長を見事に勤め、認められた。だが彼はそのまま「優秀な監督者」として輜重隊を任される事になった。

 鋭鬼アビザルは上位者に戦場で戦うコトを申し出た。だが上位者は鋭鬼アビザルに言った。


 「今、やっている事も戦のそのモノだ。」


 「お前の能力は認めよう、だがまだ「その時」では無い。それが理解できない立場でも無いだろう輜重隊長?」


 「ここで大きな戦いに備えるか、野に下って小さな略奪に満足するか、お前が好きに選べばいい。」


 「もちろん戦において戻ってくれば「一介の古強者」として歓迎しよう。」


 アビザル鋭鬼は迷うことなく輜重隊に残った、あの日、宿敵と定めた「軍団の指揮官ヘム」を倒すために。


 奴は必ず戦場にいる!ならば軍団から遠のくなど以ての外、全ては己次第なのだ。


 鋭鬼オークは信じて疑わなかった、これが扉をくぐる為の試練だと。

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