第21話 更なる災厄
◆カンヅラ子爵◆
「旦那様、廃村に潜入した密偵から報告が届きました」
トマスンが例の廃村に関しての新たな報告を持って来た。
廃村に送り込んだ難民の中には、トマスンが忍び込ませた密偵が紛れ込んでおるのだ。
「奴等は難民をどうしたのだ? 追い返したのか?」
「いえ、食料を与えて村に住まわせることにしたようです」
「なんと!? 平民ごときに施しをするとは、あの村の連中は救い様のないお人好し共だな! そんな事をしても何の益にもならぬというのに」
だがまぁ好都合か。これで連中の兵糧は減る一方だ。
「ただ、村に潜ませた密偵の報告が、木から家が生えただの、家具や生活物資までセットだったという訳の分からない内容だったことが少々気になりますが」
「何だそれは?」
本当にわけのわからん報告に儂等は首を傾げる。
「恐らくですが、密偵として送った者が文字に不慣れな事が原因かと」
「程度の低い者を使うからだ。事が終わったら、密偵共には最低限まともな文章を書けるように教育をし直すよう命令せよ」
「はっ、申し訳ございません」
まったく、木から家が生える訳が無いではないか。これだからまともな教育を受けた事のない平民は度し難い。
「それで、魔物と賊の討伐状況はどうなのだ?」
「はっ、先の廃村での戦いで減った人員の代わりに、冒険者を使い捨ての駒として投入した事が以外にも功を奏しました。さすがは常日頃から魔物と戦っているだけの事はありますな。たださすがに魔物の数が多く、冒険者の消耗も激しいようです」
成る程、冒険者を利用したか。悪くない策だ。
「ふん、所詮は命を懸ける事でしか金を稼げぬ下賤の輩よ。儂の領地を守る為の盾になるなら連中も本望だろうて。だが冒険者ごときに金を使わねばならんのは気に入らんな」
「ご安心ください。冒険者達の報酬は安い基本報酬とは別に、討伐した魔物の強さと数によって報酬を追加する出来高制を提示しておきました」
「まて、報酬を増やしてどうする。それでは余計な負担になるではないか」
「寧ろ逆でございます。追加報酬は魔物一体につきです。つまり強力な魔物でも大人数で事に当たっては分け前が少なくなるのです。そうなっては折角苦労して魔物を討伐しても、大した収入にはなりません」
「ふむ? するとどうなる?」
「はい、大人数での安全な狩りを避け、少人数による一攫千金を狙うようになります。ですが少人数では個人の負担も大きくなりますし、無傷の魔物はまだまだ残っております。結果消耗した所を物量で押し切られ全滅する者達が増えているそうです。お陰で魔物と共に冒険者の数も減りますので、報酬の支払い額も減って一挙両得でございます」
「ははははっ! 欲深い愚か者には似合いの末路よな! 欲をかいて銅貨一枚すら手に入れる事が出来ずに死ぬとは!」
「ええ、依頼を失敗した死者に報酬を支払う必要はありませんから」
いやこれは愉快だ。実質タダで冒険者共を利用しているも同然ではないか!
「これであの忌々しい廃村に温存した騎士団を投入する事が出来るな」
「おっしゃる通りでございます」
これなら予定よりも早く廃村攻略を再開できそうだと気分が良くなる。
だが次に入って来た報告によって、そんな気分はすぐに台無しにされた。
「た、大変です旦那様!」
突然、慌てた様子の騎士が部屋に飛び込んできた。
「何事だ!」
ええい、えっかく良い気分だったというのに、もっと静かに入ってこれんのか!
「も、申し訳ありません! ですが本当に大変なのです! 西方の魔物討伐に向かった騎士団が全滅いたしました!」
「何だと!?」
騎士団が全滅だと!?
「どういうことだ。騎士団には冒険者も同行している筈。冒険者が全滅する前に騎士団が脱出する時間を稼げた筈だ」
トマスンがすぐに報告に来た騎士を問い詰めると、騎士は顔を青くしながら事情を説明する。
「はっ、それが、西方に向かった部隊からの定時報告がなかった事で、部下に偵察に行かせたところ街道沿いに凄まじい数の『武器封じ』が発生していたとの事です!」
「『武器封じ』の大群だと!?」
武器封じと聞いたトマスンが驚きに目を見開く。
「トマスン、武器封じとはなんだ?」
「はっ、はい。その、『武器封じ』とは、文字通り物理攻撃が全く通じぬ魔物です。アイアンイーターというスライムの一種なのですが、奴には剣や槍の斬撃や刺突、それに槌やメイスでの叩く攻撃も通じません。唯一効果があるのは魔法の為、『武器封じ』を見つけたら繁殖される前にすぐに魔法使いを投入して滅ぼす必要があります」
「ならば魔法使いを投入すればいいではないか」
「それが『武器封じ』の数が多すぎて、偵察に赴いた魔法使い達ではとても魔力が足りなかったそうです! しかも連中、こちらが滅ぼす以上の速度で仲間を増やしているらしく、マナポーションで魔力を回復してもとても討伐が追いつかないとの事です!」
「こちらが討伐するよりも早く!? まさかキングか!?」
「恐らくは……」
トマスンが口にしたキングと言う言葉に、儂は背筋が寒くなるのを感じる。
魔物には時折キングと呼ばれる非常に強力な個体が生まれるのだと言う。
キングは単体でも強いが、特に恐ろしいのは仲間を強化する力だと。
それゆえ、キングが現れた時は全力で討伐する様にと幼いころ家庭教師からしつこく念を押された事を覚えている。
「なんという事だ、よりにもよって『武器封じ』のキングだと!? そんなものが暴れたら、間違いなく町がいくつも滅ぶぞ!」
トマスンが額に汗を浮かべながら、手を震わせる。
「ならばキングを討伐すれば『武器封じ』も弱体化するのではないか?」
キングは同族の魔物を強化させる。ならばキングを倒せば魔物が弱体化するのも事実。
「我々もそう考えたのですが、武器封じの数が多すぎて、キングの姿を確認する事もできませんでした」
「街道沿いでキングの姿を確認できぬ程の数だと!?」
トマスンも騎士も、絶望に染まった顔で俯く。
「ええい、なんと情けない事を! それでも栄光あるカンヅラ子爵家の家臣か! 急ぎ何とかせい!」
「こうなっては各地に配置した騎士団および冒険者の魔法使い達を『武器封じ』討伐の為に集めるしかありませんな。それによって各地の戦力が下がりますが、背に腹は代えられません。さらに言えばそれでも手が足りぬ可能性が高いです。すぐに中央に援軍を要請するべきかと」
「え、援軍を要請だと!?」
討伐に遅れが生じれば、それだけ中央の追及が厳しくなる。
だと言うのに、援軍まで要請しては、儂の評価が下がってしまうではないか。
何か良い方法はないものか……
と、そこで儂の脳裏に良い考えが浮かぶ。
「そうだ! あの廃村に『武器封じ』共を追い立てれば良いではないか!」
「はっ?」
「『武器封じ』共を廃村に追い立て連中と戦わせるのだ。連中とて主力は剣であろう? ならば連中の戦力を減らしつつ『武器封じ』の数も多少は減らすことが出来る筈」
「し、しかしそれでは例の果物が手に入らなくなる危険がありますが」
トマスンが慌てて儂を制止してくるが、こやつめ、慌てるあまり当たり前の事にも考えが及ばぬのか。
「落ち着けトマスン、もちろんそのまま放置したりはせぬ。双方を消耗させている間に魔法使い達を集結させてキングに一斉攻撃を浴びせるのだ。廃村の連中が『武器封じ』の数を減らしてくれれば、キングの居場所も容易に判明しよう。それなら例の果物に犠牲が出る前に効率よくキングを討伐出来る。あとは残った武器封じを廃村に追い立てながら殲滅すれば良いのだ」
「な、なるほど。敵同士を相争わせるという事ですか」
やっと儂の策に理解が及んだトマスンが納得したと頷きを返す。
「しかしそうなると廃村への途中にある村や町が犠牲になりますが……?」
「平民の犠牲がなんだというのだ! 儂の騎士団に被害が出るよりもよほどましではないか!」
馬鹿者め。まだそんな甘っちょろい事を言うのか。
更に言えば儂の策はそれだけではない。
「更に魔物を討伐した恩をちらつかせて、相手を交渉のテーブルに着かせるべく壁の中から出てこさせるのだ」
「相手を消耗させる事で交渉のテーブルに出ざるを得ないと納得させ、これ以上の犠牲を出さないように和睦をなされるのですか?」
トマスンが見当違いの考えを口にしたので、思わず笑ってしまった。
「はははっ、馬鹿を言うな。平民相手に和睦などあり得ぬわ。連中の代表がノコノコ出てきた所でひっ捕らえ、そやつを人質にして門を開けさせるのだ。そして中に入ったら反逆者共を皆殺しにするのだ!」
「な、なんと……!?」
「どうだ? 良い策であろう?」
二重三重に考え抜かれた儂の名案に、トマスンが目を丸くしている。
ふふふ、儂の知略に驚いているな。
「さ、流石は旦那様です。見事な策略かと」
「うむ。さすがは儂よな。これならば中央の騎士団で軍師となる事もできるであろうよ。難民による兵糧攻めで弱った所で剣の効かぬ『武器封じ』攻めだ」
いや全く以って我ながら恐ろしい程の頭の冴えだ。
ここにきて軍師としての才能に目覚めてしまったらしい。
「さ、さすがは旦那様。知恵なき魔物すら自らの策に利用するとは。旦那様の知略の前には廃村の連中も一網打尽でしょう」
トマスンの目が儂への尊敬と畏怖で煌めいておるわ。
いかんな、少々才能を見せすぎたか。
「はっはっはっ! そうだろうそうだろう! よし、急ぎ『武器封じ』を廃村に誘導せよ! その途中にある町や村がどうなっても構わん!」
「は、はっ!!」
くくくっ、一時はどうなる事かと思ったが、終わってみればなかなかの結果ではないか。
見ておれ廃村の反逆者共よ。儂の恐ろしさを骨の髄まで味あわせてくれるわ!
◆トマスン◆
やれやれ、旦那様にも困ったものだ。
町を見捨てて、敵を追いたてる為に魔物を利用しようとは。
それでは町からの税収が期待できなくなるではないか。
「何が軍師だ。あの様な愚かな策は軍学校の劣等生でも考えぬよ」
分かっていた事だが、旦那様は先代様とは比べ物にならんほどの無能だ。
所詮は長子であるだけが取り柄の甘やかされた子供でしかない。
「とはいえ、そのおかげで我々も美味しい思いが出来るのだがな」
先代さまは有能であったが、それ故に我々が甘い汁を吸うのは難しかった。
だが今の旦那様ならば、いくらでもごまかしが効く。
「とはいえ、このままではその甘い汁が吸えなくなるか。そこのお前!」
「は、はい!」
私は近くを通った部下に命じ、『武器封じ』が暴れている街道から廃村までの間にある街や村の住人を、私の名前で避難させる事を命じる。
「民さえ生きていれば、町がどうなろうとも税は徴収できる」
特に私の命令で民を避難させたという事を広く周知させる事が重要だ。
「今回の件はあまりにも騒ぎが大きくなり過ぎた。それ故、万が一という事もあるからな」
そう、被害が広がり過ぎた事で、旦那様が国から罰を受ける可能性も出てきたのだ。
本来なら、これほどまでに被害が広がる前に魔物を討伐するべきだったのだが、旦那様は出世の為に騎士団に使う金をケチりすぎた。
こうなると巻き添えを恐れた一族の方々が、旦那様に領主の資格なしと当主の座から引きずり下ろそうとするかもしれない。
だがそんな中で被害を最小限に抑えようとしたという実績があれば、私は無能な主の下で必死にカンヅラ家を守ろうとした忠臣として、家令の座を維持し続ける事ができるだろう。
「何しろ、私を罰すれば民を守った忠臣に罪を押しつけたとして、新当主の座を目論む方々に不利になるからな」
それならば私を取り込んだ方がはるかに有益だ。
「何があっても、私の利益だけは確保する。それが真に有能な人物というものですよ旦那様」
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