第2話 命の雫
「わたしはせかいじゅのせいれい。はじめましておうさま」
大木から現れた女の子は、自らを世界樹の聖霊と言った。
「世界樹……? それって神話にでてくる伝説の樹の事かい?」
確か世界樹ってのは神話に語られる、始まりの樹と呼ばれる存在だ。
それは神々が生み出した山よりも大きな大樹で、この世の全てが世界樹から生まれたんだとか。
いくら何でもそれはないだろうと思いつつも、木の中から女の子が現れたというありえない光景の前に何となく受け入れてしまう。
いや受け入れている訳じゃなく感覚がマヒしているのか?
でも元はダンジョンの最下層で守られていたような木の実だしなぁ。
もしかしたら本当にすごいお宝だったのかもしれない。
「はい、そのせかいじゅですおうさま」
そっかー、世界樹かー。
普通に考えればいい加減な事言うなと怒るところだが、相手が小さな子供だとそれも大人げない気がする。
それに木から出てきたことからいっても、この子は普通の人間じゃないのは間違いない。
本人の言う通り、木の精霊なのは間違いないだろう。本当に世界樹の聖霊かは別として。
「そ、そうなんだ。というか王様ってなに?」
「おうさまはおうさまです。おうさま、わたしになまえをください」
「名前?」
世界樹の聖霊と来て、今度は名前?
「わたしがみをつけるには、おうさまになまえをつけてもらうひつようがあります」
「名前ねぇ……」
恐らく植物の精霊のルールみたいなもんなんだろう。
精霊の思考は人間とは違う。精霊独自のルールがあったとしてもおかしくはない。
「名前、名前……」
確か神話に出てくる世界樹の名前はユグドラシルだったが……さすがにそれをそのままつけるのは芸がないよな。
となると……
「……」
少女がソワソワと期待を込めた目で俺を見つめてくる。
その姿に、俺は何故か妹の姿を重ねる。
「……エリル?」
「えりる? それがわたしのなまえですか?」
「あ、いや、ええと、ラシエル! そう、ラシエルなんてどうだ?」
思わず妹の名前を口走ってしまった俺は、慌てて妹の名前にユグドラシルを混ぜた名前をでっちあげる。
「らしえる……それがわたしのなまえ」
名前を付けられた事で、少女がラシエルが大きく目を見開く。
「らしえる、ラシエル、それがわたしのなまえ!」
ラシエルが強く己の名を口にした瞬間、ラシエルの体と大木が輝きだす。
「こ、今度はなんだ!?」
光が大木の天辺へと集まってゆく。
そしてすべての光が頂点の一点に集中したかと思うと、ラシエルが強く声を上げた。
「うけとめてくださいおうさま!」
「え!?」
ラシエルの言葉に思わず反応してしまった俺は、木の天辺から降ってきた光の雫を両手で受け止める。
「これは……!?」
手のひらには、宝石の様に形を保った状態で光り輝く水滴が一つ。
「それをのんでください」
「え? 飲む? これを!?」
「きえるまえにいそいで!」
「お、おう!」
訳の分からないものを飲むのもどうかと思ったが、ラシエルから感じる懐かしい雰囲気に促されるように俺は光り輝く水滴を飲み込む。
するとどうだろう。
「お、おお!?」
水滴が口を通り、喉を通り、体の中に染みわたってゆくのを実感として感じると共に、体中の痛みがあっという間に消えていった。
「痛みが!?」
ダンジョンの最下層の番人から受けた傷の後遺症の痛みが、まるで最初からなかったかのように消える。
「こ、こいつは……」
「いまのはせかいじゅのしずくです。おうをさいなむあらゆるきずとやまいをいやすせかいじゅのせいめいりょくのけっしょう、それがせかいじゅのしずくです」
「あらゆる傷と病を癒す……!? まるでエリクサーじゃないか!?」
恐る恐る体を動かして、本当に後遺症が治ったのか確かめる。
「……全然痛くない!?」
以前の様に体を動かしても、全く痛みが現れなかった事で、俺はラシエルの言葉が真実だと実感する。
「どうですか? ラシエルはおやくにたちましたか?」
ラシエルが目を輝かせながら、自分が役に立ったかと聞いてくる。
「あ、ああ。君のお陰で怪我の後遺症が完全に治ったみたいだよ。ありがとう」
「っ! おやくにたててなによりです!」
ラシエルが心から嬉しそうに笑みを浮かべる。
「けど、何故ここまでしてくれるんだい?」
「はい?」
俺の言葉にラシエルが首を傾げる。
「おうさまはラシエルのおうさまなので、おうさまのためにすべてをあたえるのがラシエルのしあわせなのです」
「俺の為に全てを与えるのが幸せ?」
「はい。おうさまはラシエルのおうさまですから」
「要は魔法使いの使い魔と主みたいな関係って事か? 俺が名前を与えたから、ラシエルとなんらかの契約が結ばれたって事か?」
「たぶんそれです。つかいまはよくわかりませんが、おうさまはラシエルのだいじなのです」
うーん、魔法使いの話は良く分からないんだが、ラシエルも似たようなものと言っているし、そういうものなのかな?
「まぁ良く分からんが、ダンジョンのお宝なんだしそういうもんなんだろうな。ただ……」
「ただ?」
「おうさまってのはなんとかなんないかな? さすがにそんな偉い人じゃないしさ」
「おうさまはおうさまなんですが、おうさまがそういうならべつのよびかたをしますか?」
「ああ頼む」
良かった。とりあえずこちらの意図はちゃんと理解してくれるみたいだ。
精霊とも意思の疎通って出来るんだな。いやこの子は聖霊か。
「では……おとうさん?」
「ぶっ!?」
まさかのお父さん呼びに、俺は思わず吹き出してしまう。
「い、いや……さすがにまだ子供がいるような年齢じゃ……ああいや、そういう訳でもないのか?」
よくよく考えると、俺の年齢なら結婚していてもおかしくはない。
まぁ冒険者は命がかかっているから、いい歳して結婚してないヤツも多いからいいよな?
「じゃあ……おにいちゃん?」
「っ!?」
ラシエルの言葉を聞いて、心臓が竦むかと思った。
彼女の言葉の響きは、かつて妹が俺を呼んでいた時の響きと同じだったからだ。
「そ、それは……」
ラシエルの呼び方に、妹の姿を重ねた俺は、自分でも驚くほど動揺していた。
「だめ……ですか?」
「っ……いや、かまわない」
それもやめてくれと言おうと思ったのだが、ラシエルが悲しそうな顔をした為、つい許可をしてしまった。
「っ! おにいちゃん!」
ラシエルが満面の笑みを浮かべて俺に抱き着いてくる。
「っ!」
その光景に、俺は妹が、家族が生きていた頃を思い出す。
『おにいちゃん!』
「……」
俺は嬉しそうに抱き着くラシエルの頭を撫でる。
なぜかは分からないが、無意識にそうしていた。
「? ……んにゅー」
そしてラシエルもそれを受け入れる。
「……まぁ、良いか」
どうせここで果てようと思っていたんだ。
それまでの間を、聖霊と一緒に暮らしても構わないだろ。
「よろしくな、ラシエル」
「はい! おにいちゃん!」
こうして、俺と世界樹の聖霊ラシエルは仮初の兄妹となったのだった。
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