25-3.恋愛と結婚は別

 社会人になってから顔を合わせたのは数えるほど、その時間をトータルしてもせいぜい一二時間、積もる話も近況報告もした覚えはない。お互いの動向を知っているのはそのつもりはなくても耳に入ってきたからだ。積極的に接点を持った覚えはない。

 なのにどうして当然のようにつながろうとするのか、まったく意味がわからない。


「さみーな。どっか入るか」

「やだ。話ならサクッとここですませてよ」

「サクッとすむと思うな」

「なら帰る」

「ああそう、じゃあ送ってけ」

「やだ」

「アシがねーんだよ」


 断固拒否したかったけど押し問答するにはこの場所は寒すぎて、私はしぶしぶヤツを助手席に乗せた。

「ぼっろいクルマ乗ってんなぁ。新車買うならローン組んでやるぜ」

 うっせぇわ。

「暖房強くして」

「ダメ。後ろにケーキがあるから」

「けっ。クリスマスっぽいことしてんじゃねーよ」

 コイツやっぱり酔ってない? 道端に捨ててやりたい。

「どこまで?」

「駅でいいよ」

 無言で私は来た道を今度は海側へと向かった。


「なあ、紗紀子」

「なんだよ」

「結婚しよう」

「やだ」

「なんでだよ? 優良物件だろ」

「それなら私じゃなくてもいいでしょ」

「おまえがいい」

 前方の信号機を睨みながら私は答えた。

「ラクだからでしょ?」

 こうやって、私はコイツのいうことをきいちゃって。自分の都合で動かせる女だって思われてるから。

「あんたはラクだろうけど、私はシンドイ。だからやだ」


「ひっでぇ」

 ヤツはむすっとそっぽを向いた。

「チヤホヤすりゃいいわけ?」

「きも」

「じゃあ、どうすりゃいいわけ?」

「そもそも嫌いだから、もう」

 そもそも、好きだったのかどうかも、もうわからない。夢中だったけど、好きだったのかはわからない。それくらい時が経っているのだし。


「今更だって言ったでしょ」

 どうせなら、私は新しい恋がしたい。

「まだ婚活するつもりもないし」

「おまえなー、そんなこと言ってると……」

「それ以上言ったら後ろのケーキを顔に塗りたくってやる」

 うちの弟みたいなことをおまえが言うな。


 さほど遠くもないから駅にはすぐ着いた。ロータリーに停車して、ヤツが降りるのを待っていると、シートベルトを外したヤツは体ごとこっちを向いてほざきやかった。

「恋愛と結婚は別だろ。切り替えて婚約者としてまた始めよう」

 こ、い、つ、はぁ!

 ぐぉっと逆上して私はケーキの箱に手をかけた。

「おいバカやめろ」

 ヤツは反射的にドアを開ける。


 投げつけてやりたいって気持ちはあった。が、良識的な自分が待ったをかける。

「手切れ金」

 ずいっと差し出した箱をヤツが受け止める。体を乗り出してヤツを押し出しバタンとドアを閉めた。

 スピーディーに発進。ああくそ、今の時間をなかったことにしたい。


 むしゃくしゃしながら家に帰る、途中でまたも電話の着信音が。

 普段なら帰りついてから対応するのだが、良くない予感がして、通りがかったコンビニの駐車場でスマホをチェックした。


 静香からの不在着信。かけ直そうとしたところで向こうからまたかかってきた。

 なんだなんだ、何事だ。

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女はそれを我慢できない 奈月沙耶 @chibi915

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