24-5.今更

 工場内はエアーの音が響くばかりで静かだ。休憩時間なのだな。他に人気もなかったので私はよけいなことは言わず早々に畠製作所をあとにした。


 隣の林鉄工所もシャッターは開けっ放しだけど中は静かだった。このあたりの工場の社長さんたちで集まってどこかで駄弁っているのかもしれない。

 にしたって、こちらは事務所の勝手口の扉までストッパーをかけて開きっぱなしになっていた。大事なものはしまいこんであるにしても留守番もいないのに不用心すぎないか。


 ドアからすぐに大きな事務机があって、何かの部品だったみたいな黒ずんだ鉄のかたまりのおもしの下で何枚もの図面がひらひらしていた。少し首をのばして見れば「ナルハヤ!」ってサインペンらしきもので書き込まれた黒々した文字が読み取れた。

 うう、かつて見慣れていたものだ。イエスマンな山王工業の社長はこういうムチャぶりな仕事ばかりを引き受けていた。図面のやりとりだけで、ちゃんとした注文書ももらえなかったりしてさぁ。

 林さんもこんな仕事ばかりしているのかな、弥生さんに紹介されてこの工場を借りたのだろうか。


 図面はどれも鉄粉で汚れたまま整理されていないみたい、事務員がいないのだろうな。従業員もいなくてひとりきりなのかもしれない、一緒に起業するような仲間がいるふうには見えなかったし。

 ……なのに、私は、この人スキルがあるのどうして独立しないんだろうって勝手にイライラしてたのだよな。思い返せば、差し出がましいことこのうえない。どうしてなんだろうな。


 今更いろんな疑問がアタマをもたげてしまって胸の内がよろしくない。仕事の途中だというのに。

 頭を振り、きゅっと口元を引き締めて私は配達車に戻った。





 全件対応し終わって肩の荷を下ろした気分になったものの、店舗はまだまだ絶賛書き入れ時で大混乱で、とにもかくにも「紗紀子ちゃんは伝票をお願い」と憔悴しきったマダム・ミチコに指示され、先に戻ってきていた春隆さんは「僕にできることはもうないし」とあっさり帰宅してしまい、飛び回っている他のスタッフたちの邪魔にならないよう私は身を縮めて調理場の隅っこのパソコンデスクに座り、配達の分とそれよりもっと大量の店頭引き渡しの分の数量をチェックした。


 やがて客足が引いていき、ようやく片付けのほうに手が回るようになって、更に閉店時間をまわると同時にささっと出入り口のカギとブラインドが閉ざされ、誰からともなくパラパラと拍手がわき、おつかれさまでしたーと力なく皆が健闘をたたえ合った。

 こういうユルくカオスな感じ、嫌いじゃない。

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