18-4.感じるままに

「そうじゃなくて」

 林さんはぼそぼそ言って、小さな箱を取り出す。

「パートナーとして」

 どこかで見たような指輪が翳される。私はぐにゃりと膝が砕けそうになる。なんだろう、この既視感。


「ちょっと待て」

 後ろから佐藤のヤツがつかつかと寄ってきて口を出す。

「プロポーズしたのはこっちが先なんだよ」

「順番なんてあるの?」

「あるに決まってんだろ。割り込まないでくださいよ」

「じゃあ、ここで見てるから、さっさと振られなよ」

「はあ?」

「どう見ても振られたところだったよね。さっき」

「それを言ったらあなただってそうですよね!?」


 林さんは一応顧客だから気を使ってるようだ。はあ、馬鹿馬鹿しい。

「サキ! この人と一緒になるより、俺の嫁になったほうがいいよな。いずれは頭取夫人だぞ」

「それならこっちはすぐに社長夫人だよ」

「零細の奥さんなんか従業員と同じだろ」

「田島さんはそういうのにやりがい感じるタイプだよね。そうだろ」


 そういう問題じゃない。他にもっと先に言うべきことがあるだろうがっ。

 私は我慢できずに鞄を振り回して奴らふたりを殴りつけてやった。


「あんたらどっちもなし! ありえない!」

 胸を反らして私は言い放つ。

「昔の男なんかに用はない!」

 私は、未来の男に望みを託すんだから。


「行こう、由希ちゃん」

「はいっ」

 速足で通路を抜けて、エレベーターに乗り込む。

「よくぞ言ってくれましたね。紗紀子さん」

 由希ちゃんが満足そうに褒めてくれるから、私もエヘヘと笑う。


 だってさ、くよくよするのも飽きちゃったんだ。こんなの私らしくない。自分がいちばんわかってた。

 もういいよね。所詮女だもん。勘だけを頼りに走り抜ける。思うがまま、感じるままに動けばいい。


 それで明日に向かえばいい。後ろは見ない。女だからね。

 そうして最高の男が待っててくれたら、言うことなしだけどな。まあ、高望みはしないでおきましょう。


 エレベーターを降りて夕闇に暮れ始めた街に躍り出る。

 明日の前に、まずは今日を楽しまなきゃね。

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