15-3.感謝の気持ち
次の日には久々に晃代に会った。
「ごめんねえ。呼び出して」
「いいさあ。無職のヒマ人だもん」
パンケーキの店でほうじ茶を飲みながら晃代は笑う。
傍らの手提げの小さな鞄には、マタニティマークのキーホルダーが付いている。
「今日紗紀に会うって話したら、ダンナがよろしくって」
「それはそれは」
「あの後いろいろ気がついてさ。確かに紗紀の言う通り、妊娠しなきゃって気持ちばかり強くて、ダンナの気持ちを考えてなかったんだよね。感謝の気持ちを忘れてた」
感謝か。いいこと言うなあ。
「もっとちゃんと営みそのものを大事にしようって気になったら、なんだかダンナも優しくなった気がしてさ。不思議だね」
「良かったじゃん」
「うん」
心なしかふっくらした頬を綻ばせて微笑む晃代は聖母様みたいな神々しさで、私はほんの少し、いいなあと思ってしまう。
暇になってからいろいろなことを考えた。そのどれもが答えの出るようなことなんかじゃなくて、私は何がしたいんだろうって考える。
目的が欲しくて、弟に言われたようにカルチャースクールにでも通おうかと考えていたら、バイト帰りに佐藤のヤツが現れた。
小さな店舗建物の脇の従業員用駐車場。
おつかれさまの挨拶をしてクルマのドアに手をかけたところで、いきなり腕を掴まれた。
「ちょっと来い」
「は?」
「いいから」
路肩に止めてあったヤツの物らしいクルマにぐいぐいされる。
「ちょっと待ってよ。私のクルマ……」
「少し置いといたって平気だろ。すぐ戻るから」
「あんたねえ」
「早くしろ。蹴るぞ」
くっそう、この男。相変わらず自分勝手だ。
「どこ行くのさ」
「運転中は黙ってろ」
くそ。仕事終わりで疲れてるって言うのに。お腹だって空いてるのに。
連れていかれたのは近くのショッピングモールで、閉店間際のファッションエリアをヤツは足早に歩いていく。
「すんません。適当にでいいんで、こいつが清楚に見える感じの服を身繕ってください」
国内メーカーの中では高級な部類のショップに入り、店員さんに向かって言ったから、私はぎょっとする。
「あんたは何がしたいのさっ」
「いいから。大人しくしてれば服買ってやる」
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