11-4.やっぱり嫌い

 大きな病院だから手続きをするにも大分待たされる。

 待合室でイライラしていると、外出していた社長も駆けつけて来てくれた。

「紗紀子ちゃん。大丈夫?」

「いや、大丈夫じゃないのは樋口さんで。診察室の方、行ってもらえますか? 私ここで待ってなきゃならないんで。林さんが一緒にいると思います」

「はいはい。了解」


 その後、ようやく会社名を呼ばれて窓口で説明してもらう。

 その間に杖を突いた樋口さんと社長たちが連れ立って来るのが見えた。

 社長が小さく私に向かって手を振り、樋口さんを連れて外に出ていく。おそらくこのまま自宅に送っていくのだろう。


 残った林さんが待合ロビーの椅子に座るのが見えた。

 よく見たら作業着の胸元に血のような汚れが付いている。着替えを持ってきてあげればよかったかな。


 すべてが終わって、そばに行くと林さんは目を瞑っていた。

「終わりましたよ」

「うん」

「林さんの営業車で来たんです」

「そう。カギかして」

 自分が運転するということらしい。


 先に立って自動扉から出た林さんは、外の空気を吸うなり大きく肩で息をついた。

「やっちまったな」

「そうですね」

 紛うことなき労災だ。落ち込むのは当たり前だ。

 だけどこうやって林さんが感情を露わにするなんて驚きで。

 私もつい顔に出してしまったらしく、それに気づいた林さんが唇の端を上げた。

「前から思ってたんだけど、君たちって俺をなんだと思ってるの?」


 いやあ、それは。

 弥生さんから聞いた「淡白」って言葉を思い出したけれど、

「えーと。クールな人、ですかね」

 少し言い回しを替えて答える。

 ふんと鼻を鳴らして林さんはごきごき首を回した。

「俺だって、これでも色々感じてるんだけど」

 そりゃ、そうでしょうけども。

「表に出さないことをそう言われたって、人は気づきませんよ」

 言葉や態度に出してくれなきゃ気持ちなんてわからない。


「それが面倒なんだよな」

 そう言うあんたがメンドクサイよ。

「苦手なんだ。感情を表に出すって」

 駐車場に向かいながら林さんがぼそっと言葉を落とす。

「なのに時々、叫びたくなる」

「はあ。それなら、叫んじゃえばいいじゃないですか。力いっぱい」

「どこで? 例えば今ここで叫んだら通報されるよね」

 うーむ。現代人は叫ぶ場所にも事欠くわけか。


「山とか、海とか。学生のとき海で、バカヤローってやりませんでしたか? うちらはやりましたよ」

「阿保でしょ。君たち」

 ムッとして私は嗤って言い返す。

「そうですか。じゃあ、いい大人の林さんは、世界の中心で愛でも叫べばいいんじゃないですか?」


 林さんはむっつりと黙り込んだ。

 それからは一言も口をきかないまま会社に戻った。

 やっぱり嫌いだ、この人。

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