8-2.よくある話

「結婚したかったんだよね、あのとき。仕事はきついし嫌なオバサンばっかでさ。寿退社に憧れたんだよね」

 また苦笑いして弥生さんはコーヒーのカップに視線を注ぐ。

「身近なところを見渡してみてさ、林さんは年も近いしバリバリ仕事してて、頼もしく見えたんだよね」

 それだけなんだよ、と弥生さんはコーヒーを飲んだ。


 由希ちゃんは納得のいかない顏だったけど、私はわからなくもない。

 焼き菓子の箱からマドレーヌを取り出しながら大きく頷いた。

「よくある話ですね」

「そう。よくある話」

 弥生さんは笑顔に戻って「貰うね」と厚焼きクッキーの袋を取り上げた。





 その日の帰り道、クルマの運転中にスマホが鳴った。自宅アパートの駐車場に停車してから確認すると、絵美からの着信だった。


 折り返すと、すぐに絵美が出た。

『紗紀子? 仕事終わった?』

「今、ウチに着いたとこ」

『あたしらカラオケにいるからさ。来てよ』

 少し間を置いてから、絵美がにやりとした気配。

『理沙と順子がおっもしろいことになってるから』

 それは是非行かねば。

 私は再びクルマを出した。



 カラオケボックスの個室に着くと、なかなかいやーな感じに場が静まり返っていた。なんだい、なんだい。修羅場かい?

 テーブルの奥の辺に絵美と静香が並んで座り、両サイドにそれぞれ理沙と順子が俯いて座っている。


「紗紀ー。もう聞いてやってよ。こいつらのハナシ」

 両手に持っていた飲み物のカップをテーブルに置き、私は手前のソファに腰を下ろした。

 さあ、聞こうじゃないか。


 ところが理沙と順子はなかなか口を開かない。

 埒が明かないから目線で絵美をせっつくと、隣の静香が口を開いた。

「コウジくんがやらかしたみたいでさ」

 人畜無害そうな顔したコウジが?


 イマイチぴんとこないでいると、理沙がもごもご口を開いた。

「別にあたしはそんなつもりなかったし……」

「そのつもりがあったからほいほい誘いに乗ったんでしょ?」

 それにキツイ口調で順子が突っ込む。

 おいおい、マジで修羅場か。

「わかったから順番に話してごらんよ。ん?」

 そもそもが女とはしゃべりたい生き物だ。自分の主張をしたくて仕方ないのだ。

 それによると。


 ユウタくんと理沙のやり取りで進められた飲み会は、三対三で行われたらしい。

 ユウタくんがプライベートの友だちを二人連れてくる予定だったのに、一人都合がつかなくなって三度コウジくんがやって来た。理沙とは三回目、順子とは続けて二回目の顔合わせだ。

 ここで人畜無害のように思われたコウジが、羊の皮を脱いで本性を現した。

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