7-3.気に入らない

「悪い人ではないんだよねー、恭輔さん。話も合うし、一緒にいてイヤじゃないし」

「好きになれそう?」

「うーん……」

 まったく煮え切らない女だよ。人のことならガンガン決めつけるくせに自分のこととなるとこうなんだから。


「男女の悲劇はどうして起こるのかわかってる? お互いの認識の違いから殺人にまで発展したりしちゃうのだよ」

「そうだそうだ!」

「今の時点の正直な気持ちは伝えておいた方がいいよ。気を持たせて面白がるトシでもないでしょ?」

「はい」

 詩織は苦笑いしてしっかり頷く。

「まあ。ガンバレ」

 私は話を締めくくり、お湯の中で伸びをする。ああ、気持ちが良い。





 翌朝、いつも通り定時より早めに出勤すると駐車場で営業の林さんとかち合った。林さんがこんなに早く来るのは珍しい。

 そうか、今日からこの人は九州に出張なのだった。航空チケットや宿の手配をしたのは私だから、もう一度最後に確認しておいた方がいいかな。


 考えながら林さんの後ろを事務所に向かって歩いていたら、林さんが立ち止まって私を振り返った。

「田島さんさ……」

 まだ空気は冷たくて、吐き出す息が白い。

「俺のこと嫌いだよね」

 そうですね、嫌いですね。なーんて、言えるわけがない。社会人として。


 ビジネスマンとしては林さんは有能だろう。合理的にものを考え、合理的に事を進める。だけどナサケがない。

 社長に引き抜かれて内田工商から移ってきたとき、林さんは自分の顧客にも受注先をうちの会社に乗り換えさせた。もともとは内田工商の社長さんが、三協部品という大きな会社から独立したときに分けてもらった客先だ。


 林さんは新卒で三協部品に入社してこの業界のノウハウを覚え、内田工商の社長さんに連れられて営業を覚えた。

 そんなお世話になった人に対して恩を仇で返すようなマネしてどうなの、と私は思ってしまう。

 おかげでそれまで仲良しだった内田工商との取引はぱったり無くなった。うちの社長だって内田さんには御世話になってただろうに、あのオヤジも情がないのだ。


 なにより林さんはポーカーフェイスで腹の中を見せないけれど、それなりの野心を持っているはずだ。

 それなのに自分は矢面に立たずに宿主を替えるように会社を移動して成り上がる。林さんのキャリアと年齢なら創業を考えたっていいだろうに。

 そういう男気のなさが私は気に入らない。

 細かいことを言い出せばきりがないくらい、私とこの人はそりが合わない。

 だけど一従業員の私がくどくど言えることでもない。自分のダンナなわけでもないし。


「そんなことないですよ」

 だからこの場は笑ってごまかす。

「今日から出張ですね。気をつけてくださいね」

 争いを避け、和を以て貴しとなす。それが社会人というものだ。私だってそれくらい弁えている。良いか悪いかわからないけど。

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