3-4.やだなって思いました

 由希ちゃんはさっきまで、支払いや集金にお得意さんを回ってきたのだ。

 三協部品は、かつての勢いは見る影もなくなったものの、この界隈ではドンともいえる古参の会社だ。


「林さんて内田工商にいたんですよね」

「うん」

 かなり綿密なお付き合いのあった会社から、社長が林さんを引き抜いたのだ。

 うちの社長は臆面もなくそういうことができるから、会社はどんどん大きくなる。

「内田工商の前には三協部品にいたんだそうですよ」

「へえ」


 初耳だったけど、そうであっても不思議はない。三協部品はそれだけ大きな会社だったから。

 そういえば、内田工商の社長は三協部品から独立したのじゃなかったか? それなら、そのときに林さんを連れて創業したのかな。

 知らず知らずの間に私は頬を歪めてしまう。うちの社長も社長なら、林さんも林さんだよね。


「で、弥生さんもその頃、三協部品にいたそうです」

「ほう……」

 弥生さんも若いころからこの界隈を転々としてたそうだから、そういうこともあるだろう。

「で、ここからがびっくりですよ。林さんと弥生さん、付き合ってたらしいです」

「…………」

 まあ。そういうこともあるだろう。男と女だもん。

 私は今朝の弥生さんの上の空の様子を思い出す。


「林さんが三協部品を退社するとき、弥生さんは結婚できると思ってたみたいなんですよ。えーと、このへんの話の流れ、わたしにはちょっとよくわかんなかったんですけど。結婚するから自分も辞めるって周りに話してたって。でも林さんは特にそういう気配もなく、しらーっと退社しちゃったそうで」

 ああ。胸が痛い。

「そしたら弥生さんも会社に居づらくなって辞めちゃったんだそうです。そんときにはもう、林さんとも自然消滅だったみたいで」


『恋愛の価値は終わり方で決まるんだよ』

 そう私に言ったのは、何を隠そう弥生さんだ。あれは自虐の言葉だったのか。


「やな感じですね。やな感じ」

 二度同じことを言って、由希ちゃんは可愛い鼻にまた皺を寄せる。

「林さんも、弥生さんも、そんな古い話を楽しそうにしゃべってきた三協のおばさんも。わたしはやだなって思いました」

 ほんとだね。


 私は優しい気持ちになって由希ちゃんの頭を撫でる。

「聞かなかったことにしようよ」

「そうですね」

「いいからさ。事務所であったかいコーヒー飲もう」

 それで残りの仕事を片づけないと。

「そうですね」

 こっくり頷く由希ちゃんにホントは言いたかった言葉を、私は呑み込む。

 ほらね。やっぱり、しゃーない恋愛じゃないか。

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