それからー5:三角耳の娘の旅

「まったく、まったく。全くままならないみゃ」


 カテワルトの東の街道。アーストゥードを東へと走りつつ、トンキニーズは独り言を繰る。

 独り言と呼ぶには二人連れだったが、当人はそうと認めない。


「何をそんなに苛ついている」

「お前だみゃ! どうして着いてくるみゃ!」


 二人はそれぞれ、自分の脚で駆けている。それでも、巡航するエコリアを何輌も追い抜いた。

 その中にワシツ将軍の軍勢もあったが、これは街道を外れて先回りした。

 城塞都市としては東端にある、ホークラートまでもう少し。その距離を二日で走り抜けても、二人は息も切らしていない。


「たまには連れが居たほうがいいだろう」

「それは前にも聞いたみゃ。そのあとに、お前は怪我をしたみゃ。着いてくるんじゃないみゃ」


 ここ数年は、忘れたことにしていた。しかしアビスの面倒を見るうちに、思い出さざるを得なかった。

 手がかりのありそうな場所にも行ったが、それは空振りに終わった。


「そう言うな。俺も好きでやってるだけだ」

「物好きな奴みゃ」


 何もかもが終わって、やはりもう忘れてしまえということだろうと考えた。だからこれが駄目ならそうしようと思って、フラウに聞いた。


 薬を扱うレリクタの里はどこか。


 フラウは記憶が混乱していて、昔のことも最近のことも、わけが分からなくなっていると聞いていた。

 だから諦めるには、いい口実だと思ったのだ。


 しかし、答えがあった。

 地図を見てここだというような、明確なものではない。

 けれども、最も近い街道の様子。木々に生る果実の種類。デクトマ山脈がどのように見えていたのか。

 そんなことが、断片的に聞き出せてしまった。


 そこに残っていた者は、リマデスが殺させたとも聞いた。だがそれをフラウもリマデスも、直接に目にしたわけではない。

 とすれば誰かが、何かが残っている可能性はある。


「仇討ちをするにも、辺境伯が黒幕だったんだろう。相手が居ないぞ」


 シャムが言った次に軸足が地面へ付くと、駆けていた勢いを回転に移した。それで放たれた回し蹴りは、ちょうどシャムの腹に食い込んでいく。


「ぐぼっ──!」

「どうして行き先を知ってるみゃ」


 質問されたことを黙っていろとは、フラウに言わなかった。しかしあの娘が、軽々と口外するとも思えない。


「お姫さまに聞いたのさ。何か変わったことを聞かれなかったかとな」

「──口止めしとくんだったみゃ」


 舌打ちをして、地面に唾を吐き捨てた。足を止めたついでに、水を飲んで口を濯ぐ。走ることが得意でも、喉は乾くし疲れないわけでもない。


「いや、かなり粘ったからな。お姫さまは悩んだ末に、やっと教えてくれたんだ。お前を心配する俺の気持ちが、彼女を動かし──がはっ!」


 先ほどと同じ場所に、今度は拳がめり込んだ。シャムはよろよろと二、三歩をさがる。

 こいつ──何も分かってないみたいな顔をして、むかつくみゃ。


 トンキニーズは、物ごとを論理的に考えるほうではない。いつも偉そうにアビスを叱りつけてはいても、自身も勘で動くことが多い。

 それは幾度も危険な目に遭った経験値に依るもので、信頼性に乏しくはない。

 だが団長やトイガーのように、裏付けを伴った予測ではないのだ。トンキニーズは二人のそんなところを、素直にすごいと思っていた。


 シャムはどうなのだろうか。

 いつも違う女を連れ回し、口数もそれほどでないのにどうしているのかと不思議に思う。

 それがトンキニーズが何かしら動く時には、偶然にも居合わせることがよくある。もちろん、意図的な偶然だろうが。


 何をしているのか聞いても、偶さか気が向いて意見を求めても、大抵の回答は要領を得ない。

 それでいて結果を見れば、トンキニーズが求めていることに沿っていたり、トンキニーズのためになっていることが多い。

 必ず。でないところが、また苛とさせた。


「どうして着いてくるみゃ。いや、答えなくていいみゃ。ウチの邪魔をしないでほしいみゃ」

「邪魔? 手伝いのつもりなんだが」


 シャムは強い。トンキニーズが勝てるとすれば、走る速さだけだ。おそらくさっきの蹴りも拳も、痛がって見せているだけだ。

 こうやって世話を焼こうとするから、なるべく知られないようにしているのに。いつの間にか知られてしまっている。


 強くて頭のいいこんな奴が、どうしてウチに構うのみゃ。


「……友だちなんだろう? 俺にも手伝わせろ」

「どうして知ってるみゃ」

「さて、どうしてだったかな」


 その話は団長とアビス、他にはトイガーしか知らない。となると──。


「アビスだみゃ。あいつ、帰ったらぶん殴るみゃ」

「フラウが悲しむから、勘弁してやってくれるか……」


 色々なことに腹を立てた振りをして、自分でも分かっていた。


 着いてこられるのが嫌ならば、思い切り走って置き去りにすればいいのだ。そうしたところで、帰り道に迷うような男でもないのだから。

 しかし、そんなことは今までに一度もしたことがない。


 こいつが手伝ってくれるのを、期待はしてるみゃ──いつの間にかみゃ。


「俺もたまには出かけたくなる。無駄足になりそうなんだろう? 散歩には丁度いいじゃないか」

「そうならないかもしれないみゃ」

「最近、体が重くてな。運動しないとと思ってたんだ。暴れられるなら丁度いい」


 ああ言えばこうと、言いわけにもしようとしていない。本心を言わないことで、逆にそれを明確にさせている。

 気付いてることは、気付かせてやらないみゃ。


「ああ、一つ確認するのを忘れていた」

「何みゃ」

「そいつは女か? それとも男か?」


 本当に隠す気がないなと、うっかり笑いそうになった。シャムの冗談やらで笑うことは、負けを意味する気がした。


「男だみゃ」

「そうか。それはどうしても顔を見る必要があるな」


 その相手は、シャムが想像しているような相手とは少し違う。しかしわざわざ教えることはしない。

 そんな関係ではないなどと言ったら、それこそ言いわけをしているみたいだと思った。


「ふみゃ──勝手にするみゃ」

「分かってくれたか」

「やかましいみゃ」


 今更に行ったところで、生きてはいないだろう。生きているとしても、どこへ行ったかさえ分からないだろう。

 だがそれでもいい。終わらせたかった。

 もうどうにもならないということでもいいから、結論が欲しかった。


「足を引っ張ったら、蹴り飛ばすみゃ」

「引っ張ってないのに蹴られた気がするが」

「気のせいだみゃ」


 もう気に留めなくていいのだと分かったら。

 もう過去の思い出にしていいのだと分かったら。

 自身に怒って、後悔して、哀れんで──安心してしまうだろう。

 きっとそこに座り込んで、涙の一つも零すのだろう。


 こいつがそこに居れば、そんな女々しいこともせずに済むみゃ。


「腹が減ったみゃ。何か出すみゃ」

「何も持ってない。その辺で何か狩ろう」


 ホークラートの手前で、ジューニに行く街道とは別の田舎道を北に向かう。

 その付近にある畑から、作物を勝手に貰って走った。二人の脚でも、目的地まではまだ数日がかかる。

 焦っても仕方がない。


「そういえば、女と答えたらどうしたみゃ」

「女を助けに行くと聞いて、俺が放っておくと思うのか?」

「聞くんじゃなかったみゃ。さっさと何か獲ってくるみゃ」


 開墾された土地を抜けると、それほど濃くない森に入った。ここならば、食いでのある動物も居るだろう。


「いいだろう。どこで落ち合う?」

「ウチは全力で北に向かうみゃ」

「……何とか追いつけるようにしてみよう」


 苦笑を残して、木々の合間にシャムは消えた。奴のことだ、それほどの時間をかけずに戻ってくるだろう。


 レリクタの里で何も見つからなかったら、そこで終わり。

 だが、何か見つけたらどうするか。


「シャムをこき使って、少し追ってみるかみゃ」


 トンキニーズは呟いて、足の運びを少しずつ緩めていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る