第359話:時間稼ぎ

 アジトでトイガーさんに言ったのは、ここまで来る護衛を誰か頼みたいということだ。ボクは退団するかどうか微妙な立場だし、団長は口を出さないと言ったのだから。


 しかしトイガーさんは首を横に振った。「吾輩が出来ることはないですにゃ」と。


「メイが行くみゅ!」


 頼めた義理ではなかったかと諦めかけた時、メイさんが声を上げてくれる。団長が移動したのに珍しく着いていかなかったと思えば、急にそんなことまで言ってくれるなんて。


「だんちょおに言われたみゅう」

「メイ……それは内緒だとも言われたはずですにゃ」

「そうだったみゅ?」


 そんなことがあって、メイさんはまた戦ってくれている。


 団長が手配してくれていたのはメイさんだけだったようなので、それで十分との判断だろうと考えた。

 だからアジトを出た時には、三人だった。

 それが多少の距離があるアレクサンド邸の近くに着いたころには、四人になっていた。


 トンちゃんはいつの間にかメイさんと雑談をしていて、最初から居ましたが何か? という風だった。

 どうして来てくれたのか、聞くのも野暮だと思って聞かなかった。


 操り人形マルネラたちは、十人以上居る。いや姿を見せているのは九人と数えられるのだけれど、どうもこれだけではないようだから。


 内二人は、ボクとフラウの前に立った。こちらをどうこうと言うより、夫人の直衛だろう。

 残りはメイさんとトンちゃんと、二手に分かれて向かっていった。


「どうしてウチに、三人もかかってくるみゃ。全部メイに行ってもいいくらいだみゃ」

「メイに任せるみゅう!」


 いや、こちらの希望に従ってくれるはずがありませんから……。


 操り人形たちは、全員が鎖を握っている。長さは両腕を広げたくらいだろうか。重い鎖は素人が握っても、それなりに使える武器になる。

 それが訓練を積んだ人間の手にあると、どうなるものか。


 振り回して叩きつけるのと、まっすぐに打ちつけようとする動作。それが一人の持つ鎖の両端、どちらから来るのか分からない。

 ほとんど同時に行うことだって可能だし、叩きつけを避けそこねると捕縛に繋がってしまう。


 そこのところを警戒して、二人とも一旦はさがった。けれども単純に戦闘の力量となると、この操り人形たちよりメイさんたちのほうが上らしい。

 何回かの向こうの攻め手によって、それがはっきり分かった。


「メイ、あの鎖を借りて、ぐるぐる遊んでやるみゃ」

「やってみたいみゅう」


 怪力を持つメイさんがあれを振り回したら、それはもう刃物と何ら変わりがない。ただそれを向こうも弁えているようで、攻勢に出ようとすると僅かに距離を広げた。


 囲んだ中の一人が攻められると、反対の一人か二人が背中を攻める。それは相手を仕留めようとする動作ではなく、弱った動物を見つけて虐める残虐な人間の所作に近い。

 こちらが早々簡単に人を殺めないと知っていて、敢えて時間稼ぎに努めているようだった。


「あああああ面倒臭いみゃ!」

「意地悪しないで遊んでほしいみゅ」


 効果の高い攻めを狙わない。反撃を絶対に食らわない。それだけを意識して立ち回られると、実力差があっても膠着してしまう。


「こんなちまちました相手なら、頼まれても着いてくるんじゃなかったみゃ!」


 いえ、頼んではいませんが──。


「メイに任せとけば良かったみゃ!」

「お任せされるみゅ!」


 ミーティアキトノは、殺しを禁じてはいない。しかしそれなりの理由もないのに、簡単にそうしてもいけないとはなっている。

 その辺の野盗やらと違って、盗賊の中でも怪盗と名乗るのには、そこにも矜持みたいなものがあるのだろう。


「さあさあ、二人はあちらにかかりきりになってしまいましたにい。困りましたにい?」


 トンちゃんたちは障害物の少ない、前室に近いほうへ移動している。

 ボクたちはアレクサンド夫人と、テーブルを挟んで対峙している。いやもちろん、さっき操り人形が来たために数歩はさがってしまったけれども。


「そうですね。でも彼女たちは、あなたが大事にしていない部下たちを、なるべく傷つけないようにしているだけです。いざとなれば、すぐ片付きますよ」

「生温いことをやっていると、自分の首を絞めるだけなのですのににい。あなたたちも、ここに居る二人が武器を振るえばすぐに──ですにい?」


 夫人の表情に、冷徹さとか残酷さとかは加わらない。この人は最初から、いつもそうなのだ。今更何も変わりはしない。


「それは母上だって、同じことでしょう。ボクとフラウはお金になる。多少の傷を付けたとしても、殺しはしない」

「そう思ったから落ち着いているのですにい? それはとんだ計算違いですにい」

「──何です?」


 どういう意味か問うたのには答えず、夫人の手が軽く上がって降ろされた。


 と。材木を一度に何十本も束ねて倒したような重い音がした。ボクの背後で。


「メイさん! トンちゃん!」


 二人の頭上に何か落とされたのだと、慌てて振り返る。が、そうではなかった。


「閉じ込められてしまったわ」

「うん、そうみたいだ──」


 メイさんたちとボクたちとの間には、金属製と思われる柵が降りていた。鉄を切れるサバンナさんでも、これはもしやと思うほどに一本一本が太い。


「まずこれで、すぐに助けるのは無理ですにい。それと、殺さないという話でしたかにい? それも問題なくなったと言ったら、どうしますにい?」


 現れた位置から動かなかった二人の操り人形が、ボクたちに手を伸ばす。フラウを庇いながら逃げるけれど、部屋から出る道は塞がれてしまった。


「さあ本当に困ってしまったですにい。どうしますにい? 連絡がつくまでの間、楽しませてもらうとしますにい」


 夫人はスカートを風に膨らませて、艶やかに座る。言った通り、見物と洒落込むらしい。

 でもそんなことを構っている暇など、ボクにはない。小刻みに震えるフラウの手を握って、次にどうするべきか必死に頭を回していた。

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