第277話:誤解と理解
「女だてらにそんな物を着ていては、もったいないだろう」
決して余裕があるようには見えなかった。
全身鎧の戦士が振った最初の何回かを左右に躱し、最後は鍔で
そこで互いに距離を取った間に、辺境伯が言った。
彼女が居るということは、ユーニア子爵も居るということだ。探すまでもなく、ヌラを伴って陣の奥から進み出る。
「ああ、こいつらは時間稼ぎか。これはうまくしてやられた」
子爵の隊は、海を背後に囲まれていた王軍の横合いから進んでいた。それは包囲に穴が空いたということで、国王はいつでもその外に逃れられる。
それはギールが多勢を占める部隊を削ぎ取っていく作業になるわけで、戦闘力に劣る隊ではそもそも達成出来ない。
可能であっても、セフテムさんがしたように被害を全く無視するのでなければ、相当の時間がかかるだろう。
「いい演技だった」
侮蔑の目が、ボクとボクの周りに向けられる。
違う。そうじゃない。ボクは本当にあなたと話がしたかったんだ。教えてほしいことだってある。
「問答は無用!」
また鉾槍が唸りを上げ始めた。しかし今度は、まともに相手をしない。辺境伯は初撃を躱すと、すぐに後ろへ下がっていった。
「アイルルフ、グレーデン。頼む!」
呼ばれて代わりに出てきたのは、ギールの中でも巨体の目立つ二人だ。団長が呼びかけた時に答えた人と、ギールの族長。
「ハンブルの国長よ! 私怨はないが、友のためだ。存分に戦わせてもらおう!」
族長ではないほう。だからグレーデンというのだろう。アイルルフよりも更に大きな体から、それに見合った威力を持つ声が発せられた。
それだけでびりびりと辺り一面を震わせる声だからと、さすがに王軍もそれだけでは怯まない。
「此度のギールの参戦は、あくまで要請に答えた援軍と解せば良いか!」
プロキス侯爵辺りだろうか。暗黙で不可侵の約束事のようなもののあったギールに対して、辺境伯に加担していることへの疑義が飛ぶ。
「解釈など好きにするがいい! 我々は友のために戦う。それだけだ!」
ギールらしい、理屈抜きの答えだった。きっと打算などないのだろうけれど、それが逆にこの戦いのあとに起こるかもしれない問題の可能性を下げた。
「これでギール討伐なんていう危険極まりない、寝覚めも悪い任務は発生しないといいのですけれどね」
「さすがのミリア隊長も尻込みするんです?」
そうではないのだろうなと思った。でも事実を先に言っては答えてもらえなさそうなので、あえて反対を聞いた。
「それもあるかもしれませんが──やはり一つの部族を根絶やしにするなんて、心ある人間のすることではないですよ」
こういうのも謙遜というのか知らないけれど、やりたくないという希望にミリア隊長は理由を二つ付けた。
優しいためには、強くもなければいけないのかなとふと思った。
「アビたん、ごめんみゅう……」
ここにも優しくて強い人が居た。
興奮と混乱の入り混じっていたメイさんが、ようやく落ち着いたようだ。
しおしおとした態度で両手を組んだり離したり、頬を挟んで頭を振ったりと忙しい。
「大丈夫ですよ。それよりも、もしもメイさんが利用されでもしたら大変ですから」
「そうなったらメイは力が強すぎて、みんなに迷惑かけちゃうみゅう」
自分で言ってはみたものの、何がどう利用されるのか理解していないと思っていた。
けれどもトンちゃんにでも説明されたのか、メイさんは分かっているらしい。
でもボクの言った主旨は分かっていない。
「違いますよ。メイさんの体に向かって、攻撃なんて出来ないじゃないですか。もしそのまま帰ってこないなんてことになったら、ボクはどうしていいか……分からなくなっちゃいます」
「メイの心配をしてくれたのみゅ」
「そうですよ、もちろんです。無事で良かったです」
メイさんの目に、涙が溢れ始めた。
「どどどどど、どうしたんです!?」
「だんちょお……アビたんがメイの心配をしてくれたみゅう」
「そうだにゃ。アビたんもメイのことが好きになったみたいだにゃ」
団長が言うと、メイさんはますます酷く泣き始めた。
いやいや、ちょっと待ってほしい。ボクは団員のみんなのことを好ましく思っているし、そういう風に接してきたつもりだ。
この反応は意味が分からないし、泣かれるほどにボクは酷い人間なのか?
ほとんどそのままを、実際に口にも出して聞いた。
すると団長は悪戯っぽく笑って、ボクの頬を指で刺す。
「これは何かにゃ」
「これ?」
手で触れると、汗と泥で汚れた頬が、新しく水の流れたあとで洗われていた。
ボクは泣いていたのか──いつ?
「メイが帰ってこないなんてことになったらって言った時だにゃ」
「気付きませんでした……」
「アビたんは今までも優しかったけど、何だか遠くに居たみゅ。でも今は、すごく近くに居る気がするみゅ」
そんなことは……そうなんだろうか?
団長を見ると、にこにこ笑っているだけでよく分からない。ではとトンちゃんを見ると、顔を背けられた。
「コニーさん──」
「おいらはいつも、遠くにいるからねえ。でも昨日と今日だけでも、表情が違う気はするよお」
そうなのか。
もう一度、頬に付いた涙を拭う。どう考えたってこれはそう言われたからなのだけれど、自分でも何か変わりつつある気がした。
「君たち何をやっているんだ! ぼやぼやしていたら死ぬぞ!」
イスタムと戦っていたはずのメルエム男爵が、全力と見える速度でこちらに駆けてきた。
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