第258話:淡白な不審者
風を切る音がして、ボクのすぐ脇を何かがすり抜けた。
後ろで声のした辺りに土を抉る音がして、トンちゃんの舌打ちが続いて聞こえる。
「お前ら、どこのどいつみゃ」
振り返ると、もうトンちゃんは爪や手についた土を払っているところだった。
そのすぐ向こうに、膝を突いた姿勢でこちらを見る複数の人影がある。
「何、私どもは
「それで安心する奴が居たら、とんだ阿呆みゃ」
そう言いつつも、トンちゃんは爪を引っ込めた。その場で腕を組んで、睨みつけてはいるけれども。
「何の用かにゃ」
「アビスさんのお役に立てばと。まずはその女性を、安全な場所にてお守り致します」
体格がそのまま表れているような、ぴたりとした衣服。その上に短いスカートのような布を、腰にも肩にも巻いている。
衣服と同じ暗い色の布を頭にも巻いているけれど、顔は晒している。その格好にも、顔にも、見覚えはない。
でも、彼らの素性は分かった。
「必要ないにゃ」
団長が一言、ぴしゃりと言った。
ボクが言うべきだったのに、どんな言葉をどんな態度で言えばいいのか、自分を見つける前に言われてしまった。
余計なお世話などではなくて、とても有難かった。
「そう仰られましても──私どもも、はいそうですかとは参りません」
「必要ありません。消えてください」
毅然と。それは単に団長やトンちゃんの真似をした、というだけの姿勢で言った。
ボクにはまだ、彼らに対しての自分がどういうものなのか分かっていない。
「奥さまの申し付けなのですが」
「それなら尚更です。それに、ここまでこれと手も口も出さずに、急に今になってそんなことを言われても迷惑です」
手が震える──と思って意識したら、体全体が小刻みに震えていた。
強者の威を借りてという感じで情けないけれど、言うべきことを言ったことに好悪どちらの感情も走る。
「いえ、ただ見ていたわけでは……」
どんな言葉を捻り出すのか、話すのを妨げる気はなかった。
しかし彼らはそこで言葉を切り、「いや、やめておきましょう」とだけ残して地面を蹴った。
事前に打ち合わせていたかのように、見えていた全員が一斉に宙へ舞って、木や葉の陰に消える。同時に気配もなくなった。
「やけにあっさり引き上げたけど──今のは?」
「さあ。名乗りませんでしたし、分かりません」
明らかに君の関係者だろうよと、男爵は思っているだろう。
でも彼らを見たことがないのは、本当なのだ。見たことがないどころか、あんな人たちの存在も知らなかった。
ただあの感情のない喋り方で、恐らくこうだろうと判断しただけだ。
それを推測と断っても、男爵に話す気にはなれなかった。
「じゃあ気を取り直して、行くとしようか」
気を悪くした様子も見せず、男爵は本来行こうとしていたほうに足を向けた。
その隣にはミリア隊長が付いて、何やら話している。今ここで世間話ということもないだろうけれど、やはり気安いのだろうという表情が窺えた。
ワシツ将軍は、ずっと黙ったままだった。元々の顔の造りが厳しいので、そうしているとかなり怖い。
でも実際のところで何を考えているのかは、全く読めなかった。
トンちゃんとメイさんを先頭に、うちの団員たちもばらばらと続いている。怪我人を除いて、二百人くらいになったワシツ将軍の隊列の間も構わず歩く。
相変わらず緊張感はなくて、これからみんなで祭りを見物に行くんだとでもいうような雰囲気。
苦笑いが漏れそうになる。
と。行く先の様子が変わった。
押し合っているあちこちの頭上に、眩い光が膨らんでは消える。あの白い光は、サバンナさんがアレクサンド商会から受け取った品物とそっくりだ。
同じような物だとすれば、恐らくは王軍側が使っているのだろう。
でもそうするとおかしい。また上がった光は、今度は辺境伯軍の最後方辺りに見えた。
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