第249話:因縁を背負って
「あの男の決意は固くて、その思いも真っ当がる。その強さに敬意を表して、俺たちは約束したがる」
「リマっちは恨みで動いてるにゃ。そういうのをギールは嫌いじゃなかったかにゃ?」
「恨みだけであれば、話にならんがる。しかし愛する者の仇討ちとなれば、話が違うがる。友の仇は、俺たちの仇がる」
ギールが。
これと認めた相手に忠誠を尽くし、仲間のためならば天地をもひっくり返すとさえ言われている。
あのギールが。
辺境伯を友だと言った。
友の仇と言って、例えでなく本当に――牙を剥いた。
「なるほど分かったにゃ。邪魔したにゃ」
「何だ、それで話は終わりがる?」
団長はメイさんの拳の先から、地面へと降りた。さっさとこちらへ戻ろうとしたところを、呼び止められた。
「古い喧嘩相手にゃ。話してどうにかなるかと思っただけにゃ」
「うむ。古き友よ、悪かったがる。今回は、あの男の道に乗ってみるがる」
「分かったにゃ」
話はついた。なのに、族長は腰にあった
刃が付いていなくとも、その重量だけで十分な破壊力を持っているだろう。
団長もそう来ると予想していたように、二本の短剣を抜いて構えた。その刃は、薄くて細い。欠けて消える直前の月のように。獲物を狙う、水鳥の嘴のように。
曲がった形は本来、防御用の武器や盾を躱して攻撃するためのものだ。
しかし相手があの鉈では、どうやっても腕や体に届かない。
どうして戦う必要があるのか。
それは当人たちが言うように、キトルとギールはずっと種族として張り合ってきた。嫌い合ったのでなく、競い合ってきた。
でもそれをここで持ち出す必然性はないし、この二人が背負う理由もないだろうに。
そう思うのは、そういうことにボクが冷めているからなのか。
「ここで会ったのは、まあそういう縁だということがる。多少なりと、俺と遊んでいってもらうがる」
「お手並み拝見にゃ」
何だろう。
二人が距離を取り直す向こうで、歓声が上がった。目を向けると、そこには信じられない光景がある。
自分の目と耳を信用しないと生き残れないみゃ。というトンちゃんの言葉を覆す事実があった。
「辺境伯――生きている!?」
さっきまでとは、身に着けている物が色々違う。でもその顔は、どう見たって本人だ。
「全軍、ワシツ隊を叩け!」
指揮する声も、動作も、間違いなく辺境伯その人だった。
「族長」
先に団長と話したギールが、族長に声をかけた。
族長は答えずに頷いて、それをきっかけにして鉈を振り上げる。
団長は迷うことなくその懐に飛び込んだ。あの鉈に弱点があるとすれば、唯一その手元だ。
しかし素早い。族長は鉈を振り上げた姿勢のまま、左脚を突き出してくる。
これは当たったかと、目を細めかけた。
でももう団長は、そこに居ない。横にステップを踏み、真っ直ぐ族長の首を狙って跳んだ。
「甘いがる!」
「甘い物は大好きにゃ!」
団長は鉈の下をくぐるように跳んでいる。だから族長は、鉈を持っている右手では対処出来ない。すると当然に左手を、虫を払うように振るしかない。
団長はその手首に短剣の反りを引っかけた。体重を乗せて、族長のバランスを崩しにかかる。
いかに団長がスリムと言ったって、跳躍した勢いとを全部乗せられれば、かなりの負荷になるはずだ。
しかし族長は、ゆらりともしない。左腕の自由を取り戻すのに数拍を要したけれど、それだけだった。
族長は左手を地面に叩きつける勢いで振り下ろし、団長を引き剥がした。
本当に、息を吐く暇もない。団長の本気の戦いを、見たことはあっただろうか。
たぶんないのだろうと思う。今こうしているのが、本気なのかも分からない。この人は自分のことを、何一つ悟らせてくれない。
それでも一緒に居たいと思えるのは、なぜだろう。
ボクの気持ちなんかはもちろんのこと。団長と族長の激しい攻防とは関係なく、ギールたちは辺境伯の指示に従って隊列を変えていった。
さっき族長が確認を求められたのは、戦闘休止を解くためだったのだろう。
ユーニア子爵の隊に対抗するための最低限の人数を残して、それ以外はワシツ将軍の居るほうへと向かっていった。
「やはりお前たちは、勝手が違うがる。いや、お前が特別なのかもしれないがる」
「褒めてもらってるのかにゃ? でもキトルはみんな、争いごとが嫌いにゃん」
「抜かすがる!」
振り上げたままだった鉈が、唸りを上げる。地響きさえも感じさせる一撃が地面を捉え、土埃が立ち上がる。
団長はかなり早い時点で、その場所から移動していた。それは族長も分かっていたはずだ。
でも止められなかったのか止めなかったのか、鉈は地面に突き刺さった。
土埃は、目隠しになるほどでない。それでも団長の姿は見えない。
――となると残るは。
「うえがる!」
族長は腰を落として、上に目を向けた。素早くぐるりと見回して、団長の姿を探す。
しかしどれだけ空を眺めても、そこに星以外の何も見つけることは出来なかった。
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